第六十一話  寄り切り
「痛い、放して!」
 南中道が叫ぶ。
「兎に角!家まで黙れ!」
 仁志も普段使わないような言葉遣いで南中道を引きずるようにしてマンションへ向かった。
「先生の家に行ったら…我慢できなくなる」
「しなきゃいい」
 仁志は間髪入れずに返答した。
「答えを出そう」


「イヤだ!」
 仁志はこともあろうか、マンションの部屋に辿り着くなり、南中道をベッドに押し倒し、唇を重ねた。重ねただけでなく貪った。
 南中道は暴れる。暴れて仁志の背中にしがみついた。
「東埜さんにはちゃんと自分の気持ちを伝えた上で、真人、君に伝える。好きだ。君を愛してる。」
「僕は…」
「本当の気持ちを教えて欲しい。真人が必要な手ならいくらでも貸す。」
 南中道は躊躇っていた。
「喜多邑が知っていて僕が知らないことが多すぎる、フェアじゃない。勝負ができない。」
 仁志は南中道を抱きしめた。
「努力する。真人が望むなら、君だけを見て生きる。…仕事、」
「違うんです」
 仁志は気付いた。
「又、嘘で僕を丸め込む気だろうけど、ダメだよ。」
 南中道が小さく「違う」と呟きながら腕の中で首を左右に振った。
「僕は両親と祖父の事業を継がないとならない…」
「真人は研究職が希望だろう?ご両親に話したのか?」
 ふるふると首を左右に振る。
「最初は三人とも事業なんか畳めばすむことだ、なんて言っていたのに軌道に乗り始めたら手のひらを返すみたいに後を継げって…。興味があるとすれば祖父の会社です。だけど無理だ、僕には経営能力がない。」
 抱きしめる腕に力を込める。
「僕がいる。」
「先生は東埜さんに返したんです。…知らなかったから…」
「だから!別れたんだ。」
「え?」
「真人が好きだから、気持ちに嘘をつけなかった。芳はわかってくれた。」
「いやなんです、誰かの不幸の上に自分の幸せがあるのが!」
 しかし言葉とは裏腹に南中道は仁志にしがみついた。
「…好き、です…」