第七十三話  もう一度
 玄関の鍵を開けた瞬間、背後から人の気配がした。
 その瞬間、仁志はたたきに前のめりに倒れ込んだ。


「悪い、手荒い真似をして。」
 仁志の手を取り、ばつの悪そうな顔をして立っているのは東埜だ。
「引っ越し先、分からないし探しようがないから実家を張ったんだ。」
「暇人。」
 仁志の口からでた言葉はそれだけ。怒っているのかどうかは判断に苦しむ。
「南中道…くんは一緒にいないのか?」
「あの子は現役の高校生だから。」
 すると、東埜は驚いた表情をした。
「あの子、まだ校内で色んな相手と関係を持っているぞ。」
 仁志の表情は明らかに曇ったが、「知っている」と言う単語をつぶやいた。
「捕まえておかなくていいのか?」
 黙ってうなづく。
「寂しくないのか?」
 アクションは全くない。
「オレじゃ、やっぱりダメなのか?」
 仁志は動かない。
 東埜は仁志の肩を抱きしめた。抵抗はしなかった。
 顔を上げさせて唇を重ねる。
 歯列を割って舌を滑り込ませる。
 仁志の舌を軽く吸う。それに舌が反応した。
 夢中で舌を貪った。
 そっと、仁志が東埜の胸を掌で押し返した。
「ここの鍵、あの子も持っている」
「来たことあるのか?」
 返事はなかった。
「愛してるんだ」
 仁志が囁きほどの小さな声で弱々しく言った。
「オレじゃ、ないよな?」
「去年の今頃だったら。」
「過去形か」
「ごめん」
「分かってる。自分が悪いんだ、気にしないでくれ。…餞別をやるよ。しばらく待っててくれ。」
 仁志は首を傾げた。
 東埜は後ろ手に手を振り、部屋を出た。
 仁志にはその餞別がなんであるのか、全く検討がつかなかった。