LOVE SONG
 9月の最終日曜日、零と僕は聖の小学校最後の運動会に来ていた。
 しかし。
 パーカーにジーンズというシンプルな出で立ちなのに零ってばなんてカッコいいんだろう。黙って立っているだけで零のいる場所が切り抜かれたように光り輝いている。
「なに見とれてるの?」
 零は正面を見たままでそう言ったから動揺した。
「次、出るよ。」
「え!」
 …
 …
 はっ!
 うわっー!
 やだよ、僕は変態だ!いきなりあの時の零を思い出した。「出る」に反応したらしい。
「ばーか」
 うー。
「だって…」
「次が最後の出番だ、終わったらすぐ帰る。」
「うん」
 手にしていたビデオカメラを目の高さに構えた。
「こんな感じかな?」
 アングルを決めている姿もカッコいい〜!
「なんかさ、最近様子が変だよ?」
 え?
「来た。」
 あ、聖だ。
 小学校最後、来年は中学生。
 そうだね、もう聖は中学生になるんだ。自分のことは自分で決めたらいい。
 僕は異常に過保護だったようだ。もう、聖を解放してあげよう。僕は零だけ見て生きていこう。
…と、誓ったばかりなのに。
「せーいっ」
 僕は大声を張り上げて手を振った。
「ガンバレー!」
 最後の競技は騎馬戦。
 近頃は危ないとか馬の子が可哀想とか言ってやらない小学校が多いらしいけど聖の小学校では各家庭に了承を得ている。人には適材適所があるということを学ばせるのだ。
 最近、背が伸びたといってもまだ成長途上。他の子に比べたら小さい気がする。なので当然のように戦闘員だ。
「みんなに頼まれてるんだからきれいに撮ってよ。」
 僕は相変わらず高いテンションでまくし立てた。
 一騎、二騎…次々と敵を倒していく。
 …可愛い…やっぱり聖は可愛い!
 終了を告げる笛が鳴った途端、聖はこちらを見て、戦利品を高々と振り上げた。
「行くぞ」
「う、うん」
 今は運動会に親子でお弁当を食べるという風習はなくなってしまった。残念だ。
 零と僕は急いで校門から逃げ出した。早く帰らなくちゃ。
「バイバイ」
 小さく、零にも聞こえないように呟いた。
 小学生の聖に、ちょっと早いけど別れを告げた。
 多分卒業式には出られない。
 だからね。


 聖の通っている小学校は零にも僕にも母校。だけど八年前に校舎を立て替えてしまったので僕たちの思い出の場所は校門しかない。
「あそこは変わらないよね。」
 家について開口一番が零には何かひっかかったらしい。
「陸、どんな心境の変化があったのかな?ちょっと気味が悪い。なんでも僕優先で聖は二番目になってる。今までは聖が一番だったのに。」
 やっぱり気付いたんだ。
「陸は優しすぎるんだ。だから好意のある人間に対しては全てウエルカムになる。陸は僕だけみてればいいんだ、いい?僕は今だって陸と夾のことを考えると胸が苦しくなって胃がキリキリと痛む。これ以上責める気はないのに夾に対してつらくあたってしまう。だけど気付いたんだ。涼ちゃんに対して僕はひどいことをしたんだと。」
 聖のことを言ってるんだよね?
「だけど涼ちゃんは黙って受け入れてくれた。裕二さんにも…だから僕は陸に会えた。」
「そう、だよね。涼さん、僕の顔、見たくないよね?だけど愛しているって言ってくれたんだ。涼さんは事実を受け入れてくれた。」
 零が小さく首を左右に振った。
「受け入れられなかったから家を留守にすることが多かったし、記憶を消去したんだと思うよ。だけどそうしてでも受け入れようと努力した、あきらちゃんを愛しているからだよ。涼ちゃんが陸も僕も聖にも愛してるって言うのはみんなあきらちゃんから生まれているからなんだ。多分ね。」
 零に言われてハタと気付いた。僕はそんなに深く零を愛せているだろうか?
 普段、愛をテーマに歌を作っているのに本当の愛は知らない気がする。
「僕は愛がわからない…とか言わないでくれよ。愛にはそれぞれの形があるんだ。さっきの話の続きだけど、あきらちゃんが涼ちゃんを愛していないのかって言ったらそれは違う。ただ表現の仕方を間違えただけなんだ、きっと。」
 一度言葉を区切ると僕を抱き寄せた。
「陸は裕二さんのこと愛してるだろ?家族だから。あきらちゃんにとって裕二さんは家族だったんだ、裕二さんには恋愛対象だったから錯覚したんじゃないかな?それと同じで僕らも子供だから無条件で愛してくれる。僕を受け入れたのは涼ちゃんと間違えたんじゃない、ちゃんとわかっていた。僕の寂しさをわかってくれたんだ。」
 零の腕に力がこもる。
「僕は最初から陸しか見てなかった、そういうことなんだ。」
 しばらく、考えた。
「零。」
 無言で頷く。
「好き」
 そうだよね、僕だって小さい頃から零が大好きで追いつきたくて振り向いて欲しくて。
「ごめんね、不安にさせて。愛してる。」
 抱きしめられたまま頭を掻き抱かれる。
「僕はつまんない人間だ、その一言だけで物凄く嬉しくて愛おしいと思える。お願いだ、嫌いにならないで僕だけ見て。」
 零が泣いてる。
 僕は強くて優しくてカッコいい零を不安にさせて泣かせている。なんて贅沢なんだろう。
「見てるよ。ずっとずっと、この先も。」
 うんうんと何度も頷きながら僕を抱きしめた。


「陸」
 レコーディングに入りいきなり初ちゃんに声を掛けられた。
「これって本心?」
 何曲か書いた詞の一つを指していた。

「『君の仕草が好き
君の声が好き
君の好きなところをあげたらきりがない
僕の何が好き?
世界で一番好き?
誰かにさらわれないように抱きしめていてあげる

こんな恋愛したくない。」
 僕は返事が出来ない。
「陸、零のどこが好きかあげてみろ。」
「えっと…」
 好きなところ?
 好きなところ…
 好き。
「わからない…」
 すると突然初ちゃんの表情が緩んだ。
「だろ?どこが好きだとか言っている間はだめなんだ。理屈じゃないだろ?陸はちゃんと気付いていると思ってた。」
 そうだ。
 いつからだろう?僕はなんでも頭で考えて納得しないといられなくなっていた。
 恋は理屈じゃない、愛は無限だ。
「書き直す。」
 僕はすぐに机に向かいペンを走らせた。
 イメージははじめからあるんだ。ただ上手く言葉に出来なかっただけ。

君の仕草も好き
君の声も好き
君を好きな気持ちをどんな風に言葉にしよう
僕は君のさ
全てを包んで愛したい
世界で一番幸せになるのは僕らさ


「どうかな?」
 しかし初ちゃんは首を縦に振らない。
「ただの言葉の羅列にしかみえない。陸の恋愛観なんか聞いてない。ごく一般的な男の子が相手を想う気持ちを表現して欲しい。無理?」
 初ちゃんが言うごく一般的な男の子の気持ちがピンとこない。
「あ」
 そうだ。
 慌てて僕は再び紙に向かう。

君がそこにいてくれれば
他になにもいらない
上手く言葉に出来ないけど
一つだけ言えることは
君が好きだということ
ただそれだけのこと
隣にいる権利を僕にください


「そんな感じ」
 初ちゃんからやっと肯定の言葉がでた。
「引き続き修正しておいて。」
「初ちゃん、ありがとう。」
 初ちゃんが振り返り微笑んだ。
 好きに理由はない。
 嫌いにもあまり理由はない。
 人間はきっかけで感情を左右される。
 だからチャンスをくれた神様ではなくその人本人に感謝しなきゃいけないんだ。
 零がカッコいいと思うのは零が好きだから。初ちゃんも剛志くんも隆弘くんもカッコいいけど違うんだ、零とは全然違う。
 これはきっと僕にしか感じることの出来ないカッコいいなんだ。
 やっと理解できた気がする。
 零を愛したから聖を愛した。
 入り口が違うんだ。
 愛し方が違うんだ。
 だから父性愛や母性愛が存在する。
 帰ったら聖を抱きしめよう。君を愛している…と。
「陸さん、間に合いますか?」
 都竹くんが心配そうに様子を見に来た。
「うん、すぐに終わるから。」
 大丈夫、僕には出来る。


「せーい。」
 居間でテレビゲームをしているところを背後から強襲…しかり、抱きしめた。
「なあに?」
「明日暇?」
「うん」
「じゃあデートしよう?」
 最近、聖と遊んでいなかったことに気付いた。
「レコーディングは?」
「今日で終わり。また来週から続くけどね。」
 予定より早くに曲が仕上がったので明日はオフになった。明日は聖が喜ぶ場所へ行こう。
「卒業記念旅行に行こう。」
「気が早いね、まだ十月だし。僕が受験あるのに。」
「え?」
 受験?
「陸の卒業した中学、受験だけしてみる。」
「本当に?」
「うん、面接は本人だけだし、陸の後輩っていうのも憧れるしね。それと…」
 聖が俯く。
「それと?」
 渋々顔を上げた。
「ここから通える。」
 おや?
「全寮制はもういいの?」
「うん。ここは僕の家族がいる家だから。」
 思い切り、聖を抱きしめた。
 あ。
「…面接、本人だけ?」
 「うん」
 …なんで、パパは僕のときに来たんだろう?ま、いいか。
「じゃあ聖からリクエストがないから明日はサファリパークへ行くからね。」
 僕はいそいそと台所へお弁当の下ごしらえに立った。早く明日にならないかなぁ。
「陸」
「ん?」
「明日、雨だよ。」
 ガーン…。
「別にどこにも出掛けなくたっていいよ。ここに、一緒に居られれば。」
 そうだね。
 毎日元気で、喧嘩もしないで、仲良く暮らしていけたらそれで幸せ。
 それが僕たちのHAPPY SONGへと続くと信じて…。