| 玄関の鍵を開けた瞬間、背後から人の気配がした。 その瞬間、仁志はたたきに前のめりに倒れ込んだ。
 
 
 「悪い、手荒い真似をして。」
 仁志の手を取り、ばつの悪そうな顔をして立っているのは東埜だ。
 「引っ越し先、分からないし探しようがないから実家を張ったんだ。」
 「暇人。」
 仁志の口からでた言葉はそれだけ。怒っているのかどうかは判断に苦しむ。
 「南中道…くんは一緒にいないのか?」
 「あの子は現役の高校生だから。」
 すると、東埜は驚いた表情をした。
 「あの子、まだ校内で色んな相手と関係を持っているぞ。」
 仁志の表情は明らかに曇ったが、「知っている」と言う単語をつぶやいた。
 「捕まえておかなくていいのか?」
 黙ってうなづく。
 「寂しくないのか?」
 アクションは全くない。
 「オレじゃ、やっぱりダメなのか?」
 仁志は動かない。
 東埜は仁志の肩を抱きしめた。抵抗はしなかった。
 顔を上げさせて唇を重ねる。
 歯列を割って舌を滑り込ませる。
 仁志の舌を軽く吸う。それに舌が反応した。
 夢中で舌を貪った。
 そっと、仁志が東埜の胸を掌で押し返した。
 「ここの鍵、あの子も持っている」
 「来たことあるのか?」
 返事はなかった。
 「愛してるんだ」
 仁志が囁きほどの小さな声で弱々しく言った。
 「オレじゃ、ないよな?」
 「去年の今頃だったら。」
 「過去形か」
 「ごめん」
 「分かってる。自分が悪いんだ、気にしないでくれ。…餞別をやるよ。しばらく待っててくれ。」
 仁志は首を傾げた。
 東埜は後ろ手に手を振り、部屋を出た。
 仁志にはその餞別がなんであるのか、全く検討がつかなかった。
 
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