第九十話  プロポーズ
 南中道の唇から仁志の唇が離れる。
 仁志は机の引き出しから小さな箱を取り出した。
「真人が合格していて良かった、おめでとう」
 中には万年筆が入っていた。
「真人は字が綺麗だから」
 言い訳のように呟く。
「真人の進む道を一緒に行ってもいいか?」
 南中道はきょとんとして仁志を見つめる。
「もしかして?」
「うん」
「お願いします」
 仁志は南中道を抱きしめる。
「ご両親に会いに行こう。うちの家族にも会って欲しい」
「はい」


「なんだかうちの両親、やけにあっさりしていたなぁ」
 南中道は少し不安になった。
 仁志が二人に、南中道と人生を共に過ごしたいと伝えた時、南中道の父親は異常に盛り上がり、飛び上がる勢いで喜んだ。相手が男であっても全く異論はないと言うのだ。
 すぐに祖父を呼び、五人で酒盛りをした。(南中道に関しては元とは言え教師がいるので形だけに止めた)
 すっかり陽も暮れ、辺りは真っ暗だ。
「和隆さんのお父さんは反対なんですよね?」
 仁志は無言で頷いた。
「君を連れて行って良いものか、正直悩んでいる。」
 仁志は自分に危害が加わるならいくらでも受ける気でいたが、南中道や母、妹にまで広がるようだったらどうやって止めたらいいのか見当がつかない。今まで父に反論したことがないからだ。
「あの…僕ひとりで行っても良いですか?」
「え?」
「大丈夫です」
 南中道は笑う。
 仁志はつられて笑った。


「和隆は跡取りだ。」
 玄関先でそれだけ言うと、踵を返した。
「籍は妹さんと入れます、慰謝料として母の会社を譲りましょう。どうです?」
 仁志の父は歩みを止めた。
「なんなら父の会社も付けます。僕は一人っ子なんでそんなに抱えきれないので。自分が経営している二つの会社で手一杯です。」
 父は振り返った。
「それとも現金が良いですか?」


「お父さん、納得してくれました。」
 仁志は信じられないという表情で南中道を見た。
 仁志の胸に抱きつき、甘える南中道がまさか自分の父親を恐喝したとは夢にも思っていなかった。