第七十四・七十五・七十六話  誘惑
 新入生を適当に集めて、行動心理研究会はなんとか面目を保った。
 新任教師でまだどこの顧問にもなっていない英語の教師を校長は顧問に回してくれた。
 今のところ、研究しているテーマは南中道の『蟻の行動心理学』と尋之の『恋愛における男女の行動パターン』…らしい。仁志がいなくなってからすっかり占い師は辞めてしまった。
「考えたらさ、カズくんの恋愛相談って結構当たってたよな」
 部室で何気なくつぶやく尋之に南中道は「誰でも人のことは冷静に観察できるんだよ」
と、答えながら実のところ別のことを考えていた。
 毎週土曜日に現れる東埜。最初の頃は毎回南中道の身体を要求したが、絶対に心を開かない南中道に飽きたのか、最近は尋之にモーションをかけている。しかしそれに気づいているのはたぶん南中道だけだ。他の人には気づかれたくないのか、南中道にヤキモチをやかせたいのか。本意がわからない。
「和隆に会いに行こうかな…」
 南中道だって会いたい気持ちはある。しかし、いままで散々困らせたり拒んだりしてきた経緯を考えると今一歩踏み込めないでいた。
「会わないと気持ちが萎えると思う。オレはその方が嬉しいけどな。」
 尋之は言うと椅子から立ち上がり、南中道を抱き寄せた。
「独り占めするのはフェアじゃないからな。」
「ごめん、優柔不断で。」
「いいって。」
 尋之の腕の中は安心する。いつも臨戦態勢だと疲れるから、誰かに癒されたい気持ちが動く。
「喜多邑の研究テーマ。変えたらどうだ?男同士の恋愛の修羅場とかさ。」
「人のこと言えねーだろ?」
 また、東埜が邪魔に入りに来た。いつもそうなのだ。
 尋之はちゃんと相手をしてやっている。多分東埜が南中道にしていることを薄々感づいているのだろう。
「同性愛者についてだったら、共同研究してやってもいいけど。」
 尋之の肩が動揺で跳ねた。
「自分の嗜好をバラすのは結構やっかいだけどな。」
 尋之は東埜を振り返った。
「あんた、オレに喧嘩売ってんの?」
「喧嘩売るほど大人じゃないだろ?」
 言って笑った。
「南中道、可愛かったぞ。オレの下で喘ぎ声を堪えながら犯られてる顔。」
「な…」
「気づいてなかったのか?和隆は気づいてたぞ、会ってないのに」
 尋之は南中道を振り返った。ただ俯くだけの姿を確認し、拳を握りしめると勢いよく東埜に向かって振り回した。が、その腕をいとも簡単に受け止めるとそのまま尋之の背中に回し、にっこり笑うと唇を重ねた。
「いてっ!てめー噛みつきやがったな!」
 言う口元は綻んでいて楽しげだ。
「南中道はあきらめろ、頑なに心が和隆に向かっている。おまえはただ責任感だけで付き合っているにすぎない。…オレの方が和隆より心理に関しては詳しい。なんてったって心理学部だからな。」
「あれ?せんせ、とは学部が違うんですか?」
「ああ。あいつは忙しい研究畑、オレは暇な文系。ここ、心理研究会じゃないか、オレの担当だろ?…南中道の分野は和隆に聞け。…いい加減、喜多邑を振ってやれ。オレが引き取ってやる。」
 尋之はじたばたと暴れている。
「でなきゃ今度こそ、和隆を連れて逃げる。恋人に寂しい思いをさせたら一発で終わりだ。」
「いやだ!真人!行かないで!」
 尋之が初めて行くなと南中道を引き留めた。
「尋之…」
 南中道はただ立ち尽くした。
 何分が経過したのか、東埜がしびれを切らした。
「南中道、そこで見てろ。」
 いうが早いか、尋之のズボンを足から引き抜くと背後から犯した。
「あうっ…痛…い」
 室内には尋之のすすり泣く声と潤滑剤で濡れた性器がぴちゃぴちゃと発する音だけだ。南中道は微動だにしなかった。
「真人…助け…て」
 力なく尋之が乞う。南中道はその声で我に返った。
「東埜さん、止めてください。尋之は…僕の…」
 背後から東埜の身体を抱きしめた。
「邪魔しないでくれるかな?いいところなんで。」
 一度性器を引き抜くと尋之の身体を仰向けにし、脚をくの字に折り曲げると再び突き入れた。
「いやだ、いやぁ」
 南中道の心に浮かんだのは、尋之が仁志を強姦したという告白の日。
「先生も、止めてって泣いたよね?」
 尋之はいやいやと顔を左右に振るばかりだ。
「ごめん、僕…尋之を憎んでいた、恨んでいたんだ。だけど先生を忘れるために利用した…封印したんだ。いつか同じ思いをさせてやるって…思って…」
 尋之の声が止んだ。ゆっくりと腕が東埜の背中に回り、力一杯、しがみついた。
「出来なかった。」
「南中道!そんな同情は喜多邑の為にはなんにもならないぞ!」
「同情なんかじゃない、本当に、愛されてるって実感した…だから…」
 尋之の唇が小さく動いた。
「ん…っく、…も…っと…」
 背中にしがみついたまま、尋之は涙を流していた。
「イイ…イイよぉ…」
 南中道は尋之の性器が頼りなげに揺れているのをぼんやりと見ていた。
「尋之が…好き…だった」
「ああっ、あ…あんあん」
 何を言ってもむなしい。
「尋之、ごめんっ」
 頭を下げ、微動だにしない姿でただ立ち尽くした。
「喜多邑、分かっただろう?南中道はお前を好きだとか言いながら利用したんだ。」
「あ…んた、だって…同じだろぉ…あぅ…オレを、コケにして…あっ、イクイクイクゥ…あ、あ、」
 ビクビクッと身体が痙攣して弛弾した。
「あーあ、ケツだけでイッたんだ」
 南中道は自分の身体を抱きしめた。
「行ってやれよ。で、抱かれてこい。」
 言ったのは尋之。
「オレはへーきだから」
 言いながらも身体を起こすことが出来ない。
「うん」
 はっきりと、返事が返ってきた。