第八十五話  幼馴染
 突然、入り口を入ってきた子供が、火がついたように泣き出した。
 母親と看護師がなだめたが泣きやまない。
「どうした?どっか痛いのか?」
「怖いよー」
 子供が指さしたのは、航の顔。眉間に皺を寄せ、険しい顔になっていた。
「すみません、この子人見知りをしないから誰からも笑顔しか向けられたことがないので…」
 遠回しに「お前が笑わないからだ」と言われているようなものだ。
「いえ、私が…」
 語尾が小さくなる。
 ムリをして笑顔を作っても、ひきつっているから余計に怖い。


「先生はお母さんに人気なんですよねー。だから厄介です。」
 つまり、母親は航に掛かりたいが子供はもう一人の老医師を好むのだ。『好々爺』という言葉がピッタリの人だ。
「なにか、悩みですか?」
「いや、悩みにも値しない…失恋だから。」
「先生でも失恋するんですね…あ、じゃああの噂、嘘ですね」
 看護師のいう噂は遥とのことだ。
「妙な噂が立ってるよね。遥とは中学からの同級生なんだ。響もだけどね。」
「響って、薬局の?本当ですか?やだっ、どうしよう…」
 看護師の表情が一変した。
「響が、好き?」
「え?やだ、違いますっ!憧れているだけで…うちの医院で、先生がいらっしゃる前までは一番人気でした。」
 遥がいう通り、響はもてるらしい。
「遥は?」
「多田さんは男性の患者さんの中では一番人気です。可愛いですもの。私も遥ちゃん…いえ、多田さんみたいな兄が居たら休日の度に買い物に付き合ってもらっちゃいます。」
「遥は兄弟か…らしいな」
 看護師が微笑む。
「多田さんって本当に一生懸命になんにでも取り組むんです。看護大でも受けられる授業は全て受けて、国家試験は一発合格ですもんね…出来が違うのかな…」
「中学、高校はずっと赤点ばかりだったのにな」
「嘘っ!信じられない!」
「興味を示したら一直線な性格だから」
「あの…響さんは、」
「イヤな奴だった。バカみたいに素直になんでも信じて、ただひとつのことだけの為に生きてる奴だから…でもそんな奴だから、尊敬してる」
 看護師は夢見心地で聞いている。
「響の話、もっと聞きたい?」
「はい!」