聖・小学六年の事件簿
 学校からの帰り道、クラスメートと並んで歩いていたら背後から肩を叩かれた。
「渡して欲しいって頼まれたから。」
 そう言って見知らぬ女の子は去っていった。
「今日は何通目だよ、加月。」
「三通目。」
「いいよなー、羨ましいなー。背が伸びてからだよな、告白ラッシュ。」
 僕は曖昧に笑った。
 春先から毎日のようにラブレターをもらう。同じ学校の女の子は今後のことがあるので友達でいようと言って適当に誤魔化してきた。
 そして他校の交わりのなさそうな子を選んで、僕はあることを実行した。


『商店街で見かけてから忘れられません』
 小学生が男の子に告白してどうしろというのだろう?
 同じ学校なら毎日一緒に帰るなんていうささやかなデートもあるが、学校は違うし家は遠い。
 陸に買ってもらった携帯電話は重宝している。待ち合わせに便利だからだ。
『デートして、なにする?』
 互いに小学生だから金はない。いままでは零くんと陸の顔が利く店で買い物していたからお金なんてなくても平気だった。でも女の子連れなのは内緒だから最終的には家に連れ込む。
「うちね、プラネタリウムがあるんだ。」
 そんな言葉で自室に誘い込む。
 あとは簡単だ、星座の話をしてギリシャ神話を話して…ベッドに押し倒した。
『男にはペニスがあって女の子には膣がある。古事記に出てくる表現だとあなたの足りない部分に私の多い部分を合わせてみましょう、ってことだよ。』
と、陸が教えてくれた。
 春休み、初めて朝立ちがあった。僕は自分が大人になる準備として感動した。そっと手を触れるとビクビクと反応した。
 いつも陸が零くんとのセックスの時に自ら手を使って擦る。それを真似た。
 2〜3回擦っただけで先端から勢い良く白濁液が迸った。
 たったこれだけのことで息がはあはあと荒くなり、全身を気だるい感覚に包まれた。
 零くんが陸とセックスしたがる気持ちがなんとなく分かった。と同時に、してみたいという気持ちが大きく膨らんだ。
 まだ、約束の16歳までは時間がある。
 なら、事前に練習しておけばいいと、自分を納得させ、女の子を誘ったのだ。
「いやだー」
 ベッドの上で危険を察した女の子は手足をばたつかせる。
 男より女の子の方が性に対しての興味も知識も早く会得する。だから何をされるのかは分かったらしい。
「やめてよー、いやだよー」
 拒絶されればされるほど、征服欲に駆られる。あとで零くんにそれは嗜虐性だと言われた。




 思ったよりも早く仕事が片づいたから、聖の大好きなイチゴのロールケーキを買って家路に着いた。零はとても疲れたらしく助手席で寝ている。…僕の運転では絶対に寝ないのに。
「零、着いたよ。」
 駐車場まで送ってくれた都竹くんは誘ったけれど部屋には寄らないと固辞された。
 聖の誕生日パーティーでの恋人立候補の件はその場の雰囲気に合わせたのだと翌日言われた。
 まあ、あの雰囲気だったら確かに黙って座っている方が不自然だもんな。
 寝ぼけ眼の零の背を支えながら玄関ドアを開けた。
「やめてよー」
 いきなり、甲高い声が耳に届いた。
「なんだ?」
 零もすぐに反応した。
「聖?」
 返事はない。
 部屋に上がると悲鳴のような声は更に増した。
「聖の部屋だな?」
 零は冷静に分析した。
 僕は転びそうになりながら、心臓がかなりな勢いで鳴っていたけどドアを開けた。
「な…」
 ぼんやり突っ立っている僕を押し退けて、零が部屋の中に入ると、聖を掴み上げた。
「なにを、してる?」




 背中が凍り付いた。
 ばれないように、初体験を済ませたかった。
 なのにまだ何も出来ない段階で見つかってしまった。
 軽々と零くんに摘み上げられ、頬を叩かれた。
 口の中に鉄の味が広がる。
「あ、大丈夫?立てる?」
 そして最悪なことに、陸が心配しているのは相手の女の子だったんだ。
 零くんは口から血を流している僕を長い足で踏みつけた。
「ガキのくせに何一人前のような顔してやがる?」
 しまった。
 零くんは怒ると怖いんだ。
「ごめんなさい。」
「謝るということは悪いと自覚しているんだな?」
「聖。責任の取れないことはしてはいけないと教えたはずだ、なぜ守れない?」
 陸まで怖い。
 陸が女の子の背をさすりながら何度も謝る。
「零、とりあえず彼女を送ってくるね。」
「ああ、頼んだ。」
 陸は車のキーを手にして玄関を後にした。




 聖…。
 僕は部屋の中で聖が零に何と言って叱られているのか気になった。
「私がいけないんです。話したばかりだったのに、男の子が性に興味を持つのは異性を気にし始めた頃だって。なのにのこのこ着いてきた私がいけないんです。」
 女の子はもう泣いていなかった。
「陸…さんの好きなタイプはどんな女の子ですか?あ、これは純粋に個人的な興味ですから誰にも言いません。」
「聖のこと、本当に好きなの?」
 女の子の質問には答えたくない。
「はい!だって陸さんに会えたし…」
 聖。趣味が最悪だよ。
 僕はいますぐこの子をこの場に放り出したい気分だ。
「ここでいいです。」
「いや、家まで送る。お母さんに謝らなくちゃ。」
「やめて!ママには言わないで!」
 運転中じゃなかったら女の子の顔を呆れて見ていただろう。
「遅くまで連れ回してしまったからね。」
 女の子の母親には、家で遊んでいたら遅くなったという言い訳で勘弁してもらった。
 急いで引き返して部屋に戻った。
「せ…い」
 玄関前のフローリングで一人正座をしていた。
「おかえりなさい…ごめんなさい。」
「謝るなら、やらないで欲しい。」
 それだけ伝えて、僕は零を探した。
 零はテラスにいた。
「零」
 ゆっくりと視線を僕に移した。
「僕は、最低の父親だ。聖を追いつめただけだった。」
「何があったの?」
 瞳は再び外に転じた。
「最近、背が伸びただろ、聖。だから女の子からよくラブレターをもらっているのはかなり前から気づいていた。だけどその子達と寝てみようと思うなんて…そんな考え方もあるんだ。」
「零の相手は違ったの?」
 零だって一晩だけの相手は一杯いたはずだ。
「僕は…そうか、根本的には同じことなんだな。」
 言うと零はすっくと立ち上がり、玄関へ向かった。
「聖。一つだけ忠告しておく。セックスは好きな人とだけしろ。嫌いな人、誰でもいいなんて相手はダメだ。理由がないだろう?少しでも好意のある人だけにしろ。…本当は一番好きな人がいいんだけどな、それは自分が似たような道を通ってきたから敢えて言わない。」
 聖が零の顔を見た。
 その目はとても力強くて僕には眩しく映った。
「僕、好きな人とセックスしたい。だけどその前に追いつきたいんだ、零くんに。」
 零は…不敵に笑った。
「それは、無理だ。一生掛かっても抜かさせない。涼ちゃんが永遠に僕の前に立ちはだかっているように、僕も聖の前に立ちはだかり続ける。」
 れ、零…かっこいい!…じゃない!
「それでも、僕は少しでも距離を縮めるためには進むしかないんだ。」
「聖。」
 いてもたってもいられなくなり、僕は声を発した。
「今日の方法は間違ってたね。彼女、そんなに聖を好きなわけではなかったみたいなんだ。ちゃんと、互いに納得してからでないと簡単な気持ちでいたらダメなんだ。僕は一杯悩んだよ?悩んで悩んで出した結論だから、後悔していない。」
 聖の目が僕を見た。
「僕だって悩んでるよ。悩んでも結論が出ないから一歩でも前に進みたかったんだ。でもたしかに今日の方法は間違っていたよね、ごめんなさい。」
 僕は何の躊躇いもなく聖を抱きしめた。
「そんなに急がなくていいんだよ?黙っていても時は過ぎて人を大人にと成長させてくれるんだから。大きな一歩は通り過ぎた風景を見ることが出来ないんだからね?」
 聖が腕の中で小さく頷いた。



 夜。
 ベッドの中で零に抱きしめられて囁かれたこと。
「僕の初体験の時は両親が仲が良くしていたから気づかなかったんじゃないかな?」
 気づかない訳ないじゃないか。と、突っ込みたかったけど止めておきます。
「親って子供が大きくなってからの方が大変なんだなぁ…」
 本当につくづく思った。
「裕二さんはいつも楽しそうに陸と向き合っていたけどな。」
 そういえばそうかもしれない。パパは僕のことで苦労したことはないかもしれない。
「明日、女の子の家に謝りに行ってくる。」
 零がため息とともにつぶやいた。
「大事な娘さんを興味本位で傷つけようとしたことはやっぱりまずいだろう?でも僕が行っても納得はしてくれないだろうな…仕方ない、聖の父親だってバラすか…」
 零は少しずつカミングアウトしている気がする。
 でもこの場面では当然だとも思う。
「とりあえずきちんと謝ればわかってくれると思うけどな。」
 一応フォロー。



 翌朝早くに、エントランスの呼び鈴が鳴った。昨日の女の子だった。
「パパとママには言わないでください。」
 懇願されてはいそうですかという問題ではない。
「昨日、塾だったんです。サボったのがばれて怒られました。これ以上怒られたくないんです。」
「君、名前は?」
「美咲です。」
「美咲ちゃんは聖が好き?」
 俯いてもじもじしていたが、
「聖くんが、陸さんと同居しているのを知って利用しました。家に行こうって言われた時は陸さんに会えるからラッキーって思ったし。」
 僕はここまでずっと黙って聞いていたけどゆっくり立ち上がると美咲ちゃんの背後に回った。
「美咲ちゃんは僕の何を知ってる?」
 身体をびくりと跳ねさせた。
 その隙を狙って後ろから抱きしめ、耳元に囁いた。
「聖があんなことしたのは、僕のせいかもよ?雑誌に書いてあること、全部信じてたら痛い目に遭う。例えば希代の女たらしだとか?」
 美咲ちゃんの身体が硬直した。
「タレントを美化したらだめだって。いい?…ちゃんと聖と向き合って、話してごらん。」
 僕は美咲ちゃんを解放した。
「僕、ちゃんと恋人いるから、他に手は出さないよ。あきらめてね。」
 零が呆れ顔で僕を制した。
「今回のことは聖にきつく言っておいたからもうないと思う。つきあうならちゃんと話し合って欲しい。で、出来れば二人きりにならないように。これは僕からのお願いです。聖と仲良くしてあげてください。」
 零は学校に行く時間に間に合うよう、美咲ちゃんを解放した。
「本当にいいのかな?」
 零は悩んでいる。
「幸いにも未遂に終わったから僕はいいと思うけどな。」
 これは僕の意見。
 強姦はまずいけど彼女にもどこか予感みたいなものはあったはずだ。今の小学生は身体の発育も早いけど知識もある。
 夕べ、インターネットで彼女の家に、花を贈った。聖と仲良くしてくれてありがとうというメッセージを添えて。
 これで両親がどう出るか。それによって聖を今後どのように教育していかなきゃいけないかを考えてみようと思う。聖が彼女のことを好きかどうかが一番肝心なことなんだけど、聖だって責任はとらなきゃいけない…と、僕は思う。
 彼女が今回のことで傷ついていないことは分かったから、それだけが救いだ。


 最近、聖がどんどん遠くに行ってしまう気がする。零は逆に親近感を覚えるそうだ。それはやっぱり僕が聖の兄という立場でしかないからだろうか?
 僕の中で、兄であるはずの零は、出会いが兄弟としてではなかったから、意識が薄い。実紅ちゃん夾ちゃんもそうだ。あとから理解したことだから。だけど聖は違う。はじめから兄弟だと知っていた。拓や実路と、同じなのだろうか?
 わからない…
 だけど。零の子供だと、愛する人の血肉を分けた人間だと認識して…。
「あっ」
「どうした?さっきから意識が飛んでるみたいで集中できないみたいだね?」
 恒例と化している朝の行為の最中に考え事をしてしまった。
「僕、聖に嫉妬してるんだ。」
「は?」
「だって、聖は零の血が流れているんだもん。」
「陸だって、僕と同じ血が半分流れているだろ?」
「その半分も、聖はやっぱり同じなんだ。」
 零は僕の身体から離れるとベッドに半身を起こした。
「陸は聖に好きだと言われてからかなり意識していないか?平静を装っているけど見え見えなんだよな…聖が、好き?」
 意識…?
「質問を変えよう、聖に抱かれたいか?」
 聖に?抱か…
「ない!そんなことありえ…ない。」
 ないよね?自分の胸に問いかけながら必死で否定する。
「良かった。」
 零の唇が僕のそれに重なる。
「まだ、僕のもんだね。」
「ずっと、だよ?みんなの前で誓ったじゃないか。」
「ところで、」
 なあに?と顔を向けたらいきなりディープなキスの嵐。
「意識飛ばしていた陸くん、僕はいつまで待てばいいのかな?」
 言うが早いか仰向けに押し倒され大きく脚を開かれた。
「入れていい?」
 なんだか…聖のこと怒れないよ?
 エロいのは血筋だよね?
「イヤなの?」
 フルフル
 僕は条件反射のごとく首を左右に振っていた。十分僕もエロいじゃないか!
 ということは?
「家庭環境だよね?」
 僕が口を開いたのと零が僕のアナルにペニスを挿入してきたのはほぼ同時だった。
「あんっ」
「ん、今朝も可愛いね、陸は。」
 チュッ
と、音をたてて唇にキスを落とすと後は待っていましたと言わんばかりに激しく腰を使って抽挿を繰り返す。
「いやぁ〜…んんっ、気持ちイイっ…もっとぉ…」
 零の背中に腕を回し、爪を立てる。
ダメだ、もう何も考えられないっ!



 熱めのシャワーを浴びて頭と身体を仕事仕様にシフトさせる。
 とりあえず、もっと聖とのコミュニケーションを大事にしないといけないな。
 聖は、僕たちの大事な一人息子だから、良い子に育って欲しい。
 美咲ちゃんともちゃんとお友達として仲良くして欲しい。
 僕たちの願いが聖に届きますように…。



 あーあ。
 童貞は簡単に捨てられないみたいだなぁ。とりあえずもう少し大人の人にターゲットを絞ろう。
 あやちゃん…かなぁ、やっぱり。
 そうしたらまず口説かなきゃ、だな。
 零くんに口説き方を教わろう。
 それから…。