第五十一話  帰国
「そんなの、ウソです。いや勘違いって言うのが正しいかな?先生は僕なんか見ていない、いつだって東埜さんを追い求めている。今だって…」
 南中道はイヤイヤをする子供のように頭を左右に振りながら否定し続けた。
「先生、僕のことを嫌いになって下さい、お願いです。僕は先生のこと嫌いになれない。一生好きなままでいたいんです。でもそれは一緒にいたいとかそういうものではないんです…だって先生は、東埜さんを好きだから…そう判断したから…もうすぐ東埜さんが先生を迎えに来ます、予定より早く。僕が呼んだからです。何があっても約束の日までは真実を明かさないつもりでいる東埜さんを説得しました。」
 仁志は動揺した。
「真実?」
「東埜さんくらい先生を大切に思っている人はいません。」
 南中道は涙をポロポロとこぼした。


「和隆には約束の日まで言わない、それが約束だ。」
 仁志が大学で東埜に偶然再会した日、あの日は偶然なんかではなかった。南中道が企んだことだったのだ。
「なぜ、会いに来ないのですか?」
「和隆は、オレのことを愛してなんかいないんだ、わかっていたよ、そんなこと。だから大学時代に時間が可能な日は朝から晩まで抱いた。考える暇を与えないように抱いたんだ。身体に覚えこませて離れられなくした。就職は賭けだった。直ぐに追いかけてきたら日本に帰って二人で何か商売でも始めようと思った。追いかけて来なかったら約束の日まで待つ。わずか七年だ、そんなに和隆の性癖を理解する人間はいないだろうとタカをくくっていた。まさか身近にいたとはな。そして君の存在だ。和隆が本気で好きになった相手が社長の孫じゃ、どうしようもない。」
 南中道は不思議に思った。
「二人で、商売を始めたらいいじゃないですか」
「だから、和隆は俺のことなんか…」
「僕が何としてでも東埜さんを受け入れるように仕向けます。僕は…先生は先生らしくいて欲しいんです。瞳を輝かせながら毎日楽しそうに話していた先生に。僕を見て溜め息なんかつかないで欲しい。だって僕は先生を愛せないから。」
「…そう、だよな。悪かった。」
 東埜は俯いた。
「本当に好きなんだな、あいつのこと。」
 南中道は同じセリフを喜多邑家でも聞いた。
「僕は生まれた時から夢を持つことを禁じられてきたから、夢とか愛とか…羨ましいんです。」
 東埜は南中道の言葉に何度も頷いた。


 そして、東埜は任期を終えて帰国した。