第八十三話  分かれ道
 遥は、航を引き留めなかった。


 気付いていた。遥は一方的に愛されることを喜ばない。互いの気持ちを尊重し、距離を測っていく。


「あの二人はずっと繋がっているんだろうな…道が…」
 遥の前に広がる道は響の道と繋がり、延々と続く。
 航の目の前の道は、続いているのだろうか?
 遥が看護師になるからと迷っていた医師の道を進んだ。
 大人になりたくなかった。
 遥が気付かないでいてくれたら、良かった。


「響、オレさ、間違ったとは思わない。」
「うん。だけど気になるんだろ?」
「ううん。今航を引き留めたら、オレはまた響を選んで航を傷つける。だから我慢するんだ。」
 響の腕が遥の髪を撫でる。
「どうしてまた僕なんだ?」
「思い出したんだ」
「何を?」
「幼稚園のとき…」
「思い出したのか?」
「うん」
「もう一度、忘れてくれ」
「やだ…愛してる」
 遥は俯いて照れる響に無理矢理口付けた。


「ひーちゃん、ひーちゃん。」
「なんだよ?」
「あのさ、目つぶって?」
 今、幼稚園で流行っているのは、友達の襟首におもちゃのトカゲを入れること。結構難しい。
「薄目開けたらダメだよ」
 響は絶対に遥がトカゲを入れるだろうと思っていたのだ。
「目、開けていいよぉ」
 もの凄く近くに、遥の気配を感じていた。
 目を開くと、わずか二センチほどの距離に遥の顔があった。
 響は驚いたものの、逆に遥にいたずらを仕掛けた。
「わーっ!ひーちゃん、なにすんだよ!」
「はるかが悪い」
 響は、遥の唇に自分の唇を重ねたのだ。
「僕、ひーちゃんと結婚するんだって」
「え?」
「女の子がね、どんな反応するかで占うって…びっくりしたら普通、怒ったら嫌い、喜んだら好き…」
「キスしたら?」
「らぶらぶ…」
 響はもう一度、遥にキスした。
「はるかは僕とけっこんするのイヤ?」
「うーん、わかんない」
「じゃあ、ずっとそばにいるから、考えて。僕ははるかといっぱいキスしたい。」


「ん…」
 遥は響の脚を跨いで、キスに興じていた。
 航が身を引いてくれたのを、無駄にしないように…



「え?二年後?」
「そうだよ、そんな簡単に研修先は変えられないよ」
 航に騙された…