第九十六話  父
「僕は知っている。だからちゃんと正直に話して欲しい。」
 南中道の瞳から一粒、涙が落ちた。
 一度落ちると堰を切ったようにポロポロとこぼれた。
「僕は…寂しかったんです。誰かにかまって欲しかった。支配したい気持ちもありました、わがままに憧れがあったから。だけど…好きになっちゃいけなかったのに…」
 いままでずっと聞くだけだった南中道の父親が初めて口を開いた。
「もういい。真人が言いたいことは全てわかっていた。和隆くんが好きなんだろう?和隆くんが自由にやりたいことをさせてやるのが自分の甲斐性だと信じていたんだろう?だから父さんと私の会社を他人に委ねて、自分は大好きな人が辿った道を歩いているんだろう?好きにしたらいい、止めはしない。」
 南中道の父親は南中道の肩を抱きしめた。
「和隆くん、この子の母親の会社はまだ研究所を閉めていないんだよ。私たちの会社は倒産したと言っているだろう?ちゃんとまだあるよ。不況に倒れるような柔な経営などしてこなかったからな。だからこの子と二人で戻らないか?」
 仁志はしかし、首を横に振った。
「いえ、私は真人くんと同じ学校で再び教職に就くことにしました。研究職は私には向いていません、子供達と一緒に研究をしたいんです。」
 仁志は気付いたのだ、南中道や尋之がいたからこそ、いろいろな研究が出来たし新しい発見があった。それこそが天職だと。
「また、行動心理研究会をやりたいです。」
 ガタン
 仁志の父親がイスから立ち上がった。
「父さん!」
「だから言ったじゃないか、堅実な仕事がいいと。…真人くん、約束が二つあっただろう?一つは無理みたいだからもう一つを叶えてくれ。」
 仁志の母親は慌てて父親を追いかけた。
 仁志が南中道を振り返る。
「妹さんを僕の籍に入れて僕の子供を産んでもらってその子に会社を譲渡すると約束したんです。」
「もう一つは?」
「…和隆さんを幸せにしてやって欲しいと…」
 仁志は入り口を振り返った。