頑張れ、前進するために。
 零の写真集が発売になった。
 零の写真が店頭に並んでいるのを見て…僕は嫉妬した。

「あ…いや…ダメ…」
「何がダメなの?」
 ベッドの上、零の前に膝立ちになり後ろの穴を丹念にいじられ、すっかり敏感になってしまっている。
「あ…中…気持ちイイ…」
「ん、そうだね」
 言うと前のすっかり立ち上がったものを口に含まれてしまった。
「やっ、やっ、ダメ…イイっ、ん…」
 前後の刺激ですぐに追い上げられ爆発寸前まで追い詰められていた。
「ふあっ…あん」
 唇が離れ、指が引き抜かれた。
「ダメ、ダメって言うから止めるよ。」
「イヤだ、零の意地悪…」
「うん、意地悪だよ。どうして欲しい?」
「零の、挿れて…」
 クスッと笑われたけど
「まあ、及第点かな。」
と言って熱い肉塊を入り口にあてがわれた。
「挿れてよ」
「ん」
 羞恥しながらも快楽は捨てがたく、素直に腰を落としていく。
「あっ…あー…あー…んんっ」
「ん、全部挿いったよ」
 ふるふると首を左右に振る。
 もう言葉を発することも出来ないくらい零を求めていた。
 ゆっくりと抽出を繰り返す。
 くぷくぷと卑猥な音を聞きたくなくてわざと声をあげる。
「あん、あんっ」
 零が下から突き上げる。
「あっ、あっ…」
 零の突き上げに合わせて腰を上下に動かす。
「イヤ、あっ、あっ、んー、んっ、はあっ、はあっ、はあっ、あっあっあっ…」
息づかいが段々荒くなる。もう頭の中は好きとか嫌いとかではなく気持ちいいかどうかしかない。
「零、気持ちイイ…あんっ」
「僕も気持ちイイ…」
 突然腰を抱かれ、体勢を変えられた。
 もう声も出せないほど善くて、最後には泣き出していた。


「陸、眠る前に聞きたいんだけど。」
「ん?」
 行為の後、慌ただしくシャワーを浴びシーツを変えてベッドに潜り込んだ。
 意識を保つのが精一杯だ。
「なあに?」
「写真集、見た?」
「んー、見た。」
 本当は最初の2〜3ページしか見ていない。あまりにも官能的な表情で嫉妬から正視出来なかったんだ。
「何も、ないから…」
 ガバッ
 僕は起き上がった。リビングへ走った。
 写真集を手にすると、寝室へ戻った。
「何ページ?」
「…真ん中あたり…」
 僕は無言でページをめくった。
「な…」
 絶句。
 零が何度も言っていたのはこれか。
「また、あの女…」
 はい、小峯さえです。
「何度も何でもないと言われると逆に怪しいよ?」
 写真は二枚。
 白いワンピースを着たさえが、ベッドに腰掛け微笑んでいる。零はスーツの後ろ姿。
「なんか新婚旅行みたい。」
 もう一枚はさえは何も着ていない裸の背中をこちらに向けていて、零も上半身は裸でさえの髪に顔を半分埋めて抱き合っている。
「…見たの?」
 いや、見た見てないとか触った触ってないが問題ではなくて、ドキドキしたかどうかであって、だからー、だーっ!何考えてる、自分!
「妬いた?」
 それに対して零は余裕の笑み…きーっ!悔しい!
「べ、別にさえはどうでもいいんだよ。ただ、零の写真見てドキドキしている人がいると思うとムカムカする。本屋でさ、零の写真集キラキラした目で見ていた女の子がいたから思わず殴りたくなった。」
 少しトーンを落とし気味で早口になってしまったから嫉妬がもろバレ。
 でも零は僕を抱きしめてくれた。
「最近は僕ばっかり嫉妬しまくってたからたまには陸が妬いてくれてもいいだろう?」
 零ばっかり?
「そんなに?なにが?」
 零は指折り数え始めた。
「斉木でしょ、隆弘でしょ、アイドルの伊那田くんもそうだし、都竹も怪しいしな。夾に聖に、裕二さん。」
「ごめん。」
 僕には謝ることしかできない。
「でも、零が好き。」
「うん。」
 言うと背を向けた。
「零?」
「バカみたい、すごく嬉しいんだ。」
 僕は大好きで一番大切な人を不安にばかりさせているみたいだ。
「仕事人間になられても不安はついてくるんだよな。」
 もう、零ってばー…あれ?さっき零の口から挙がった人の名前、全員男だったような…それはそれで複雑…んー。ま、恋人が零なんだからそれは仕方がないか。



「聖、今夜は加月の家に泊まってね。寒いから一人だと何かと危険だからさ。」
 冬場は火の元が一番気になるから聖が駄々をこねてもママに迎えに来てもらうんだ。火事になったらマンション全部に迷惑が掛かる。それは避けたい。
 ふてくされる聖を学校に送りだし、僕たちも出掛ける。今日は全国津々浦々ライブ(今僕が命名)の長野編。冬季オリンピックが行われた会場を借りられたそうなんだけど、相変わらずスタッフは僕たちの真意を汲んでくれない…とメンバーと話していたら斉木くんが音響設備、防音などを考慮すると小さい町では該当する会場が見つからないんだそうだ。
 僕は学校の体育館でもいいんだけどそれは次元が違う話になるらしい。
 まあ、僕たちが近くに行くことに意味があるのだから仕方のない許容なんだろうな。
「そういえばさ、零の写真集に出てたさえちゃん、相当やばいらしいじゃん。」
 移動の新幹線の中で隣にやって来た隆弘くんがひそひそと話し始めた。零は斉木くんとなにやら打ち合わせ中だ。
「なにが?」
「仕事。歌の仕事からは完全に離れちゃってて既にレコード会社との契約も切れたらしい。ドラマも二時間ドラマの出てすぐに殺される役とかアイドルのいけ好かない役とからしいし。」
 これは隆弘くんの彼からの情報だからかなり信憑性があるらしい…最近は上手くいってるんだなー。
「最近連絡もないからどうしているのかなーって思ったことは思ったんだけどね。便りのないのは元気な証拠?みたいな。」
 隆弘くんが呆れた声を発した。
「こんな業界だから便りがないのは仕事がないんじゃん?」
 えー!そうなの?
「なんでも零の写真集は零が指名したらしいじゃん。」
 さらにびっくり。
「零は知っていたのかな?さえが仕事ないこと。」
「どうかな?零は陸への配慮でさえちゃんを指名したんじゃないかな?気心の知れた相手なら問題ないかなって。」
 確かにさえなら目くじら立てて…ということはないかも。
「一斉を風靡したのに、気の毒だな。」
「うん。」
 僕は急にさえが心配になってきた。


『なによ。仕事中なんだから用件は早めに切り上げてよね!』
 長野駅で携帯電話のアンテナが三本立ったので、さえに電話をしたら案の定強気な言葉が戻ってきた。
「ん、実は相談があるんだけど…また夜…でも遅くなるだろうから明日の朝にでも。」
『いいわよ、深夜でも。掛かってくるまで待っててあげる。』
「ありがとう。」
『うん。』
 仕事中、電話に出ることはまずあり得ない。
 だから今、彼女は仕事中ではないはずだ。
「陸さん、行きますよ。」
 都竹くんに呼ばれて慌てて用意した車に乗り込んだ。
「陸、今夜の選曲だけどさ…」
 今、零は仕事モードなので僕がなにをやろうとしているかは気付いていないはずだ。
 でも…僕はさえを哀れんでいるのだろうか?
 違う、ただ友達として気になるから…でも余計なお節介かもしれない。
 第一さえに相談することなんて…あった。


『はぁ?女の子の気持ち?なによ、それ?』
 やっぱりタカビーだ…。
「うん、次の新曲用に女の子の目線で詞を書きたいんだけどよくわからないんだ。だから教えて欲しいんだけど大丈夫かな?」
『ふーん、そういうこと。零さんといい陸といい、お前は落ちぶれた芸能人だって言いたいの?』
「は?なにが?」
『聞いているんでしょ?零さんに…事務所から解雇通知が来たのよ。』
「解雇通知…知らない!なにそれ?さえに何の落ち度があったの?」
『落ちぶれたことが落ち度なのよ。芸能界に残るなら他のプロダクションに移るしかないのよ。』
「そっか…僕たちも事務所を変わったことがあるから何となくわかるけどあの時は身内に頼んだからね。さえは何がしたいの?」
『歌。私は歌が歌いたくて芸能界を目指したのに最近は全然仕事がなかったの。わかってる、全盛期を過ぎているのは。だけど忘れ去られて消えるのは嫌、ちゃんと最後にお別れはしたいの。』
 寿引退をした伝説のアイドルみたいに幸せな姿を残したいらしい。
「少し、時間をくれるかな?」
『私の方はいくつかピックアップしてメールしておくよ。』
「ありがとう…頑張って。」
 さえは頑張れば何とかなる人だからね。
 電話を切ると仏頂面の零がベッドに腰掛けていた。どうやら僕たちの会話を聞いていたらしい。いつ外から戻っていたんだろう?
「初と打ち合わせと言ったじゃないか、なんで陸も来ない?」
 まずはそっちからか。
「僕は初ちゃんに呼ばれていないもん。」
「僕に声を掛ければ陸も着いてくるからだろう?当たり前のこと言うなよ。行くぞ。」
 あれ?何も言わない。
「裕二さんに陸が頼むなら角は立たない。だけどそれで彼女はやっていけるのかな?」
 あ、やっぱり聞いていたんだ。
「パパには頼まないよ。さえは歌いたいと言ったんだ。ステージを用意する手はずだけは僕が何とか出来る。あとは彼女の力次第だよ。」
「…CMの、歌詞?」
「うん、彼女に頼んでみようかと思う。」
 今回依頼が来ているCM音楽はACTIVEの歌で出演は初ちゃん。清涼飲料水のCMなんだ。
 爽やかなイメージでターゲットは女性。女心をテーマにしたい、と思っていたんだ。
「さえに頼んだりしたらまたマスコミに騒がれないかな?」
「それは逆にラッキーかもよ?のらりくらりかわしておいて後は時間が解決してくれるでしょう?ダメなら否定すればいいんだし。」
 零がびっくりした顔で僕を見ている。
「なんか変?」
「いや、陸にしたら大胆だなーと。考えが大ざっぱじゃない?」
「そうかな?でもペンネームみたいに『さえ』だけクレジットするとか、まあ手だてはあるよ、うん。」
 そう、なんとかなる!


「ただいまー」
 翌日、帰宅して玄関を開けた。
「おかえりー」
と、僕に抱きついてきたのは、
「ママ?」
「そうよー。聖が学校行っている間に洗濯物畳んでいたの。」
 得意げに話す。
「ありがとー」
 おざなりな返事。いけない、いけない。
「…もうすぐ聖が帰って来るわよ。全く、可愛くない子!」
と言いながらも相変わらず僕を抱きしめる腕の力は緩めない。
「あきらちゃん、いい加減放して!陸は僕のだからさ。」
 零は少し怒りながらママを僕から引き剥がした。
「けちっ」
「ただいまー!」
 ママの呟きは聖の元気な声に免じて聞こえなかったことにしてあげよう。
「陸ーっ!お土産はー?」
 そっちかいっ!


 二日後。
 さえからメールが届いた。
 中に思い切り歌詞を意識している文章が見つかったから、この世界観をもっと膨らませて歌詞にして欲しいとたのんだら一時間後に返事が来た。
「良い感じ」
 思わず独り言が出た。
 この歌詞に曲を乗せていく。最近は曲に詞を乗せる方が多いけど昔は詞を大切にしていたから詞が先だったらしいんだ。僕はどちらでも平気です。
 まだまだ歌詞に手直しが必要だけど、さえの世界が見えてきた。
 頑張って今の苦境を乗り越えていこうよ。
 前に進まなければ道は見えない。
 やりたいことがあるなら、まず先にやりたくないことを片づけないと始まらないんだ。
 好きなことをやり続けるにはそれなりの犠牲と覚悟が必要なんだ。
 うん。
 僕は自分に言い聞かせてさえに作詞の依頼をするために電話を握りしめた。