第六十三話  心のままに
 仁志が学校を去る少し前のこと。
 仁志は東埜に自分の気持ちを伝えていた。
「初めから負けは分かっていた。毎日和隆のため息は増えるばかりだったからな。」
 そう言うと仁志に最後のキスをした。
「和隆の目がさぁ、あの時とは段違いに輝いていたんだ。仕事が充実しているのかと思ったけど、真人が現れたらうっすら顔を赤らめるから、確信した。真人にも言ったんだぜ、俺には和隆を落とすことは出来ないって。」
 仁志は真っ直ぐに東埜の目を見ていた。俯くことなく。
「僕に、子供達を導くこと、ましてや何かを教えてやることなんて何一つ持っていないことが分かっただけでもこの何年間は有意義だったと思う。ただ単に教育指導要綱に沿ってしゃべっていただけに過ぎなかった。知識は付いただろうけど応用力は無いだろうな。」
 そう言って笑ったが悲観はしていない。
「これからは自分の為に頑張って生きていく。そのときにはちゃんと胸を張って会えるよう、頑張る。」
 東埜は黙って仁志を抱きしめた。
「又、会える日は、ない。」
 耳元に囁いた。


 尋胤は隣に南城を座らせていた。
「もう、和隆の生徒じゃないんだよな?」
「ああ。煮るなり焼くなり好きにしていいよ。」
 微笑んだのは南城だった。
「南城。ちゃんと学校、行けよ。」
「はい。」
 三人の会話はそれだけ。
 想いを遂げた人間は強くなる。
 だけど同時に同じだけ弱くなる。


「せんせ…」
 右手で言葉を制する。
「もう、先生じゃない。」
「はい」
 仁志は南中道の唇にキスをした。
「待っていて欲しい。君を、手に入れるから。」
「僕も、努力します」
 二人は握手をして別れた。