それぞれの思いの行方
 みんな、それぞれに悩みを抱えている…なーんて、大げさに言ってみたけど、まあ、簡単に言えば新曲が出来ないだけです。
 いっそのこと、この状況を歌にしてしまおうかと思うくらい。
 そんなとき、初ちゃんからメールがきた。

ACTIVEの前にやってたバンドのメンバーが残していったノートがあるけど見る?

 僕は藁をも掴む思いで返事をした。

見たい

と。


 初ちゃんの家から戻って来て、僕は無意識のうちに大きなため息をついた。
 彼― 橘京輔 ―の思いの深さ。
 デビュー曲は橘さんの曲だったのだと初めて気付いた。
 あの時はペンネームだったからプロに頼んだのかと思っていた。(最近ライブでもやらないし…)
 橘さんの前に大きく立ちはだかったのは紛うことなく、零だ。
 そして彼の退路を断ったのは僕。
 橘さんはボーカリストでギタリストだった。
 今は大学を出て高校の教師をしているらしい。
 会いたい、迷惑だろうけど会って話がしたい。
 リビングでボーッと考えていたら学校から聖が帰ってきた。
「元気ないけど、どうしたの?」
「うん。創作活動に行き詰まっているんだ。」
 へー、とだけ言って部屋へ消えた。
 ランドセルを下ろして着替えをすませると一枚のCDを手にして現れた。
「これね、友達から借りたんだ。」
 手を洗ってウガイをしたら行くねと言い置いて再び洗面所へ消えた。
 僕はオーディオルームと言う名の防音室に移動した。
 この部屋には精密機器を置いているから食べ物の持ち込みは禁じている。聖のおやつは後回しだ。
 早速デッキに入れてリモコン片手にソファに座る。
 プレイボタンを押すとターンテーブルが回る。
 流れてきたのは八十年代アイドルのヒットソング…かな?
「友達のお母さんのコレクションなんだ。パパと同時期くらいのバンドであまりヒット曲はないんだけど良い曲が一杯あるんだってさ。だから借りてきた。陸が聴いたら息抜きになると思ったから。…あのさ、この間の、零くんとのセックス、見せてくれてありがとう。僕にはまだ陸をあんな風に愛せる自信がないよ。やっぱり零くんは大人だなって。まだ勝てないなって。」
 え?一体どの辺が大人?
「陸が零くんを好きなのはきっと陸のことを一番に考えて行動してくれるからなんだと思う。結局、陸は零くんを好きになるように零くんに仕組まれていたんじゃないかな?小さいときからの刷り込み。」
 …聖は、零と僕のセックスからそんなことまで分析したんだ…すごい。
「零くんに勝つには方法が一つ、ある。でもそれにはとてつもない時間が必要なんだよね。」
「どんな?」
 すると聖はにっこり笑って今は内緒と言われた。
「あのさ。九月になったら小学校最後の運動会があるんだ。パパとママには申し訳ないけど陸と零くん、二人で来て欲しいんだ。」
「わかった。今からスケジュール押さえておくよ。」
 本当はもう遅いけど、聖が来て欲しいのなら絶対に行きたい。
「都竹くんに言っておかなきゃ。」
 急いで都竹くんにメールする。…もの凄い早さで返信が来た。

既に空けてあります

 流石…。
 でもなんで聖のスケジュールまで知っているんだろう?ま、会ったら聞いてみよう。
 しかし、再び都竹くんからメールが届いて、僕は真面目に焦った。

陸さんの仕事の出来次第ですがね。

 あーあ。またか。
と、ため息をついた瞬間、耳に入ったフレーズに衝撃を受けた。
 特別に上手いわけじゃない、技術はプロで言えば下の方だ。だけどエネルギーと愛情がビンビン伝わってくるんだ。
「カッコいいね、この曲。」
 聖の声に返事も出来ないほどの衝撃だった。
「聖、この曲、誰の?」
「もう解散してるよ?」
 そうか…いてもこの時のエネルギーは感じられないよね。
「涼さんと同時期って言ったよね?ちょっと聞いてくる。おやつは冷蔵庫にあるから適当に食べて。」
 僕は聖を放り出したまま、涼さんの家に向かった。…涼さんの家だからね!


「だーかーらぁ、ママはいらないのっ!涼さんと話があるんだからっ!」
 失敗したなぁ。ママのことを忘れていたよ。
「私には会いに来てくれなくて涼には会いに来るのね…いいけどっ」
 完全に拗ねてしまったけれども相手にしている暇はない。
「で?涼さんは?」
「仕事部屋の離れにいるけど…今は夾がいるんじゃないかな?」
 夾ちゃんか…僕としては夾ちゃんのこと避けているわけではないんだけどなんだか微妙な空気が流れちゃうんだよね。
 ママを放置して離れに行こうと玄関を出て庭に回ろうとした時だった。門を入ってくる人影があった。夾ちゃんだった。ママの嘘つき。
「あれ?陸。珍しいね。」
 最近夾ちゃんはファッションに凝っているらしい。今までみたいにスーパーで買ったTシャツにジーンズ(と、呼んでいいのか分からない代物)ということはなくなった。同じTシャツにジーンズでも素材が全然違う。ブランドは相変わらず気にしないようだけど、着心地とスタイルにこだわっているようだ。
「うん、涼さんに聞きたいことがあって。」
 ふーん…と、興味なさそうに相槌を打った。
「陸は相変わらず可愛いね。」
 そう耳元に囁くと何事もなかったように家の中に入って行った。
 僕は…夾ちゃんの興味が別のところに行ってくれるのを待つしかなかった。


「スティルインラブって僕が在籍していたバンド。いいだろ?あの曲。そうか、聖も気に入ってくれたのか。」
 スティルインラブには涼さんが零を授かったときに在籍していたと言う。
「零が生まれてベースとキーボードが変わったからバンド名も変えた、心機一転だな。」
 あの曲は涼さんのママへの気持ちが詰まった音だったんだ。
「零が生まれて、やっとバンドが軌道に乗った。零は天使だな。」
言って笑ったけど、涼さんが言うと本当に聞こえる。涼さんはいつもほんわりした人だから。
 でも。
 ベースとキーボードが変わったって言ったよね?
「ACTIVEは凄いと思う。売れてからも貪欲に自分たちの求める音楽を追い続けている。音楽性で衝突はないの?」
「うちは、独自の音を追求しているんです。過去にない、新しいもの。普通はそれぞれ好きな音楽なり目標とするバンドがあったりするんですけど、僕たちは敢えて決めないでその時その時でテーマを決めて流行も取り入れています。…なんて言うとかっこいいけど、行き当たりバッタリなんです。」
「喧嘩しない?」
「個人的に色々思惑や欲があるので。」
「恋愛かぁ」
 いや、そんなつもりはないんだけど。
「僕たちはダメだった。方向性が変わってくるんだ、少しずつ。衝突して喧嘩して別れる。」
 そういうことか。
「僕たちはそれぞれ好きな音楽性もあるんだけどそれにも増してメンバーそれぞれがそれこそ愛してるってくらい大好きなんです。だから離れたくないしライバルにもなりたくない。」
「その考え方、いいね。」
 涼さんが微笑む。
「あのさ、夾のことだけど、突き放さないでやって欲しい。今あの子は変わろうと努力している。そんなときに心の支えがなくなったら折れてしまう。」
 突然、夾ちゃんの名を出されて困惑が顔に出てしまったらしい、涼さんも苦笑した。
「ごめん、別に零から夾に乗り換えてくれってわけじゃない、普通に接して欲しいってことなんだ。最近、夾が陸を見る目が辛そうだからね。」
 う…
 僕に責任があるから言い淀んでしまう。
「涼さん、僕…」
「二人の関係がどうなっているのかなんてことは聞かないよ、二人とも大人だからね。」
「ごめんなさい、今僕は聖のことで精一杯なんです。」
「聖?何かしたの?」
「…聖にも、告白されました。」
「モテモテだね。」
 そういうと涼さんは笑った。
「ごめん、陸にとっては笑い事じゃないよね。だけど羨ましいよ、陸は女の子にも男の子にもモテるんだね。聖の担任も陸に執心してたよね。」
 あ、そんなことがあったな。
「陸は零が好きなんだろ?だったらそれでいいじゃないか。他は全て排除したら何もなくなってしまうだろ?…裕二さんからあきらを取り上げた僕が言うことじゃないかもしれないけど、恋愛と友情は別だろう?音楽と同じだよ。」
「涼さんと父は確執はなかったんですか?」
 涼さんがびっくりしたように僕を見た。
「裕二さんは陸に僕のことを話していないの?」
「好きな人がいたけど親友と恋に落ちたって。祖母は怒ってましたけど祖父は若い時は気持ちが変わるものだと…。母親が誰かを教えてくれたのは零です。」
「実紅を欲しいと言われたときは動揺したよ、陸の代わりかと思った。でも実紅は今幸せだ。」
 パパは実紅ちゃんをとても大事にしている。
「陸の弟、妹が僕の孫なんだよな、複雑だろ?」
「本当、複雑な心境ですね。」
 突然、部屋のドアが開いた。
「涼!いつまで陸を独り占めしてるの?そろそろ解放してよ!」
 時計を見ると6時を回っていた。
「あ、本当だ。帰らないと、聖がまた晩御飯の支度をはじめちゃう。僕が当番なのに。」
「えー、今夜はうちで食べなさい!聖も呼ぶから。」
 う。ママは相変わらず強引だ。
 でも聖に電話をしたらもう零も帰って支度が終わったと却下された。流石、聖だね。


 翌日。
 今度は橘京輔さんを訪ねて、勤め先の高校へ行った。
 事前に初ちゃんがアポイントをとってくれたからスムーズに話は進んだ。
 僕の希望で現在使われている教室を使わせてもらった。
「無理を言ってすみません。」
 橘さんは思っていたよりキツい眼差しをした人だった。
「なんか、想像と違いました。」
「高校の教師って優しいだけじゃダメなんだ。剛志や初みたいに自分本位なヤツとか、零みたいにクールなんだかお節介なんだかわからないようなヤツとかね。」
「確かに。」
「でも、零には感謝してる。才能もないのに仲間面していたらいけないということを教わった。本当に私には才能がなかった。だから助かったんだ。それに、高校の時、ステージに立たせてもらったから教師の道も開けた。デビュー曲は私の作った曲だったしね。売れなかったけど。君の曲は初めからただ者じゃないって聞こえたよ。私の誇りなんだ、みんなとやってこられたのは。」
 橘さんは自分の限界を知って退いたんだ。
「この間、初ちゃん…三澄さんに、橘さんの書かれた曲のノートを見せてもらったんです。それから橘さんのことが知りたくて。」
 すると、橘さんはむっとした表情をした。
「プロに見せるほどのものじゃないでしょう?」
「いえ!ショックだったんです。橘さんの想いがずしりと重く感じられて…」
「だからダメなんだ。重い曲なんか聞きたくもないだろ?」
 言われてみればそうだ。
「今の若者は軽くて歌いやすい曲が好きだよ。」
「でも僕はメッセージ性のある曲に惹かれるんです。」
「それは曲じゃなくて詩だよね?」
 大袈裟かもしれないけど身体全体で否定した。
「いえ、曲なんです!」
 意外という表情だ。
「私の曲に詩をつけたのは殆ど初だったけれど本当に曲にメッセージを感じてくれた?」
 声にならずただただ頭を上下に揺らした。
「ありがとう。」
 橘さんが微笑む、僕が思い描いていたとおりの優しい瞳で。
 橘さんが転じた視線の先は校庭だ。サッカー部が練習をしている。
「高校時代は私にとって本当に宝物のような時代だった。仲間がいて好きな音楽をやって未来は輝いていた。だけど気付いたんだ、零の声に私のギターは合わない。折角の零の才能を埋めてしまう…そのうち初のベースも当たり前に聞いていたけど次元が違うんだ、剛志のキーボードは非の打ち所がないし、隆弘のドラムは主張しすぎない存在感がある。自分はここにいてはいけないと決断させた。そして君が現れた。ACTIVEは完成したんだ。」
 多分、橘さんの言っていることは正しい。だけど何か違う気がする。
「僕はギターが好きなだけで別に人前で演らなくてもいいんです。だけどそれでは生活していけないんですよね。趣味じゃなくて本業にしたのですから、みんなの足手まといにならないよう、必死で練習したし、勉強もしました。でも僕が本当に好きなのは零なんです。」
「分かるよ。テレビ画面から君たちは繋がっているのが見えるようだからね。」
 えっ!つ、繋がって?
「信頼し合っているんだなーってね。」
 あ、そうか、そうだよね。びっくりした。
「寝てるの?」
 おわっ!ストレート!
 僕は声を出さず頭だけ動かした。
「零は高校時代からそういう噂は事欠かなかった。君みたいにキレイな子なら浮気はしないだろうね。」
 視線を上げられないよ…。
「私はね、踏み外せなかった。」
 小さく、聞き取れるかどうかの囁きよりちいさなため息程度の音で、橘さんは告白した。でもそれ以上は何も言わなかったから、聞こえない振りをした。
 誰も知らない真実なのだろう。
「だからそばに居られなくなった。逃げた最大の理由はそれなんだ。」
 しかし、橘さんは僕が聞こえていたという判断で話を続けた。
「思い出の高校時代を懐かしむために教師になった。」
 橘さんの告白はここで終わった。
「さて、あまり昔話をしていると失業してしまう。」
「あ、すみません…あの、今の橘さんの心境を音楽にしたいんですけど…歌詞ではなく曲です!」
 橘さんは笑った。
「いいよ。野原君の作る音は好きなんだ。何人かアイドルに提供した曲あったよね、いいよね。」
 いつか、橘さんが僕たちと関わりを持ってくれたら、曲の提供を依頼したい。けど今はまだその時ではないようだ。



 翌日。SEcanDsでライブなので朝から会場入り。
 長い全国ツアーの一部となっているので進行は頭に入っている。問題は時事に関するMCだ。
 朝からインターネットで色んなニュースを読んだけどこれと言ったトピックスがない。ない方が世の中は幸せと言うことなのだが…。
 涼さんと橘さんには今日のライブは知らせてある。(涼さんには零がいつも知らせているが。)受付で名前を言ってもらえば控え室に通してもらえるよう、手配済みだ。
 涼さんはあまり僕たちのライブに顔を出さない。ACTIVEが世の中に出るきっかけをくれたのは涼さんなのに。多分、パパに遠慮しているんだと思うけど、先輩としての意見を聞きたいから生で聞いて欲しい。
 橘さんには一度も来てもらえてないそうだ。初ちゃんはずっと連絡をしていたと教えてくれた。
 今のACTIVEを見て欲しい。あなたが基礎を築いたACTIVEを。
「陸、」
 隆弘くんに呼ばれる。
「今日のネタ、零の誕生日からそれぞれの誕生日の過ごし方にしたから。差し支えないように話して…って、物凄く動揺した顔じゃん。」
 ばれた?
「だって、最近は零としかお祝いしていないから。」
「なら、どんなプレゼントもらったとか、あ、裕二さんからは?何かお祝いないの?」
 パパ?
「そういえば、昔は当たり前のようにあったけど零と一緒になってから何もない。」
 自分でびっくりだった。パパがお祝いしてくれない…よね、僕がパパの誕生日忘れてる!
 つくづく自分は一点集中型であることを思い知らされる。
 人生の伴侶として愛しているのは零だけ。聖に対してあるのは母性愛だ。身勝手な庇護欲。パパに対して抱いているのは家族愛。だから僕は今、零に繋がっていることだけを必死に守ろうとしている。
「あっ!」
「何?」
「え?あ、パパは昔、僕の誕生日には必ず家にいてくれたなーって。」
「それでいいじゃん。父親が息子の誕生日に家にいるのは珍しいよ、今時はね。」
「うん」
 本当は違うことに思い当たったんだけど、まだ隆弘くんには言えない、ごめんね。
 それは、橘さんは辞めることでACTIVEと繋がっていたいと思ったのではないだろうか?ということ。
 あれ?そう言えば橘さんが踏み外せなかった相手って…まさか…零?違うよね?え?えー!
 もっと早く気付けば良かった。あーバカだなぁ。
「陸、どうした?」
「あ、涼さん!」
 わざわざ楽屋に顔をだしてくれたんだ。
「ACTIVEのライブ、久しぶりですよね?」
 すると涼さんが赤面して頭を掻いた。
「いや、実は関東近県ならほぼ皆勤賞なんだ…零には内密に。」
 右手の人差し指を唇にあてて茶目っ気たっぷりに笑うと零は涼さん似だなーと実感する。
「なんで零に秘密なんですか?」
「チケット無駄にしてるから。零がくれるチケットは友達にあげるんだ。僕は当日券で入る。陸、僕は君に嫉妬していたんだ、ずっと。僕はね、ギタリストになりたかった、けど才能がなかった。陸はそれをいとも簡単に手に入れた。言っておくけど陸の努力なんて僕たち凡人の努力に比べたら無いにも等しい、選ばれた人間はそういうものなんだ。けど、当日になると気になってやってくる。」
 恥ずかしそうにひたすら頭を掻いて言い訳する涼さんが可愛い。
「でも涼さんには誰にも負けない声があるじゃないですか?」
 すると涼さんは不敵な笑みを浮かべ「陸は嘘つきだ」と言われた。
「僕の零が一番だけどって思ってるだろ?」
 う、図星。
「それから」一呼吸置いて気を持たせて何を言うのかと思ったら「涼さんじゃなくてそろそろおとうさんって呼んで欲しいな。」
 …
「あ…でも…」
「裕二さんには実紅がいるだろ?あきらのことはママって呼ぶのにズルいじゃないか。」
 僕は嬉しくて言葉が出なかった。
「陸?」
 まったく。零は相変わらず過保護。五分も視界からいなくなると探しに来る。
「あ、涼ちゃん。今日も来てたんだ。」
「やっぱり気付いてたのか。」
「当たり前だよ、最前列に毎回居たらさ。」
「え?最前列?」
 零に呆れ顔で「気付いてなかったの?」と突っ込まれた。
「陸は零しか見てないからだよな?」
 なんだか今日の涼さん、やけにはっきり言うなぁ。
「涼…おとうさんはもうライブはしないんですか?」
「なに?陸、おとうさんって?」
と、零が早速問いただす。
「陸は僕の息子だからさ。」
「涼ちゃん、やっと言えたんだ。」
「零にも言って欲しいな。」
「はいはい、おとうさん。」
 すると涼さんは目を細めて嬉しそうに笑った。
「僕は子供が好きなんだ。だから多い方が嬉しい。」
「嬉しいんじゃなくて心配なんだって素直に言えばいいのに。零のへたくそな歌は心配だ、陸の天才的なギターには涼ちゃんの声の方が合っているってね。」
 え?慌てて零を振り返る。
「そんなことない。ACTIVEの音はオリジナルメンバーが奏でるからいいんだ。そこには裏方として頑張っているスタッフも応援してくれている人たちも含まれる。」
 うん。
 ACTIVEの音楽にやっぱり橘さんは必要だと思う。
 あの席に橘さんがいますように、僕の願いがみんなの願いになりますように。


「零さん、陸さん、本番です!」
 僕たちは急いでステージのソデに走った。途中、階段で
 零に名前を呼ばれて足を止めた。
「なに?」
 振り返った途端、抱きすくめられた。
 顎を捉えられて口付けされる。
「僕に黙って、別の男に会いに行かないで。不安になる。」
「ごめん。」
 零が、小さく震えていた。