第三十五話  兄と弟
「イライラするな、それは」
 めずらしく尋之の部屋に顔を出した尋胤が、当然のように聞いてきたのは仁志のこと。
「…兄貴はオレの不幸を待っているのかよ?」
 仁志の幸せを知りたいのはわかっている、でもそれはつまり尋之の不幸の始まりである。
「バーカ。あのさ、なんの為にオレが一人暮らしをはじめようとしているかわからないわけ?あいつがいつでも泣きついてこられる場所を作りたいだけなんだぜ…まだ、諦めたわけじゃない。いつかきっと、回り道したと気付くはずだから。あいつはどうやら攻めたてられるより無関心を装う方が効果的みたいだからな。」
 尋胤はそれなりに勝算を見込んでの別離だったようだ。
「あいつが南中道くんを諦めればおまえだって安泰だろ?別れなきゃいけないかなんて悩まなくていいわけだし…」
 確かにそうなんだけど…尋之は何かに引っかかっているのだが、それを見つけられずにいて口を開けない。
「しかしなんだな…おまえが可愛らしく南中道くんの胸にすがっている姿は想像できない…」
「するな!ボケッ」
 尋之は顔から火が出るのではないかと思うくらい恥ずかしがった。
「なぁ…おまえ、南中道くんに遠慮してないか?もう少し自分の気持ちに正直になれば向こうも夢中になるんじゃないかな…フられた男に言われても説得力がないけどな…」
 乾いた笑いを漏らした。
「…例えば?」
 尋之は多分、心の奥底では気付いていただろう事実を、尋胤に指摘された。
「抱いてやったら?」
 その言葉しかないだろう、やはり…反芻した。
「守ってやるって言ったけど無理だって、本当は守られたいって願っているって…わかんないんだよ、その真意が。カズくんの方が大人だからって言いたいのか、オレにもっとしっかりしろって言いたいのか…まじわかんねぇ…」
「いつも、どこでセックスしてんだ?」
「部室。カズくんには内緒だからな、一回怒られた、部室はラブホじゃないって…」
「バレるようにやればいいのに。南中道くんが乱れている姿を見せつけてやればいいんだ…っつーか、和隆に南中道くんがタチだって思わせとくなよ、期待するだろうが。」
 尋之は愕然とした。
 もしかしたら自分は勘違いをしていたのではないか?
 明日、南中道を誘ってみようか…そう考えていた。