第十五話  部室
 放課後の部室。
 尋之は来ない。来ないように言い含めた。
 何人も仮入部をしていた女子生徒も、正式に入部届けを出したのは三人。しかし全く来なくなった。
 理由は簡単だ。
 目当ての南中道が既に売約済みだったからだ。
 相手が尋之だということも気付かれていた。
 女子部員は部室獲得のためだけに勧誘した形となった。
「又、部員を集めないと廃部になってしまうな…」
 南中道は机に頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「真人だけか?」
 音もなく現れた仁志が、南中道の名を呼ぶ。
 ゆっくり振り返り、首を縦に振った。
「自転車のパンクを直すとか言っていました。」
 そんなのは嘘だった。
「じゃあ、久しぶりに本来の研究テーマをやるか?」
 なんだか気乗りしない風な口ぶりで、仁志が問う。
「先生は今、何を研究しているのですか?」
 仁志の鼓動が早くなる。
 研究なんかちっともしてない。あんなに好きだった顕微鏡を覗かなくなった。
「人間の、行動…」
「それは部費稼ぎの時だけでいいですよ。」
 小さく、笑う。
「前に…」
 頭の中にフラッシュのような光が瞬いた。これは注意信号だ。
 でも、仁志は止めなかった。
「真人、僕に聞いたよな、男が男に欲情するときの心理はって…執着心だ。」
 そう言うと、仁志はつかつかと南中道の前まで歩いた。
 机に手を着き、南中道の唇に仁志の唇を重ねた。
「尋之と寝て執着したのなら、僕とも寝てみないか?」
 光は点滅から点灯に替わった。
「教師、失格だ。」
 仁志は尋胤ともセフレの関係を続けている。その時、以前言われた研究職への転職を願い出ていた。
「三月一杯で教師は辞める。僕は…淫乱なんだ。」
「違う、先生はただ苦しいだけなんだ。僕だって愛しいと思った人が突然この世から別れも告げずにいなくなったら、理解できないまま苦しいと思う。将来を約束した人が喧嘩した訳でもないのに別れることになったら、悲しいと思うし、その…まだ若いから、セックスだってしたいと思うし…」
「違うんだ…真人…違うんだ…」
 仁志は自分のために必死で悩んでくれる南中道が愛しくて、切なかった。
「真人…尋之と僕と、どちらか選んで欲しい。僕の答えは、そういうことだ。」
「せんせ…?」
「今月一杯で行動心理研究会は解散するから。」
 南中道は混乱していた。仁志が自分に好意を抱くはずなど絶対にないと信じていたからだ。
「再来年の三月まで、僕が卒業するまで、待って欲しい。」
「僕に、待てと?まだ待てというのか?芳を待つことに疲れきったこと、理解してくれていたと思っていたのに!!」
 仁志は振り返り、はっとした。
 南中道の顔を正面から見据えた。
 南中道はまだ、高校二年だ。弱気になっている仁志の支えに、なろうとしてくれただけ感謝しなくてはいけないと悟った。
「解った…僕は、尋胤との関係を続けることになるだけだから、大丈夫だから。」
 自分に、言い聞かせるように呟いた。