第九十三話  失意
「所長代理?」
 南中道は耳を疑った。いくら仁志が優秀だったとしても二年程度で大学の研究所が仁志を所長代理になどするのだろうか?
「真人がいてくれたからなんだ。感謝している。」
 南中道が高校時代にありの研究に従事してくれたお陰だと仁志は言う。
「アメリカでは実績が全てなんだ。」
 南中道の中で、なにか得体の知れない物が音を立てて崩れ落ちた。



「な、言っただろう?南中道は人の成功が気に入らないんだ。相手のためとか言っているけど実は自己満足のために動いているんだ。エゴイストでナルチシズムなんだ。」
 東埜の言葉を仁志には到底理解できなかった。
 自分の愛した人が実は仮面を被った冷酷な男だったなんて。
 ただ、東埜に言われたとおりの言葉を伝えたら、南中道は笑いもせずに仁志をアパートの部屋から追い出してしまったのだ。
 仁志はどうしても南中道のそばにいたくて名古屋市内の私立高校で雇ってくれる所を探した。幸いアメリカでの経験を重視してくれ、採用が決まったところだった。
「マンションも借りたのに…」
 仁志の父親は南中道の父親と祖父の会社が倒産した際に激怒していたが、幸いまだ南中道と妹の婚姻は成立していなかったので他企業の御曹司を紹介するという提案で手を打ったらしい。
 南中道がそこまでして仁志に執着したにも関わらずたった一つの出来事で崩壊する仲なのか…と、胸を痛めた。
 ベッドサイドに置いた携帯電話が鳴った。
 よろよろと取りに行くと、南中道からだった。
「和隆さん!今夜どこに泊まるんですか?良かったら家に…」
「大丈夫だよ、いくらでも…」
「すみませんでした。僕気が動転して…」
「何に対して気が動転したのかな?」
「え?」
 南中道は絶句した。