「好き」に対する正しい答え方
 僕にCMの仕事が来た。シャンプーのCMだ。
 かなり髪も伸びたし…あれから短くするのは聖に反対されるんだ。
 だけど一人でCMに出るのは初めてなんだよね。
 今度の仕事から斉木くんは完全に僕から離れる。
 林さんが取締役になったから僕らから離れるんだ。それには十二分にパパの希望がある。だから斉木くんがACTIVEの総括マネージャーに就任する。剛志くんは不機嫌だ。
 ずっと、一緒に暮らしたいと言い続けているけど斉木くんは拒む。いつまでも好きでいて欲しいし好きでいたいから、お互いの醜い部分はさらしたくないという。
 僕だったら、全てを知りたい。だから一緒にいたい。
 それは子供っぽい考えだろうか?



「それは人によって考えが違うからどちらが正しいなんて言えないけどさ、剛志は辛いだろうな…ってことかな?言えるのは。」
 そうだよね…。
 あ。
 いけない。
 事も有ろうか隆弘くんにこんな話をしてしまった。
 だって今日は雑誌の取材、隆弘くんと僕だけなんだもん。(他のメンバーは別の日にあるらしい)
「ところで最近馬砂喜くん、元気?」
「終わった。」
 う。やっぱり。
「理由が聞きたいんだろ?陸のせいだよ。」
「え?」
「陸の話ばかり聞きたくないって言われた。そんなつもりはなかったけど、そうらしいんだ。当てつけのように女と部屋でセックスしてた。」
 あちゃー。
 …いや、違う!
「なんで僕?何もして…」
「夾くんと、寝たじゃん。」
 え?なんで隆弘くんまで知っているの?
「夾くんと出来るなら、望みはあるかな…って。仕方ないよな、零より後に出会ったんだから。でも、好きなんだ。」
 ちょっと待って。
 頭の中がガンガンいっている。これは警鐘だ。
 クスッ
 背後から忍び笑いが聞こえた。
 シッ
 なんか、隆弘くん、動いた?
 振り返るとそこには馬砂喜くんが立っていた。
「あ…れ?」
「こんにちは。」
「あ、こんにちは。」
 プーッ
と、吹き出したかと思うと馬砂喜くんは止めどなく笑い続けた。
「なに?なんなの?」
 隆弘くんは少ししょんぼりして頭を下げた。
「ごめん、嘘なんだ。今日はエイプリルフール…」
 あ。
「じゃあ、もしかして剛志くんも斉木くんもグル?」
 少し逡巡していたが合点がいったらしく、
 コクン
と、隆弘くんが頷いた。
「毎年の恒例。気付かなかった?」
 ん?毎年の恒例?っていうことは毎年、騙されていたの?
「ショック…知らなかった…」
 なんか自分の馬鹿正直さに呆れてしまった。
「馬砂喜くん、笑いすぎ…」
「ごめんごめん、だって僕嬉しくて。陸と舞台で共演出来るなんて夢みたいでさ。」
「へー舞台ねー…って僕?」
 聞いてないー!…都竹くん、また連絡ミスかな?
「あ、まだ決定じゃないんだよね、僕が推薦したらいいんじゃないかって。だからオファーがあったら絶対受けてね。」
 う
 ……………
 ……………
「ごめんなさい、無理です。」
 ぐるぐるぐるぐる、考えてみたけど、一人で舞台に立つのは無理だ。
「えー楽しみにしていたのに。隆弘がずっと片思いしている相手の本音が見られるかもって。」
「馬砂喜…」
 隆弘くんの顔から笑顔が消えた。
「さっきの、エイプリルフールなんかじゃないじゃないか。隆弘は君が好きなんだ。だけど決して振り向かせることが出来ないから僕で我慢している…違う?」
 馬砂喜くんは既に僕なんか眼中にない。
「違う!我慢なんて…そんなこと有るわけ無いじゃないか。」
 隆弘くんの反論はしかしなぜか力無かった。
「じゃあなんで陸さんには好きって言えて僕には言えないんだよ!」
「それは、」
 僕がでしゃばって理由を言いかけたところで隆弘くんに止められた。
「後で、いいだろ?今は嫌だ。」
 …はじめて見た、隆弘くんが赤くなったところ。
 実紅ちゃんのことも聞いたし、その他の恋愛も色々聞いていたけど、馬砂喜くんのこと、ちゃんと考えていたんだ。良かった。
 僕の勘違いだよね。
 だけど。
 エイプリルフールのためにそんなに早くから用意していたなんて…ん?剛志くんや斉木くんも巻き込んで、しかも毎年ってことはもしかして全員、知っていたのかな?僕だけぼんやりと騙されたいたのかな?
 ちょっと不安…。


「事実無根、僕は無実です!!!」
 エクスクラメーションマークを三つも付けて激怒したのは斉木くん。
「何のためにわざわざエイプリルフール限定で陸さんに嘘を言わなきゃいけないんですか?」
 悪意を持って聞いていたら「僕は年中無休でうそつきです」と言っているようなものだけど、まあここは穏便に済ませよう。
「毎年の恒例って聞いたことないですよ。陸さんだけを騙し続ける理由が見付かりません。」
「やっぱりそうだよね。」
 僕の不安は的中したんだ。
 なんだか妙にはしゃいでいた馬砂喜くん、浮き沈みの激しい表情だった隆弘くん。
 斉木くんは仕事が忙しいらしく、「とりあえず片づいたらまた電話します」と言って早々に切られてしまった。
 最後に「僕がやりますから陸さんは動かないで下さいよ」と付け加えていたけど、途中で耳を離した。聞かなかった振り。
 隆弘くんが言った「好き」は、本当に僕に向けて言った言葉だったんだろうか?
 前から思っていたこと。
 隆弘くんは零が、好きなんじゃないかな?
 まだ僕がACTIVEに参加したばかりの頃、誰よりも零の行動をいち早く察知していたのは隆弘くんだった。
 剛志くんと同じように、隆弘くんも本当は零に恋していたんじゃないだろうか…。
 思い立ったが吉日、とりあえず実紅ちゃんに電話をしてみた。
「なによー、折角陸から電話が来たと思ったら隆弘くんの話?零ちゃん?知らない。」
 ブツッという音を立てて電話は切られた。怒っちゃったかな?
 隆弘くんの恋愛事情、わかるのはやっぱり零かなぁ…と思っていたところに、携帯電話が鳴った。
 通話ボタンを押して耳に押し当てたら
「隆弘の馬鹿っ」
と、いう声が聞こえた。
「もしもし?」
 僕から呼びかけても一向に返事がない。
「僕は、ずっとずっとキミが好きだったんだ。どうしたら声を掛けてもらえるか、考えて考えて…あんなみっともない事して…だけどどうしても欲しかった…」
 痴話ゲンカ、だよね?切ったほうがいいよね?だけどどっちが掛けてきたんだろう?なんで掛けてきたんだろう?
「どうして、抱いてくれないの?男の僕なんか抱きたくない?女の子だと思ったんだよね?そう仕向けたんだから仕方ないけどさ。」
 やっぱり、切ろう。
「ばーか。馬砂喜なんて俺の前から消えていなくなっちゃえばいいんだ…。人の気も知らないで。」
 え?た・隆弘くん?
 その後、声は途絶えて、衣擦れの音だけが聞こえてきた。
 多分、もっと過激な音も聞こえたんだろうけど、僕は電話を切った。
 なんだか親に隠れてえっちなビデオを見ている気分。
 ドキドキする。
 今頃二人は…なんて想像、出来ません、リアル過ぎて。


 衝撃の電話から二時間後。
 珍しく零が遅くまでパソコンに向かってキーボードを叩いていた。
 聖がいるときはセックスしないと決めたから夜は時間が有り余っている。朝、聖が出掛けてから…っていうのは内緒。
「零、僕寝るね。」
「あ、待って、僕も寝る。」
「そう?」
 じゃあまだいいかな、とソファに座り直した途端、携帯電話が動いた。マナーモードのままだった。
 表示された名前は、隆弘くん。
「もしもし?」
「あ、陸?」
 相手は馬砂喜くんだった。
「さっきの、全部聞いててくれた?」
「まさか!途中で切ったよ。」
「えー!陸なら免疫があるから大丈夫だと思ったのにー。知ってるんだから、零さんと陸、結婚式までしたんだってね。芸能界じゃあ有名な話だよ、箝口令が敷かれてて他言出来ないんだけどね。」
 心の中で小さくため息をついた。
「別にいいけどさ、どうして電話なんかしてきたの?」
「…証人が欲しかった。隆弘ってば、全然僕に興味を示さないから、惰性で付き合ってくれているのかなぁって思ってさ。僕は、ずっと好きだったんだ。」
「で?隆弘くんはちゃんと意思表示してくれた?」
「…それがさ、言葉では言ってくれないんだ。」
 さっきも馬鹿とかなんか言っていたもんね。
「好きな人には面と向かって言い難いよ?」
「そうなの?僕ってさ、誰かを好きになるのが初めてなんだ。今まで演技で上手く出来なくて、恋を知らない演者なんかいらないとまで言われたんだよ。あーあ、まさか僕がこんなに恋に翻弄される日が来るなんて思ってもいなかったよ。」
 僕が馬砂喜くんと話しこんでいる間に、零の携帯電話が鳴った。
 相手は案の定、隆弘くんのようだ。僕の神経は自分の持っている携帯電話ではなく、零の口元に集中している。
「ねぇ、聞いてる?」
 突然、耳元の声が大きくなった。
「ごめんごめん。何?」
「隆弘が好きだった人って零さんの妹さんなんだって?」
「うん、僕のお義母さん。」
「えー、複雑ー。だけどそれって嘘みたいなんだ。隆弘ってば本当のこと、何も言わないんだもんな。」
「ちょっと待って、どうして実紅ちゃんのこと嘘だって思ったの?」
「自分で言っていたもん、今までで真剣に好きになった人は1人だけだって。」
「それが実紅ちゃんってことはないの?」
「だから、それは絶対に陸だってば。」
 何か証拠があるのかな?
「陸、そっちの電話切れっ」
 零がなんだかイライラしている。
「ごめん、電話切るよ。」
 馬砂喜くんの返事は待たずに切った。
「馬砂喜の奴、寝室に閉じこもって出てこないらしい。」
 え?
「隆弘、別れ話をしていたらしいんだ。それで馬砂喜が納得しないで篭城しているらしい。」
「ちょっと代わってっ」
 僕は強引に電話を奪った。
「隆弘くん、なんで別れちゃうの?」
「あ、陸?ごめんな、さっきから。馬砂喜に聞かれたから本当のことを言ったんだ。俺は、やっぱり…女の子が好きなんだ。」
 うん。
 ん?
「馬砂喜のこと、女の子だと思っていたんだよ、最初。で、話しして勢いでデートして、好きだって言われたからこっちも言われればうれしいじゃん、つい付き合おうかってなってさ、男って分かって駄目かって泣かれればいきなり駄目とも言えずズルズルと…。まぁ最初はぶっちゃけ、零と陸が付き合っているんだから俺だっていけるかなぁって。だけどさ、やっぱり駄目なんだよな、基本的に。でさ、二股になっちゃったんだよ、結果としては。」
 沸々と胸の奥に沸いてきた言葉が、口をついた。
「隆弘くん、サイテー」
 ブチッ
 僕は電話を切った。
 刺されてでも許しを乞うべきだ。僕たちに言い訳している場合じゃない。
「二股の片割れははさえだよ。」
 …なんだか懐かしい名前。
「ええっ!!」
「何としてでも絡んでくるんだな、あいつ。」
 ふぅーっ。厄介だなぁ。
 僕はもう一度馬砂喜くんに電話をした。(隆弘くんの電話だけど)
「何で切るのさっ」
 いきなり、怒っている。
「隆弘くんから話を聞いた。隆弘くんも悪いけど、馬砂喜くんだって結果的には騙したんだよね、隆弘くんのこと。だから仕方ないんじゃないかな?」
「いやだっ、絶対に嫌だ…なんであんな女に取られなきゃいけないんだよ、僕の方が先だったんだよ?なのに…」
「恋愛に後先とか勝ち負けってないと思う。いつだって真剣に相手と向き合っていないと、すぐに関係は崩れていくものだよ。ただ好きなだけでは続かないんだ。馬砂喜くんは隆弘くんの気持ち考えた?それと、僕を巻き込まないでくれる?」
「だって、あの女、陸のこと好きだって言っていたんだもん。隆弘だって零より先に陸に出会っていたらっていつも言ってるもん…」
 段々馬砂喜くんが駄々っ子のような口調になっている。
 あれ?ちょっと待って。ずっと前、二人が付き合い始めた頃、隆弘くんは確かに馬砂喜くんと寝たって言っていた、はず。
「聞きたいんだけど。隆弘くんとは、その、一度も…ないの?」
「ないよっ」
「隆弘くんはあるって、言ってた。今夜の馬砂喜くんは誰になっているの?」
「僕は僕だよっ」
 怒鳴って電話は切られた。
 心配そうに零が僕を見ている。だけどこの問題だけは、僕が首を突っ込んだらいけないってよく、分かった。
「隆弘くんが自分でなんとかするよね?」
 零は大きく、ゆっくりと首を縦に振った。


「陸さんが女の子に好きですと言われても困るでしょ?そういうことです。」
 CM撮影の現場に移動する最中、都竹くんの回答。勿論誰のことかは伏せてあるよ。
「都竹くんは、零に言われたらどうなの?」
 バックミラーに視線を送りながら、少しだけ首を傾げた。
「…多分、今だったら陸さんを泣かすなって言ってぶん殴ります。」
 思わず赤面しそうになってしまった。
「そうじゃなくて、一般論。」
「それじゃあ…困りますね。僕は痛いの苦手ですから。」
 うっ。
 わかったよ。
「でも馬砂喜さんの言っていることは正しいですね、陸さんの身代わりっていうのは。」
 え?
 えっ?
 ええ〜!
「な、な、な、」
 都竹くんは何を僕がそんなに慌てているのか分からないという表情で、
「この間三人で話していたじゃないですか。分かりやすいですね、陸さんは。」
と、答えた。だめじゃん、僕。
「身代わりって隆弘くんが僕を…ってこと?」
「はい。」
 それじゃあ、根本的に話が噛み合わない。
「陸さんには性を感じさせない何かがあるんですよね。だから男性からも女性からも支持されるんだと思います。」
 信号で車が停まる。都竹くんは僕よりあとに免許をとったのに数段運転が上手い。停まるときはとっても自然にふわっと停まる。
「零さんは逆に男であることを全面に押し出しているから男女共に支持されるんです。剛志さんはかつて美少年と言われた実績をフルに活用して女性からの人気が圧倒的です。初さんはアイドルと結婚しましたからね、男性を敵に回しましたが女性誌のモデルをやっているくらいですから女性からは支持されています。で、隆弘さんですが、楽器がドラムですから地味です。まあ、随分前に解散したバンドで約一名、やたらと派手なパフォーマンスの人がいましたが、」
「あ、知ってる。この間テレビ局でお会いして少し話したよ、良い人だったしね〜」
 突然、都竹くんが僕を睨み付けた。
「陸さん…そこが無防備って言うんです。襲われても助けに行けませんよ…。」
 反論しようとしたら信号が青になって車が乱暴に発進した。都竹くん、わざとだな。
「で、隆弘さんはバラエティーからのオファーがあるくらい芸人さんから人気があります。本人が嫌がるので斉木先輩が入れていませんがね。」
 え?
「業界受けがいいみたいです。馬砂喜さんが隆弘さんを好きなのは本気だと思います。」
 僕は正直言って都竹くんがこんなに僕らを分析しているなんて思わなかった。
「ついでに斉木先輩は総受けです。」
 そううけ?
「知らないんですか?女子が使っている隠語、っていっても一部ですからね。男性からモテるタイプなんですよ、先輩は。…着きましたよ。」
 話し込んでいるうちに現場に到着した。しばらくは仕事に集中しないとまたボンヤリして監督さんに怒られかねないからね。


 CMの撮影終了後、監督さんに呼ばれた。やっぱりボンヤリしていたのかなぁ?何だろう?
「編集が終わったら連絡するから、来てくれないかな。」
 おや?怒られるんじゃないんだ。
「いいですよ。」
「音楽を、入れて欲しいんだ。野原くんのイメージする音を。」
 僕はちょっとだけフリーズした。困ったのではなく、嬉しくて。
「ありがとうございます。」
 これ以上曲がらないというくらい深く頭を下げた。
「できればナレーションも。」
「…それは…頑張ってみます。」
 監督さんは大笑いしていたけど、僕にとってマイクに向かって話をすることは大仕事なんだ。
 だけど、僕の音楽を認めてもらえたのが嬉しかった。
 最近はビジュアル面ばかり求められていたから、本業を評価されるのは本当に嬉しい。
 ACTIVEのメンバーは全員、音楽だけで認められる日が来ることを夢見ている。
 都竹くんがさっき解説してくれた僕らのことも、やっぱり全てビジュアル面。それはまだまだ僕らが成長途上だからなんだと、思っている。
 もっともっと頑張って、ミュージシャンとして認めて欲しいからね。
 帰り際、携帯電話にメールが届いていた。隆弘くんからだった。
 
馬砂喜の想いが僕にとって負担になっていた。
男の恋人の扱い方が分からないから。
女の子は優しくしてあげればいいんだけど、男は優しくしても応えてくれない。
だけどあいつが本当に好きでいてくれるのは分かったから。
もう少し話してみるよ。
だって、嫌いじゃないから。
ありがとうな。

PS さえちゃんにはフラれた。



 よしっ、馬砂喜くんも、頑張れっ。
 …あとでさえにもメールしておこう。
 


 さて。
 CMの編集が終わったと連絡があったのでいそいそ出掛けて行ったら、それはそれは…ピンクな世界だった。
 ナレーションは一言。
「男の子でも女の子でもOKです。」
って一体…。
 エレキギターで80年代ロックの派手めな曲をイメージしていたんだけど、アコースティックギターの60年代後半から70年代にかけてのフォークソング系に変更だな、これは。
 絶対に監督の意図していることなんて…気付いたって分からないようにするんだから。