第二十九話  理由
 仁志は男子生徒からやけに人気がある。
 受け持ちは二年生なのだが何故か一年生も三年生も教科の質問に来る。
「仁志先生って二年の?知らない」
 一年生の女子に聞くと大抵この回答だ。一部のマニアにしかウケないらしい。
 しかし男子に聞くと99%が
「知っていると言えば知っている」
と答える。
 同じ質問を三年生にすると、女子は「教え方がマニアックな先生」と返ってくるが、男子は「好き好きじゃないの?」となる。
 男子生徒にだけ、広がっている噂があるから…。


「真人」
 南中道が振り返る。
「今日は一緒に帰らないか?」
「ごめん、先生に頼まれたことがあるんだ」
 尋之は見逃さなかった、南中道がほんの少しだけ口角を持ち上げたことを。
「そっか」
「気を付けて帰れよ」
 尋之は片手を上げて帰って行った。
 南中道は躊躇わずに理科準備室へ向かう。
「先生、話があります」
 そこには当然、仁志がいた。


「半年くらい前だったと思うのですが、近所にすむ従姉妹が野良犬を拾ったんです。…特徴、ないですか?」
 仁志は首を傾げた。
「先生の愛犬です」
「ああ…」
 仁志は忘れていた。いなくなった実家の愛犬、小太郎。
「知ってますか?先生には校内に噂が立っています。先生はホモで今フリーだから誰でもやらせてくれるって…。尋之に強姦されたとき、誰かに見られましたか?」
 仁志の表情は変わらなかった。
「知っている」
 南中道は拍子抜けだ。
「じゃあ…」
 最後の切り札だ。
「その噂は東埜さんが流しました。」
「南中道、君は何をしたいんだ?」
 南中道の顔が曇る。
「…ごめんなさい…東埜さんの奥さんと子供のこと…あの人先生にウソをついたんです」
 今度は仁志の顔が曇った。
「ウソ?」
 南中道は黙ってうなづいた。
「何が…?」
「東埜さんは確かに結婚してるんだけど相手の人は同期の亡くなった人の奥さんと子供なんです。あの人、自分に罪はないのに責任とって…それに僕に、先生を頼むって…そんなこと、僕は納得出来ないからって言ったら喜多邑のお兄さんに会いたいって…」
 仁志には意味が分からなかった。
 どうして東埜が嘘をつかなければいけないのか?
「僕は、芳を恨んでなんていない…」
「恨んで嫌って忘れて欲しいって言ってました」
「恨んでなんていない、僕は…」
 何を言わんとするのか、仁志自信にも分からなかった。
 まだ、未練があるのかもしれない、東埜が仁志を裏切るなんてないと信じていたのかもしれない
「芳に、会いたい」