第八十四話  賃貸
「絶対に嫌がらせだろ?」
 遥がご機嫌斜めだ。
「潤が安心して生活できる所が理想だったからな」
 しれっとして湊が言う。
「だからって、上階に越してくるか?」
「家主は響だけど?」
「なに?」


「貸したよ、困ってたから」
「違う、上も響の持ち物なのか?」
「上下左…だけど?」
 …角部屋である。
「なんでそんなに固めたんだよ」
「遥のイイ声、他人に聞かせたくないからな」
「兄貴に聞かれたらどうすんだよ!」
「すでに直に聞いてるんだから構わないだろ?」
 そうだけど…と、心の中で呟いて止めた。
「そんなに固めるなら、鉄筋コンクリート完全防音の家建てればいいのに…」
「建ててるよ。遥の誕生日までには出来上がると思う。」
 響は一体いくら持っているんだろう?
「ここは売るか。」
「えっ?」
 遥は正直に顔に出た。
「寂しい?」
「響と六年も過ごしたからなー」
「都内の家は惜しいからな…じゃあ下と左は先に片づけとくか…」
「都内じゃないんだ。」
「朝霞台」
 遥たちが生まれ育った埼玉県ふじみ野市は東武東上線沿線。朝霞台は板橋の隣だが埼玉にしては武蔵野線が通っていたりしてかなり交通の便はいい。埼玉は縦方向の交通は沢山あるのに、県内を横に走る電車は少ない。
「埼玉なら遥も安心して車の運転が出来るだろ?…ついでといったらなんだが、隣は湊の家だ。」
「え!また?」
 遥は複雑だ。
「空いてるから貸しただけなんだが…いずれ譲ればいいし…」
「なあ、響。おまえいくら持ってるの?」
「さあ?かなり増えてはいるな…FXでかなり儲けた。」
 株も土地もダメだと、高校時代に言っていた…と、遥は思い出した。
「でももう止めるんだ。遥と暮らしていく地盤は固めた。あとは二人の努力だ。」
 響がソファで遥を手招きした。遥は子猫のように響にすり寄る。
「必要なものだけ、揃えたかった。ダメか?」
「ううん。ありがとう…働いて返すから、少しずつ。」
「遥がそうしたいならしてくれてもいい。あれは二人の名義になってるし…」
 響はなんでも手回しがいい。
「航に教わった。ぼんやりしていたら何も手に入らないって」


 そう、近くにいなければ、恋は成就しないのだ。