| はぁ 
 一人の部屋はため息まで反響する。
 
 「よっ!」
 呑気に航の肩を叩いたのは遥。
 「やあ」
 軽く手を挙げた。
 「兄貴と潤、修羅場だったんだって?悪かったな」
 「遥が出て行ってから運がなくなった」
 「そうなのか?」
 「違うよ。真に受けるな」
 肩をポンポンと叩いて去って行った。
 本当は抱き寄せたくて、口付けたくて、肩に顔を埋めたくて…胸が苦しかった。
 でも、ここを乗り越えたら、きっとまた笑いあえると信じていた。
 
 
 「遥、残酷だよ」
 「航か?仕方ないよ、院内で会うんだもん」
 「そうだけどさ…僕なら泣いてた」
 「見てたのか?」
 「カルテ返しにな、医局へ」
 「なら声掛けてくれればよかったのに…」
 「噂、聞いたぞ」
 「ごめん、噂じゃないんだ。」
 「当直室でっていうのもか?」
 「うん。まずいよな…」
 「遥より、航だろう」
 噂とは航が着任した日の夜のことだ。
 「まだインターンだもんな」
 「だよな…」
 その時、エントランスでインターホンが鳴った。航だった。
 
 
 「悪い、せっかく二人で居たところを。」
 「大丈夫だって。何気にしてんだよ。変だぜ、航。」
 「うん。実はさ、母校に帰ろうかと…遥とつき合えると思っていままでやってきたけど、こっちにいる意味がなくなったんだ。別に嫌みじゃない、祖母の医院は大阪の堺なんだ。だから関西の大学に行ったんだ。」
 遥は泣きそうな顔で航を見ていた。
 「泣かないでくれよ、未練が残るからさ。今なら離れられる。」
 「航、聞いて良いか?なぜ六年も遥を放って置いたんだ?」
 「良いかって聞いて返事を待たないんだな。いいよ、答えてやるよ。…遥が響を選ぶこと、分かってた。冷静に考える時間が欲しかった。それだけなんだよ。…遥以外の奴とも寝た。けどさ、身体が勝手に遥の線を辿るんだ。遥の身体は響の形になっているのに、僕の身体は遥に馴染んでいた。それだけ。」
 ふぅーと、深呼吸をして続けた。
 「言えば言うほどいいわけジミてるけどさ、遥を忘れるための六年だった。でも離れていたら想いは募るんだな…」
 遥の瞳から大粒の涙が落ちた。
 「ごめん」
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