WE HOME DREAMS
カタン
 誰もいなくなった事務所から、小さな小さな音がした。誰もいなくなったと思っていたのは都竹の勘違いだったらしい。
 デスクライトのみで机に向かっていたのは、斉木だった。
「都竹くん、零さんは多分気付いてるよ。」
 都竹は飛び上がるほどびっくりした。
「気づいていたんですか?」
「そこにいたことも、都竹くんが聖くんと付き合っていることもね。」
 都竹は、今度は驚かなかった。
「陸さんの代わりにしたらいけない。」
 斉木の声音は堅い。
「代わり…じゃないです。ちゃんと彼を見ています。ついでに言うと僕は陸さんじゃなくて零さんなんですけどね。」
「零さんは憧れ、陸さんが本命だろ?」
「そんな…」言い掛けて口を噤む。
「そんな?」
 俯いた。
「…斉木先輩からもそういう風に感じますか?僕は自分がよく解らないんです。ステージの下で見ていたときは明らかに零さんのファンでした。だから付き人を募集していると知ってすぐに応募したんです。だけど実際に会って、確かに零さんは素敵なんですけどファンだっていう気持ち以外は全くないんです。なのに…それまで気取っててイヤだなって感じていた陸さんが気さくで明るい人だと解って、どんどん惹かれているのは解るんです。だけどこの感覚は何なのかは解りません。いえ、解ろうとはあえてしていないんです、無理だから。そんな時、聖…くんが、悩んでて…それで…」
 斉木はため息をついた。
「都竹くんが誘ったの?」
「いえ、どちらということはなく…って手は出してません!相手は中学生ですよ?多分聖くんにとって僕は恋の相談相手なんだと思います。それと練習台です。」
「なんの?」
「恋人の。」
「恋人?」
 都竹は少し躊躇ったが思い切って口を開いた。
「聖くん、好きな人がいるんです、きっと。その人といつか幸せになるために背伸びをしているんです。だから僕は暴走しないように見張っているつもりなんですけど、恋人の振りをしていることも事実です。聖くんがそれを望んでいるから。」
 斉木は首を傾げた。
「都竹くんはそれでいいのかな?…好きな人は勘違いしない?」
「いまのところフリーですから問題はありません。」
 斉木は都竹がついたたった一つの嘘を見抜くことが出来なかった。



「住宅展示場みたいだね。」
 僕は素直な感想を言っただけだ。
「これじゃあ、織方のお母さんが寂しがらない?」
 庭がないと花が作れない。
「そうよねー。」
 ママも素直に答えた。
「やっぱり裕ちゃんが言うように一階に裕ちゃんの会社を入れて上をマンション風に割り当てるのがいいのかなぁ?」
「それは僕、反対だな。事務所は事務所で別に造ったんだからあっちはあっちでいいと思う。加月家と野原家は二世帯、三世帯住宅にしてあと二棟、間に造るのがベストだと思う。」
「二棟?一棟でいいんじゃない?」
「なんで?」
「あなたたちの他に誰が住むの?」
「夾ちゃん」
「あぁ、夾はいいの。結婚しなくなったから。」
「なんで!」
「相手の親が涼の仕事に難色を示したの。そうしたら夾がキレちゃって…破談。」
 ママは笑っていうけど、笑い事じゃないでしょ?
「夾はもっと素直な可愛い子があってると思うのよね。例えば…今零がCMで共演している女の子みたいな…」
「あの娘、猫かぶっているよ?」
「だから雰囲気よ、雰囲気。」
 本性を知っている僕としてはママの例えが解らなくて困ったけど、世間一般のイメージを言っているのだろう。
 夾ちゃんの破談…僕としてはとても複雑な気持ちだけど、正直に言って急いで決めたみたいだったからちょっとホッとしている。
「いずれ結婚したら建てれば良いでしょう?…って私たちだけじゃ何も決まらないんだけどねー」
 確かに。だけど少しでも前進したいんだけどなー。
「まあね。最初の話では三棟だったんでしょ?」
「そうよ。渡り廊下で繋ぐの。だけど聖ももう中学生だから無理して近くに住まなくてもいいような気もするのよね。陸は涼みたいに防音個室が欲しいの?」
「あれば便利だけどなくても構わないんだ。僕は零が認める天才ギタリストだからね。」
 言ってる本人からして意味不明なんですけど。
「ねぇ…ママは零が恋愛していた時、平静で居られた?」
「相手が陸と知った時はびっくりしたけどね、」
「違うよ、中学生の頃」
「あー、昔のことね。んーどうかな?零はいつも陸の話しかしなかったから誰かと恋なんてしていなかったんじゃないかな?」
 ママは気付いていなかったんだ。
「聖の好きな人は陸でしょ?」
「別に好きな人が出来たらしいよ」
「それはないわよ。あったら奇跡だわ。」
 ママは断言する。
 そうなのかな?だったらどうして大切に想う人なんて言ったんだろう?
「陸、時間平気なの?」
 ママに言われて気付いた。今日はライブの打ち合わせだ。…SEcanDsだから近いんだけどね。
「そろそろ行かなきゃ」
「じゃあ私も帰るね」
 ん?結局ママは何しにきたんだろう?散々話をして帰って行った。


「担がれてるな」
「担ぐ?」
「嘘、だよ。都竹は聖くんとやってるな。」
「やって…って犯罪だよ?」
「だよなー。だけど父親が零だからなー、仕方ないかなー」
 斉木は剛志に話したことを後悔した。話が益々混乱してきたからだ。
「だけど零は気付いているだろうから黙って見ていればいいと思う。」
 剛志は言うと斉木の身体を手繰り寄せた。
「こっちとしては他人の世話より自分の未来を案じて欲しいんだけどな。いつ、結婚する?」
 斉木の目が目一杯開いた。
「無理!零さんと陸さんみたいには出来ない。」
「じゃあ一生このまま別々に暮らすの?やだなー。」
 剛志は抱き締めた腕を放そうとはしなかった。
「お揃いのリング、お前の指にはめて欲しい。田舎の両親にも会いたい。」
「どこの田舎?」
「祐一の…田舎どこ?」
「…都内」
「うそ!」
 …同居の話はまだ先になりそうな予感…。



 一方。
「あ…だ…や…」
 隆弘の下で健気に脚を開く。
「…好き…」
 小さな声で囁く。
「馬砂喜、好きだよ。」
 耳元に囁くと深く貫く。
「あ…んんっ」
 抽挿を繰り返す。
 卑猥な水音が延々と続く。
 抱く夜もあれば抱かれる夜もある。今夜は馬砂喜が抱かれている。
「隆…弘、僕…は、」
 繋がりを更に深くした。
「あっ」
 今は乱れる馬砂喜を見ていたい。隆弘はそんな気分だった。
 馬砂喜の中がビクビクと収縮したのを合図に隆弘は最奥を濡らした。
 肩で息をしながら馬砂喜の隣に転がる。
「で?馬砂喜がどうしたのかな?」
「…」
「なに?」
「恥ずかしいから言えない」
 そういうことかと納得して次は遮らずに聞いてやろうと隆弘は決意した。
 一時期、陸を好きだと思っていた、錯覚だと言い聞かせた。傷つくのは隆弘自身だからだ。
 諦めた時、馬砂喜と知り合った。
 女装していた馬砂喜は本当に女の子かと思うほど上手く女装していた。
 でも。
 本当は気付いていた、何かの罰ゲームあたりではないかと。
 真剣に女の子役に取り組んでいたのはそのあとに聞いた。
「馬砂喜、今の劇団で不満はないの?」



ピン
と、閃いたんだ。
 だけどそれが可能かどうか調べないとだめなんだ。
 だから明日、とりあえずパパに話してみよう。
 零と聖が不思議そうな顔で見ている。
 妙案だと思うんだけどな。
「解らない」
 翌朝、僕の考えをパパに話したところ素っ気ない回答だった。
「俺としてはあまり歓迎しない案だけどな。ACTIVEが解散したらどうするんだ?でかいマンション建ててみんな一緒に住むなんて…夢だよ、夢。」
「だってマンション案はパパが最初に言い出したんじゃないか。」
 これがママなら賛成するだろうなぁ。
「反対!」
 パパの所から戻ったらママがまた来ていたので話したところ反対された。なんで?
「零も陸も聖もACTIVEのお友達と仲良くして私と遊んでくれなくなるじゃない!」
 正解。
 だめかな。
「いいんじゃないかな」
 賛成してくれたのは零だった。
 ママが帰ったあと、「僕はいつも陸の味方だから」と言われたときは複雑だったけどね。
「…みんな一緒…なの?」
 困惑していたのは聖だった。
「うん」
「そっか…でもまだ解らないんだよね?」
 念を押されると意地になってしまう。
 インターネットを駆使して調べたところ、個人の住宅だとこの辺では建蔽率が60%、容積率が200%だから加月の家が300u、野原の家が500u(途中でじいちゃんとばあちゃんの住む離れを造ったから土地を買い足したんだ)裏の家が売りにでているからこれを購入すれば更に300u。…数字は計算しやすく四捨五入で…。1,100uだから60%だと660u。容積率は200%だから1,320uの広さか。八畳間が約27uだから単純計算で48部屋。うん。いけるだろう。
「メンバーのみんながみんな、住まいを与えられて黙って入ると思うか?」
 一人でぶつぶつ言いながら計算していた僕に向かって零がぽつりと言った。
「初は結婚したとき家を建てただろ?だから無理だ。都竹と辰美はまあ一人だからなんとかなるかな。剛志と隆弘は喜んで来るだろうな。だけどなんだか中途半端じゃないか?」
「いいんだ、別に中途半端でも。同性愛者が二人で部屋を借りるのは至難の業なんだって。だからまず手始めに身内からはじめて聖が大人になったら僕らのこと公表して同性愛者が住みやすい家を提供できたらなーって思ったんだ。でも加月家と野原家を巻き込んだらいけないね。」
「そうだね」
 相槌を打っているけど、零は何かを考えているようだ。
「陸がそう考えるのはACTIVEの中で男同士が付き合ってるのが多いから?それとも聖のため?」
 やっぱり零は気付いていた。
「聖と都竹くんが付き合っているんじゃないかって話、やっぱり頭から離れないんだ。だから…」
「近くに置いて監視する?」
「違うっ、逆。近くに来てもらっていつでも会えるようにしてあげたいんだ。だけど…余計なお世話だよね?」
 聖が、誰かを好きになるのって僕は嬉しい。決して聖から恋われて困っていたわけじゃない、それはそれで嬉しいんだ。
 だけどちょっと寂しくもある。あの、小さかった手が僕から離れていくのは、寂しい。
「陸、この問題は僕たちだけで決められないよ。皆にも意見を聞かないとね。」
 うん、確かにそうだね。
 焦らないで、一歩ずつ進んでいこう。



「隼くん、陸がね…」
「それだと困るね…聖くんが。」
「どうして、僕が?」
「僕と、会えなくなるでしょ?」
「うん…」
「でも、良い機会かもしれないよ。」
「やだっ、まだだめだもん。」