第六十八話  解放
「せんせ…」
 南中道の言葉に仁志は首を左右に振る。
「言っただろう?僕はもう君の先生じゃない。ただの…男だ。南中道真人に恋をした平凡な普通の男だ。」
 今度は南中道が首を左右に振る。
「せん…和隆は平凡でもないし普通でもないです。僕をこんなにも夢中にさせるただ一人の人間なんです。尋之のことも好きだったけど、先生に出会ってしまったから…うちの家族に会ったのなら気付いたんでしょう?僕が嘘ばかりついている理由。もうせんせ…」
 仁志は南中道の口を手のひらで塞いだ。
「恋人に名前を呼んでもらえないのは寂しい」
「和隆」
 二人はどちらからともなく、唇を重ねた。
「僕が、学校を辞めます。先生に戻ってください。僕を養ってください。」
「夢を追えと言っていなかったか?」
「だってうちの家族に会いに来たんだから別のことを目論んでいるんですよね?」
 仁志は南中道の勘の鋭さに感嘆した。
「新しい夢を持ったんだ。だからもう研究はどうでもいい」
 南中道が辛そうな表情で首を左右に振った。
「せんせ…和隆にはもう嘘は言いません。だから、お願いだから、あなたの夢を叶えて下さい。」
「僕だけじゃなく、誰にも嘘は言わない、約束だ。」
「はい」
 仁志の腕の中で、南中道は泣きそうな表情で顔を胸に埋めた。
「自分に、嘘を付くのを止めたんです。あなたが好きです。今まで、あなたを選ぶことはあなたを厄介なことに巻き込むだけだからだと、せめて生徒として存在したことを覚えてもらおうと必死でした。尋之があなたを強姦なんてしなければ、それですんだんです。唯一の計算違いはそれだけです。南城ももう解放します。」
 仁志は今、聞かなくても良いセリフを耳にした気がした。
「南城も解放?」
「情報を、提供してもらっています、身体を使って。」
 そうだった、南城の家は複雑なんだった。自分のことばかり考えていて忘れていた。
「って、身体はまずいだろ。」
 仁志は自分がなにひとつ教師らしいことをしてこなかったことに改めて気づかされた。