第八十九話  卒業間近
 夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬を迎え…。
 季節は春になろうとしていた。

「名古屋?」
 仁志は耳を疑った。
「近くの大学、全て落ちました。」
 再び仁志の顔が曇る。
「僕のせいだな。夏休み、ちっとも勉強させてやらなかった。」
「いえ、甘く見ていた自分のせいです。二次募集していたのがそこしかなかったんです…すみません。」
「幸い…」
 次の言葉に今後は南中道が耳を疑った。
「僕はバイトの身の上だからいつでも動ける。置いていこうとしてもダメだからな。芳みたいに臨時教員って手もある。いくらでも仕事なら見つけられる。」
 南中道は仁志の胸に顔を埋め、背中に腕を回した。
 仁志はそんな南中道を抱きしめた。
「芳の時みたいに、置いて行かれるのはイヤだ。近くにいたい。」
「嬉しい」
 南中道が泣きながら呟いた。
「和隆さんがその気になってくれたのなら研究所は名古屋に建てます。母の会社の出資です。新規事業。行動研究に興味をもってくれて出資してくれると言うのです。経営ばかりが世界ではないと。僕みたいな人間も必要だと。タイムリーにノーベル賞を日本人が受賞してくれたお陰です」
 ニッコリ、笑う。
「ずっと、名古屋で、二人きりで暮らしませんか?」
 仁志が首を振る。
「プロポーズは僕から…ダメかな?」
 南中道は更に笑顔になる。
「泣いたり笑ったり、忙しいな。」
「だって…」
 何か言い掛けた南中道の口を仁志は上手く塞いだ。