大切な君へ
「何人?」
「んーとね…五人かな?うん、五人。」
 聖の誕生日に仲良しの友達を呼んでパーティーをすると言い出した。
「大丈夫、二人のことを知っている人ばかりだから。」
「別にいいのに。」
 聖には反抗期がなかった。僕はあのころはずっとパパにもばあちゃんにもたてついてたのにな。
「陸。」
「ん?」
 呼ばれて振り返り、気付いた。
 又、背が伸びている!最近はあまり並んで立つという暇がなかったから認識していなかった。
「もう少しで陸を追い越すかな?零くんと同じになったら…零くんに勝てるかな?」
 ドキッ
 僕の心臓が波打つ。
 聖が僕を好きでいてくれてるのは告白されたから知ってる。ただ、聖が必死に大人になろうとしているようで胸が痛い。
 僕は聖に想われる資格がないと思う。
「零に勝ったらどうするの?」
「…陸は意地悪だね。」
 聖に睨みつけられた。怒っているのではない、悲しい瞳の色だ。
「約束、忘れてないよね?」
 忘れてなんか無い。
「なんか、怖いな。聖が聖でなくなるみたいだ。」
「そうだね、『陸の聖』じゃなくなるかな…僕の、僕だけの陸になって欲しい。だから努力してる。」
 最近、聖は急に大人びてきた。声変わりの気配はまだない。
 だけど話し方は今までみたいに可愛らしい感じがなくなってしまった。クラスメートの前でもそうなのだろうか?
 でも…考えてみたら零もそうだった。
 小学校六年になったときから急に大人になった。
 チュッ
 ふいに視界が暗くなり、唇に柔らかくて暖かいものが触れた。
「もっとちゃんとしたいけどまだダメだもんね。」
 聖が僕にキスをしたのだ。
「ちゃんと?」
「うん。」
 そんなときの笑顔は無邪気で、小さいときと何も変わらないのにね。
「じゃあ今度の日曜日だね?零にもちゃんと手伝わせるよ。」
 僕には話をはぐらかすという最低の行為しか出来なかった。


「誕生日会は分かったけど、約束はまずいな。」
 零が思った以上に真剣な顔で僕を見た。
「なんで?」
と、聞きながら自分でも安易な約束をしてしまったと後悔している。
「僕も、似たような約束を随分前にした。」
 えっ?。
「困ったな。」
 零が何か思案している。
「聖に陸より好きな何かを見つけさせなくては。」
 あ、そーか。
「でも…聖、将来なりたいものが堅苦しい職業ばかりであまり早くから打ち込む様なものではないよね。」
 弁護士とかパイロットとか小説家とか…。
「涼ちゃんにピアノでも教えてもらうかな…」
 ギターは零と僕で教えた。でもそれ以外はやはり違う人に習った方が良いだろうというのが零の意見。なら全くの他人に教わればいいのにそれは心配らしい。女の子なら兎も角、聖は男の子だけどね。
 結局、聖のやりたいことをさせてあげようということで落ち着いた。でも、聖に確認したら特にないと言われた。
 そう答えたときの目はなんだか怒っていた。
 そうだよね、僕らは二人して聖との約束を反故にしようと躍起になっているのだから。
 だけどそれは決して聖が嫌いなわけではないから困っているんだ。


 その晩、隆弘くんからメールがきた。
 もう一度、馬砂喜くんとやり直してみる、そのためには互いを良く知りたいから同居する…って。
 お祝いが必要かなぁと考えていたら、まだ実験段階だし、同居だから早まるな!という追加文があった。危ない危ない。
 でも、お互いが必要か考えるってことは必要じゃないと断定出来ないということでもあるんじゃないかなぁ?
 零に言ったら絶対余計なことは考えなくていいと言われるに決まっているから心の中に閉まっておくことにしよう。
 …待てよ?
『お互いが必要だから同居する』
 僕は聖には零が必要だから同居しようと言った。だけど僕にも同じように聖が必要だったんじゃないかなぁと思う。
 零と二人きりでも幸せだけどもっともっと幸せを独り占めしたかったんじゃないだろうか?
 それは、僕が聖の気持ちに応えなきゃいけない、十分な理由になる…だろうか?
 危険な賭…なのだろうか?
 今はわからない。


「陸…」
 聖を学校に送り出すと同時に、僕たちはもつれ合うようにベッドに倒れ込む。
 深く、深くキスを交わす。何度も、何度も。
 息が止まる。それでも互いを求める。
 どちらからともなく抱き締める腕を緩め、相手の着衣を脱がそうとする。それも無意識に、だ。
「零…」
 愛してる。今も初めて愛し合った日と寸分違わず愛してる。その気持ちを上手く伝えられない。
「好き。」
 ただ二文字の言葉にすべてを託す。
 一糸纏わぬ姿で抱き合う。
「綺麗だ。」
 零は変わらずそう言い続けてくれる。だけど綺麗と言われて喜ぶ男はどれくらいいるのだろう?
 身体中、全てを愛撫されはしたなくも身悶えした。
「もう少し、我慢して、」
 零が唇を重ねてくる。
 敏感になっている部分が擦れて痛い。
「ん…」
 声が漏れてしまった。
「そんなに欲しい?陸は甘えん坊だな。」
 小さく首を左右に動かす。
「いらないの?」
 少し大きく首を左右に動かす。
「欲しいって言ってごらん?」
 大きく首を左右に動かす。
「可愛いな、まだ、恥じらってる。」
 当たり前だよ、だって…カエルの解剖みたいに脚を開いて受け入れて、それだけでも十分恥ずかしいのに僕は喘ぎ声を出すんだ。
「あう…ん」
 最初の一突きは内蔵を中から押し上げられるようで気持ち悪い。
 だけどゆっくり、ゆっくり、零が僕の強張った身体と心を解してくれる。
「大きく息を吸い込んでご覧、そう、ゆっくりとね。次はゆっくりと吐く…そう、上手いぞ。」
 まるで初めて肌を合わすかのように、子供をあやすような言葉で僕の気持ちを解き放つ。
「あっ…あっ…うっ…んんっ…あ」
 あとはいつも通り突き上げられて喘がされ、涙をこぼしながら歓喜の悲鳴をあげていた。


 気が緩んでしまったみたいだ、ことが終わってすぐに深い眠りにおちてしまった。
 目が覚めたら既にお昼を回っていた。
 隣に零はいなくて、飛び起きたらリビングでのんびり新聞を読んでいた。ベランダには聖のシーツが広々と風に吹かれていた。
「洗濯してくれたんだ、ありがとう。」
「陸。家の中のことは三人で出来る人間がやればいいんだよ?何も陸が一人で抱え込まなくていいから。僕だって一人暮らしの経験があるし、家事は嫌いじゃない。それに陸だって好きなことをしたらいい。」
 え?
 僕の好きなこと?
 …
 …
「家事…」
 やだー!僕、趣味がない!
「どうしよう…」
「何が?」
「零はあるの?やりたいこと…セックスは除く!」
「えー!じゃあ仕方ない、陸の調教。…つーか、僕の趣味は陸だから。」
 なんだか僕達って…つまんなくない?


「え?友達ってクラスメートじゃないの?」
 聖の誕生日。いつもこの日だけは空けてある、大事な日。
「小学校最後の誕生日だから、パーティーするって言ったじゃないか…」
 とっても楽しみにしていたのに。
「あやちゃんと斉木くんと仕方がないから剛志くんと、それに都竹くんと夾ちゃんを呼んだよ。」
 いつものメンバーじゃないかー!
「学校に友達いないの?」
「いっぱいいるよ。だけどみんな陸狙いだから呼ばなかった。」
 えっと…僕狙いと言うことは、みんなというのは女の子…だよね?
「男の子を呼べばいいのに。」
「だからみんな!理解してない?」
「すみません…」
 って、男の子が僕狙い?
「陸に会わせたらギターの話で終始しちゃうからね。」
 あ、そういうことね。
 あーあ、でも、折角料理頑張ったのに…小学生向けで。ま、いいか。
 パーティーに招待した五人は確かに聖の友達だ。ちゃんとおもてなしをしないとね。
 聖には聖の想いがある。それを大切にしてあげたい。
「陸ちゃん。」
 夾ちゃんに声を掛けられた。
「君を狙っているのは零ちゃんだけじゃないんだね。」
「夾ちゃん、零は僕を狙っているんじゃなくて既に捕獲してるけど?」
「はいはい。」
 夾ちゃんが以前より普通に話しかけてくれるようになった。
「だって好きなんだからさ、嫌われたくないんだよね。」
 そう言って髪に手を触れた瞬間、零に邪魔された。
「僕のもんに手を出すな」
「なら目を離さなきゃいいだろ?」
 最近の夾ちゃんは強くなった。いつか、僕は夾ちゃんにも流されそうだ。
 なんだかとても不安になって、僕は零のシャツの裾を握りしめていた。
「陸、大丈夫だから。僕は君を誰にも渡す気はない。死んでも離さない。陸の気持ちが揺らぐような中途半端な男にはならない。必ず陸がずっと自慢に出来る男でいるからさ。」
 零は言いながら途中でかなり照れていた、みんなが聞き耳を立てていたからだ。
「そう言うことだから。陸を狙っても無駄だからな。」
 零は誰に言うでもなくそう宣言した。
「零くんずるいー、今日は僕が主役なのにー!」
「聖が主役だろうが、誰がわき役だろうが関係ないだろう?聖にも伝えたからな!陸に手を出すなよ!」
 零、それじゃ小学生だよ。
「はーい!」
 突然、都竹くんが手を挙げた。
「僕も仲間に入れて下さい。」
「何言って…」
「陸さん争奪戦ですよね?僕も加えて下さい。」


 えー!
「都竹!許さない!」
と、叫んだのは斉木くん。
「今すぐ陸さんの担当から外してやる!」
 右手の人差し指をまっすぐ都竹くんに向けて宣言した。
「なんでですか?仕方ないですよ、これは運命です!」
 その言葉を聞いた途端、斉木くんの力強く振り上げられていた右手は力無くだらりと下方へ垂れた。
「そうなんだ、運命なんだ…」
 すると今度は剛志くんが喚き始めて収集がつかなくなってしまった。
「はーい!私も!」
 あやちゃんが明るく手を挙げた。
 すると全員視線があやちゃんに集中した。
「私も陸さんの恋人に立候補します!」
「えー!あやちゃん彼氏できたって言ってたのにー!ずるいよー。」
「敵を欺くにはまず味方からなのよ!」
「じゃあ僕も!」
 聖も手を挙げてもうなんだか分からない状態になってしまった。
「お前等ばかじゃないの?陸は僕にめちゃくちゃ惚れてるの。誰にもなびかないから諦めろ!」
 いや、だから零が一番大人げないから。
「陸!みんなに言ってやれ!」
 え?僕?
「えっと…みんな、ありがとう。とりあえず今は零のことしか考えられないから…そうだな、零が僕に愛想を尽かして別れたらそのときはよろしく。」
 永遠にない…という意味だったんだけど、みんなには通じなかった。
「頑張るぞー」
と、張り切り始めたのだった。
 でもさ、冗談だよね?ね?ねー、そうだと言ってぇ〜。


「聖。」
 パーティーのあと、僕は聖に誕生日プレゼントを渡した。
「使いすぎないようにね。」
 携帯電話だ。
「ありがとう。」
 うれしそうな表情だけど何か違う。
「僕、電話じゃなくて目の前で陸と話したい。」
 話、ねぇ…。
「これから更に仕事が増えるから会えない日があると思う。そんなときのために。」
「わかったよ。じゃあ待ち受け画像は零くんと陸のツーショットがいいなぁ…ってダメだね、ばれたらまずいもんね。」
 僕は少しだけ考えた。
「いいんじゃないかな?僕たちが一緒にいることは学校の先生も知っているし。あ、学校内で使ったらダメだからね。先生には禁止って言われているんだから。」
「じゃあ学校には持って行かない。」
 聖は頑固だ。約束事はきっちり守る性分なので丁度いいバランスになっている。
 僕は校則違反は当たり前だと思っていたので頭が下がる思いだ。
「二人がラジオの仕事の日だけどさ、もう都竹くんに来てもらわなくても大丈夫だから。…でもACTIVEのラジオ番組、結構続いているよね。僕が幼稚園のときからだから七年?」
 もうそんなになるんだ。
「多分八年目か九年目だと思うよ。僕がまだ高校に通っていた頃からやっているからね。」
 聖が、大きく息を吸い込んだ。
「僕、零くんと同じ仕事は選ばないと思う。」
「うん。」
 零も、そう言っていた。涼さんと同じ仕事を選ぶつもりはなかったって。
 ここまで言われたのに、僕はこの日の聖の言葉の意味を、ちゃんと理解していなかったんだ。ずっと後になって、初めて、気付いた。



特別編

『誕生日パーティーのあと』

 う…
 うぅ…
 零くん、ごめんなさい。
「陸ぅー!」
 バスルームから出てきたばかりで、パンツ一枚でタオルで髪を拭きながら廊下を歩いている陸に抱きついた。
「好き。だーい好き。」
 僕の気持ち、いっぱいいっぱい伝えたいんだ。
「僕も聖のことだーい好きだよ?」
 うん!
 今はそれでいいんだ。
 それがいい。
 精通があったことはまだ黙っておこう。
 陸、性教育を早くにしてくれてありがとう。
 

※このお話は2008年5月9日、聖の誕生日にトップの日替わり小説で一日限定で掲載したものです。今回のお話の後日談…です。