第八十五話  本音と建前
 建前として行動心理研究会は教頭が顧問になっているが顔をだしたことがない。
 一度も見ない間に交代となった。
「この度、事故で長期入院された篠基先生の代理で赴任された東埜芳先生です。」
 朝礼で東埜が紹介され、南中道は尋之を振り返った。尋之は驚いた顔をしたまま首を左右に振った。
「あの人が教員免許を持っていたなんて知らなかった。試験いつ受けたんだ?」
 南中道にはだいたい見当がついていた。
 尋之の告白で一目惚れだと聞かされた。尋之と仁志を追い掛けてきたのだろう。
 南中道は内心、東埜を疎ましく思っている。
 東埜が現れなければ尋之はずっとそばにいてくれた。しかし東埜を日本に呼び寄せてしまったのは南中道だ、それも浅はかな考えだったと反省していた。

「経済学部」
 部室で蟻をながめていると東埜がやって来た。
「…心理学科でしたっけ?祖父の会社では営業職でしたよね?」
 東埜がムッとした表情で頷いた。
「尋之を泣かしたら許しませんからね?」
「君は泣かせっぱなしだったじゃないか。まさかあの形がベストだったなんていわないよな?君一人良い思いしようなんて虫が良すぎる。」
「…蟻は…和隆さんと僕の共同研究となるはずだったんです。それをあなたが無にした。和隆さんとは卒業式を迎えたらお終いになる関係でいようとしていたんです。それには尋之が必要だった。ずっと隣にいてほしかった。」
「それは、」
 東埜が立ち上がる。
「あいつは俺のモンだからな」
「あなたが尋之を好きになるはずがないんだ…」
 東埜は南中道の目の前で立ち止まり右手で南中道の顎をとらえた。
「和隆のためならなんでもする…そう言ったのは事実だ。だけど君の言う通りに動くとは一言も言っていない。」
 顔を背けようと動かす努力をしたが東埜が許さなかった。
「また脚を開くのか?そんなことで誰もが自分のいいなりになるとおもうな。嘘ばかり並べ立てて…痛い目をみるぞ。」
「構わない」
 東埜は耳を疑った。
「僕のいいなりになるやつなんていない。あまりにも稚拙な計画に嫌気がさしたところです。」
 南中道は左手で東埜の手を払った。
「あなたが和隆さんを取らなかったのがわるいんですからね?後悔しないでください。…計画は変更です。」
「人の心なんて簡単にぐらつく。側にいる人間に情を感じ、離れた人間は過去に埋没する。…本気だから。片時も放さず側にいて卒業と同時にさらうから。」
「だから…」
 言い掛けて息を飲む。しかし諦めたように顔を上げた。
「最初に言ったじゃないですか。」