君の思いを僕に伝えて
 全都道府県制覇ライブは依然続いています。
 毎月1〜3箇所程度なので遅々として進まないけれど、土地土地で楽しみに待っていてくれる人の笑顔に触れられることが出来るだけで、幸せな気持ちになるのは僕だけだろうか?
 今日は愛知県…名古屋です。
 名古屋には何度も来たことがあるから、出来れば違う会場が良かったんだけど、愛知県の中心地は名古屋だからと反対された。別に県庁所在地とか繁華街とか関係ないと思うのにな。
 仕方がないので興味を別の方向に向けることにした。
 名古屋市内で都竹くんとあんかけスパゲティを食べに出掛けることにしたんだ。
 他のメンバーやスタッフも誘ったけどもう飽きたと言われてしまった。
「みそかつも食べたいなぁ。」
 僕が呟いたら都竹くんも同調してくれてそのまま梯子した。
「なんでみんな飽きたんだろ?美味しいのにね?」
 素朴な疑問を抱いた僕はみんなの考えを推理してみた。
「要するに、みんな舌がボケてるんじゃない?」
 その言葉に都竹くんが危なく吹き出しそうになった。
「陸さ〜ん、食べてる途中に笑わせないでくださいよ。みんなはラジオ終わりに居酒屋とか行くからですよ。陸さんは真っ直ぐ帰るじゃないですか、いつだって。」
 その言葉に僕は自信たっぷりに反論した。
「だって、家に待ってる人がいるんだもん。僕には寄り道する意味がない。」
 都竹くんは大きくため息をついた。
「聖くんが大好きなんですね。」
「うん。一人で留守番始めたから心配だしね。」
「零さんとわざわざ帰りに寄り道する必要もないですしね。」
 僕は都竹くんの言葉にあやふやな笑みを浮かべた。だって誰に聞かれるかわからないからね。
「すがきやのラーメンも食べたいしエビフライも…」
 僕がみそかつを食べながら次のことを言うので都竹くんは目を回し始めた。
「無理しなくても平気だよ、流石に僕もそんなに食べられないよ。」
「いや、僕の方じゃなくて陸さんがそんなに食べるのかと不思議に思ったんです。」
「そりゃあ、背が伸びないと困るからね。」
「もう無理ですよ。」
「そんなことないよ、まだ実際に伸びてるし。」
「そうなんですか?なら僕も食べよう。」
「いや、だから無理すると縦じゃなくて横に伸びるし…」
「それは困る!」
 …などと他愛もない話で終始してホテルに戻った。


「ただいま」
 返事はない。
「一緒に行こうって誘ったもん。」
 僕は申し訳なさそうに(本心ではそんなこと微塵も思っていない)零に謝る。
「別に怒ってない。自分の狭量さ加減にがっかりしただけだよ。」
 言いながら苦笑する。
「都竹は大丈夫だと言い聞かせても頭が納得してくれない。…抱いて良いか?」
 流石にお腹が一杯の状態では躊躇した。
「先にお風呂入ってきてもいいかな?」
と、とりあえず返事は回避する。
「それはしてもいいってこと?」
 うわー、今夜の零はしつこいな…あ、そうか。
「零…酔ってる?」
「僕は何時だって陸に酔ってる…」
 ひゃー、臭いせりふを平然と言ってのけるか!
「…初と一緒に隆弘の部屋で今まで飲んでた。剛志は斉木と部屋に籠もっているし…二人が気になって全然酔えなかったんだ。陸の顔見たら一気に回ってきた。」
 そう言うとベッドへへたりと倒れ込んだ。
「零?」
 すでに軽く寝息が聞こえる。
 …だって行かないって言ったのは零なのに。そんなこと言われても困るよ…。
 布団を肩に着せ掛けて風呂場へ向かう。
 都竹くんとはいつだって一緒にいるのに。
 これが全然別の人と会ってて心配されるならなんか嬉しいけどさ、いらない心配なんだもん。
 今でも都竹くんは零が大好きだしね。
 着ている物を全て脱ぎ終え、当たり前だけど素っ裸で浴室に入った。
 ホテルのユニットバスってあらかじめお湯を溜めておくんじゃなくて入りながら溜めるんだって零から聞いた。でもそろそろ寒いんだよね。
 シャワーの栓を捻りお湯を出す。全身にくまなく行き渡らせ一時の至福を感じる。
 手にボディソープをとり身体に満遍なく塗る。家ではボディブラシを使うけど出先にまで持ってくる気はない。
「ずるいなぁ、ひとりえっちするなんて。」
 は?
 振り返ると零が半分寝ているような顔で立っていた。
「陸とエッチしたい〜」
 服のまま抱きついてくる。完全に酔っ払ってるなぁ。
「じゃあ今そこで服脱いでよ。」
 明日の朝、濡れた服をバッグに詰める人間の立場になって欲しいよ、全く。
と、内心不平を垂れていたらあっと言う間に素っ裸で立っていた。
「石鹸でぬるぬるだから挿れやすいよね?」
 なんて言いながら背後に回り僕の腰を抱いて前屈みにさせられた。そしていきなり貫かれたのだ。
「痛っ…零、痛いって」
 入り口は確かにボディソープの滑りで簡単に迎え入れたが中は何もしていないしされていない。零は僕がひとりで何をしていたと思っているのだろうか?
「んっ…あぁ、スゴく気持ちいい…」
 零がすごく幸せそうな声で呟いたのを聞き逃さなかった。
 なんだかなぁ、僕は痛い思いをしているのにな…それに零だって痛いはずなのに。やっぱり酔っ払っていて感覚がないのかな?
「陸の中、気持ちいい…」
 ゆっくりと出入りする零の肉塊は内蔵を引きずり出されているように感じられ、僕には辛いだけだ。
「零、お願い…早くイって…」
 抜けと言っても聞かないだろうからイケと乞う。
 すると零の長い指が僕の中心を捉えた。
「気持ちよくない?」
「痛いってさっきから言ってるのに…」
 今夜は聖がいなくて羽目を外しているのだろうけどひどすぎる気がする。
「あっ…あっ…」
 ひどくエロチックな声がして零は僕の中で果てた。
 しかし。
 零は抜かずに僕の中心に指を絡めたまま再びそろそろと動かした。
「今度は陸を失神するくらい気持ちよくさせてあげる。」
 そう言うと奥まで突き入れる。
「んんっ」
 零の残滓が滑りとなって快感を引きずり出した。
「あっ」
 零はすかさずポイントを突いてくる。
「言っておくけどローション使わないと挿れるのも痛いんだからね?」
って、何が気に入らないんだよー!
「あっ…だったら…しなきゃ、んんっ、いいのにっ…あんっ」
「だって可愛いから。」
 へ?
「なに…それ?」
「陸っていじめると可愛いからさ、ついついね。でもしたかったのは本当。可愛い陸を目の前にして何も出来ないのは身体に悪い!」
 言いながら深く突き入れられて僕は反論できずにただひたすら喘ぎ続けた。



「いたたた…」
 腰をトントン叩きながら零を睨んだ。
「そんな顔で睨んだってこれからも止めないよ。」
 言いながらベッドにうつ伏せに寝かされると腰をマッサージし始めた。
「何と言われようと僕の陸を好きな気持ちは止まらない。止まらないから陸を抱きたい気持ちもしぼまないんだよね。ちゃんと腰を鍛えておくように。」
 う。エロい。
「でもさ、お酒飲んだあとお風呂で動いたら体に悪くない?」
「飲んでない。」
 そんなに…と小さく付け加えたのを聞き逃さなかった。
「本当は、陸と同棲始めたときさ、すごく甘い生活を夢見てた。実際陸は可愛いし望めば応えてくれる。けどさ、聖は計算外だった。聖をどうにかしなきゃとは思っていたけどあきらちゃんの手元から引き取ることは考えていなかった。はっきり言えば無責任だった。陸のお陰で今がある。僕は…幸せだ。」
 僕はうつ伏せのままの告白に身を捩ったが許してもらえず枕に顔を埋めて聞き続けた。
 零は嫉妬深いから都竹くんと一緒にいると思っただけで頭に血が上るらしい。
「なら行くなって言えばいいのに。」
「言わなくても気付いてよ。」
「無理!」
「努力くらいするって言ってもバチは当たらないよ?」
「バチは隆弘くんが投げなきゃ当たらない!」
「そっか」
 小さく笑む気配があったからほっとした。
 努力は…してるけど難しいよ。僕にだってやりたいことがあるんだしね。
「さてと。朝からリハだ。出掛ける支度をしようか。」
 今日は名古屋城ホールのコンサート。リハは大事だ!
 ん?
「脚が立たない〜っ」



 やっとの思いで会場までやってきた。当然零が支えてくれた…過剰なまでに。
「お、バンビ!」
 いきなり剛志くんに会ってしまった。
「あっちにもう一頭いるよ。」
 視線の先には…斉木くん?
「…えっち。」
「お互い様だろ?」
 う。確かに。
「しかしあいつは裏方、今日の仕事はそんなに体力使わないけど陸はやばくないか?」
 零に向かってそんな質問を平気な顔でする。
「いいんだ、昨日都竹くんとデートした仕返し。」
「零だって初たちと散々飲んだだろーが。陸は下戸なんだからそれくらい寛容になれよ。」
 えらい!剛志くんよく言った!…と、心の中で叫んだ。
 ちなみに僕は下戸ではない。後で訂正しておこう。
「斉木くんが陸と浮気するって叫んでたヤツが何を言う?」
「うるさいな!陸が連れ歩くからいけないんだろ?」
「えー?僕?」
 再び旗色が悪くなった時、隆弘くんがかなり不機嫌にやってきた。
「なんで同じホテルなのに起こさない?つぶした張本人が。」
 零に人差し指を向け睨みつけてる。とてもじゃないが寝起きの隆弘くんに近づきたい人間は数少ないだろう。それ位隆弘くんはいつも機嫌が悪い。
 しかし零は全くひるまない。…そういえば以前、隆弘くんが零を怒らせたら誰も制することは出来ないと言っていた様な、いなかった様な…。
「良い年した大人のせりふじゃないだろーが!」
 そして剛志くんは矛先を隆弘くんに変更してしまった。
「隆弘の部屋、入り口に起こすなってあったよ。」
「知らない…もしかして零か?」
 振り返った時にはすでに零の姿はなかった。
「やっぱり。」
 深いため息をついて隆弘くんも準備に向かった。



 零は開演前、正確に言えばリハーサル前、ステージの上で精神統一をする。
 見ようによっては居眠りしているようだけど(みんなそう思っていた)ステージの真ん中で瞑想している。前に何を考えているのか聞いたら僕のやらしい姿と言われたから以後聞いていない。でもリハーサルが始まると人が変わったみたいにミュージシャンの顔に変わる。
 他のみんなは楽器を手にすると自然と顔つきが変わる。
 僕はあまり変わらないらしい。ただ相変わらず無口になる。
 都竹くん曰く「普段はおしゃべりなのに」だそうだ。そんなにおしゃべりかな?
 初ちゃんのベースが鳴る。徐々に音が変化する。ただの音合わせからACTIVEの音楽へ変わる。
 剛志くんのキーボードが鳴る。単音から和音へ、スローテンポからアップテンポに変わる。
 隆弘くんのドラムが鳴る。軽い音から重い音に、再び軽く叩く。
 僕はギターケースからギターを取り出した。
 さあ、僕たちはここへ仕事をしにきたんだ、腰痛になんか負けていられない!
 …痛いけど。


「ただいまー」
 鍵を開けて部屋に入る。遠くから「お帰り」という聖の声がした。
 僕が聖と距離を置くようになってから聖も僕と距離を置いている気がする。
 しばらくすると部屋から聖が出てきた。
「勉強中だった?」
「ううん。勉強は終わった。」
 見てやらないといけないなとは思うけどなかなか時間が合わなくて放置しっぱなしの状態で申し訳ない。
「明日から三日間オフだから。」
 ふーんと興味なさげな様子。
「最終日が土曜日かぁ…買い物に行きたいなぁ。」
 上目遣いにおねだりしている…んだよね?
「何か欲しい物があるの?」
「お友達の誕生日プレゼント。」
 なんか普通。いやいや普通でいいんだよね。
「陸、」
 突然、聖に名を呼ばれて動揺した。
「な、何?」
「歩き方、変。」
 え?
 えっ!
「ええ〜っ!マジで?ホントに?やだぁ〜どうしよう!うわーん」
 僕は一人で動物園のトラみたいにリビングをうろうろしていた。
「零くんに言っといてあげるよ、ライブの前はあんまり激しくセックスするな、って。」
「うん、そだね…っ〜〜!」
 さらりと聖の口からセ、セックスなんて…イヤだー!
「なに赤い顔してるの?いつもしてるじゃない。この間見せてもらったしね。僕は平気だよ。」
 はぁ、そうだった。僕が聖と同じくらいの歳のときにはどうしたら零と一緒に居られるのかばかり考えていた。
 今みたいにインターネットで調べたり出来ないし、本屋さんで買うことも図書館で借りることも出来ない。だから当然恋なんて自覚はなかった。ましてやセックスなんて…なんて…。
 僕は聖を抱きしめた。まだまだこの子は子供なんだ、生意気なことを言いたい年頃なんだ。自分が同じ道を通ってきたんだから分かる。
「その前に受験だね。」
 聖の顔色がさっと変わった。
「その話…なんだけど…」
 困った顔をしている。
「なに?」
「塾の先生に無理だって言われた。高校受験の方が無難だろうって。」
 あらら…。
「先生も公立中学に行った方が僕のためにはいいって。ごめんなさい。」
 久しぶりに見た、子供らしい聖の顔。
「良かった。」
 僕は素直に答えた。
「今でも僕が在籍していた当時の先生が何人かいるんだよね。えらそうなこと言ってるけど自分に対する客観的な意見は正直恥ずかしい…それより零になんて言おうか。」
 素直に言えばいいんだけど、言いにくいよね。
 玄関のドアが開く。
 足音が近づいてきてリビングのドアが開いた。
「お帰りなさい。」
 聖が慌てて挨拶をする。
「零くん、僕、中学受験ダメなんだ。」
 え?え?えぇ!そんな簡単に告白するの?
「だろうな。」
 え?
「ま、公立は拒絶しないからいいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って!聖に中学受験させたいと言ったのは零だよ?そんな簡単に納得する?」
「仕方ないじゃん、受けたくないんじゃなくて受けられないんだから。」
 零は苦笑するけど僕は泣きたいよ。
「なんだか僕は踊らされただけみたいだ。」
「そんなに深刻にならなくてもいいんじゃないかな?聖の人生により良い選択になれば。」
 より良い選択ね、確かに。
「高校受験は頑張れよ。」
「うん」
 零が聖の頭をポンと叩く。
 聖が小さく微笑む。
「零って聖には優しいよね、僕には意地悪だけど。」
 零が反論しようと口を開きかけた途端、
「陸は僕に意地悪だもんっ」
と、聖が不平を漏らした。
「零くんの肩ばっかり持って僕には優しくない。」
 聖が僕に距離を置いていたような気がしたのは、僕の態度による不安が原因だったんだと、初めて気がついた。
「聖、」
名を呼ぶと抱きしめた。
「意地悪しているんじゃないよ、聖を大人として見ているんだ。まだ子ども扱いの方がいい?」
 腕の中で思案している気配があったが、やがて
「両方。臨機応変でお願いします。」
と、小さく答えた。
 …欲張りめ。
 しかし。
 零も聖も僕を過大評価していないかな?そんなに器用じゃないから一度に沢山のことは考えられないし、考えていることは分からないんだよね。
「あのさ、零も聖も僕にちゃんと言葉で言ってよね。思っているだけじゃ分からないんだから。」
 僕だって我侭言ってやるっ。