第九十一話  そして…
「先生、ここなんですけど…」
「あー、そこはね、」
 職員室に授業の不明点を質問に来る生徒たちを相手にしているのは、南中道。
 大学を卒業して研究職に…と言っていたのに高校教師をしている。
 祖父と父の会社が不景気の煽りを受け多額の負債を抱えて倒産した。
 母が負債を返済しているので余計な費用は一切出せない状態だ。
 それでも南中道は大学を卒業した。成績が良かったので大学側では残ることを切望してくれたが、南中道の中では仁志を愛した瞬間を今一度実感したいと思ったのだ。

 その仁志だが今はアメリカの大学に行っている。研究機関が日本には少なく、南中道が送り出した。毎日数十通のメールは携帯やPCに届くし、日本の時間に合わせて数分でも電話を掛けてきてくれる。
 でも南中道は仕事をして研究に没頭している仁志が好きだったのだと、数年しか機能しなかった仁志のための研究所で気付いた。決して犬と戯れる無邪気な姿ではない。(それはそれで好きだが)



「和隆さん!」
 突然目の前に現れた恋人に抱きつきたい気持ちを必死で押さえて笑顔を見せた。
「どうしたんですか?」
「君の勤め先を見ようかと思ってね。」
 二人が過ごした名古屋で就職した南中道は初めて勤務先で仁志に会った。



 東埜は共に渡米した尋之を大学に通わせていたが、尋之は途中で勝手に辞めて日本に帰国していた。
 今は南中道のアパートに転がり込んでいる。
 だが「浮気はしない」と言ってベッドは別だ…と、言ったのは南中道だ。
 東埜はアメリカで日本の企業に就職したが日本に殆ど帰国できないばかりか、平日も家にいないことが多かった。
 専業主婦のように「寂しかった」のが尋之の言い分だ。



 尋胤は何一つ変わらず、毎日会社へ行き、毎日マンションに帰り、毎日南城と抱き合っている。南城は高校卒業と同時に鉄道会社に就職、今は電車の運転手だ。早番遅番があるので尋胤はそれに合わせてスケジュールを組んでいるらしい。かなりラブラブである。


 そんな訳で社会人になるとそれぞれに時間調整が難しくなり様々な溝が出来始め亀裂が生まれた。
 それを埋めるための努力をするか惜しむか…。