みんなキミに夢中なんだ
 零にドラマの仕事が入り、連日家を空けることが多くなった。
 逆に僕は創作作業に入ったので、家に居ることが多くなった。
 夕方。
 玄関ドアが開く。聖が学校から帰ってきた。
「おかえりー」
「ただいま」
 毎日これだけの会話…にもならない言葉しか往復しない。
 何か話しかけようと思うのだけれど、そうすると肝心の仕事が疎かになってしまう。
 聖に話しかける言葉を考えるより、詞を書く方が今はどんなに容易いことか思い知った。
「陸」
 反射的に身体がビクッと動いた。
「明日なんだけど、晩御飯に隼くんを呼んでも良い?」
「えっ?」
 ちょっと、待って。無理!仕事先でも気まずいのに家でなんて無理。
「ダメ?」
 聖はこんな時だけ、縋るような可愛い目をして問い掛ける。
「ダメじゃないけど…都竹くんがイヤじゃないの?」
「ううん。隼くんね、陸とちゃんと話がしたいんだって。」
 ちゃんと…
 そうだよね、最近僕は都竹くんに余所余所しいからやりづらいよね。
 俯き気味に肯定の返事をすると、聖が意外なことを言った。
「隼くんも僕も、陸が大好きだから困らせたくないんだ。困らせるために来るんじゃない、誤解を解くためだよ。」
 別に誤解なんかしていない。これはただの嫉妬だ。
 大事な聖をとられなくない、僕の我が儘。


「良かった、今日は家にいたんだ」
 翌日、都竹くんが来る一時間ほど前に夾ちゃんがやって来た。
「ここんところずっと家にいるよ…あっ」
「ん?」
「ごめんなさい、仕事に集中したかったから防音室にいたからだ。」
慌てて頭を下げる。
「今…忙しいみたいだね。」
「うん…来客というか…都竹くんなんだけど…」
「都竹?久し振りだなー。陸の勘違い以来だから…どれくらいだろ?」
 困った。
「あ、夾ちゃん。こんばんは。」
 奥から聖が顔を出す。
「聖もいたんだ。」
「あのさ、みかんがさー」
 二人は話し込みながらリビングに移動していった。いいのかな?
 嬉しそうに鳴くみかんの声がする。
 急いでキッチンに戻る。料理の続きをしないといけない。
 …最近、聖に振り回されている気がする。女の子を部屋に連れ込んで強姦しようとしたり、今度は僕のマネージャーだし。
 性に興味の出る年頃だけど、なんか違う気がする。
「陸、ちょっと!」
 夾ちゃんが呼んでいた。


「いいのか?それで。」
「いいも何も、隼くんだって僕だって…夾ちゃんだってそうだよ?どんなに頑張っても陸に手は届かない。なら他を探すしかない。それがたまたま隼くんだったんだ。」
 そんな風に言われたら僕は何も言えない。
「…聖、僕は諦めていないんだ。縁談が破談になって分かった、陸を想って生きていこうって。決して零くんから奪ってやろうとか強気な気持ちじゃない、ただ流れに任せただけなんだ…陸だってそうだったんだろ?零くんをただ想っていたんだろ?タイミングが合ったから今があるだけで別々の道を歩んでいたら交わらない道だよね?…実紅だって今でも陸が好きだよ。ただ裕二さんを愛しちゃったんだけどね。」
 顔を上げられなかった。
 なんでみんな、僕を好きになってくれるの?つまらない、平凡な人間なのに。
「そうなんだ、都竹も陸が好きなんだ。」

ピンポーン

 エントランスではなく、部屋の前のインターホン。都竹くんはオートロックの暗証番号とカードキーを持っている。
「来た」
 聖が一目散に飛び出していった。
「誰でもいいっていうのとは違うみたいだね」
 あの笑顔を見たら確かにそう思う。
「陸、隼くん来たよ。」
 重い腰を上げ、リビングへ向かう。
「いらっしゃい。」
「あ、どうも、その、お邪魔します。」
「よっ!」
「あ、委員長…なんか感じが変わった?」
「そうかな?陸と寝たから?」
 きょーちゃーん!
「あの…それは…だから…」
 僕はしどろもどろだ。
「委員長も陸さん狙いなのか?」
 都竹くんは夾ちゃんから視線を外さない…見間違いだろうか?今、火花が散ったように見えた。
「ああ。愛してる。」
 うーわぁー!
「陸は僕を零くんの代わりとしか見ていなかったけどね。熱に浮かされていたし、薬で朦朧…って風邪薬だよ。僕はこれでも国家試験に合格している医師だからね、変な薬は飲ませないよ。」
 えっと、あの時風邪薬なんて飲んだっけ?覚えていないや。
「…零さんの隠し子騒動の時?」
 どうして都竹くん、そんなに突っ込むんだろう?
「よく分かったね?」
「…なんとなく…零さんに隠し子がいるわけないと思ったけど、陸さんの表情が日増しに無くなっていくからかなり参っているんだろうなとは思っていた。だけど僕にはどうすることも出来ないから…身体で慰めるなんて考えもよらなかったよ。」
 都竹くん、さり気なく嫌みを言ったね…。
「陸は淫乱だから。」
「わー!」
 慌てて僕は止めに入った。
「分かったから、僕の話はまた今度ということで、今日は聖のことでしょ?」
「陸ずるい…」
 聖が文句を言おうと僕には死活問題だから止めに入らせてもらうからね。
「陸さん、確かに聖くんと一回、セックスしました。だけど…高校生になるまで次はありません。…陸さんが聖くんと約束した16歳の誕生日、聖くんがどちらを…いえ、誰を選ぶか、それまで僕は聖くんの同士でいたいんです。聖くんは可愛いです、セックスも出来る位可愛い、けど今の段階で次へのステップは考えられません。」
 僕は聖を見た。笑っている。
「聖の、相談相手でいてくれるの?恋人にはならないの?」
「はい。フッてもいません。」
 そうか。
 僕は、自分が凄く狭量だと思う。
「でも、」
 そう、狭量だからこそ上手く行くときもある。
「聖は僕との約束を都竹くんに話したんだ?」
「あ!」
 聖の表情が一変して慌てた。
「ごめんなさい」
「別に謝ることはないよ、反故になるだけだから。」
「え?反故って…やだっ!陸、嘘だって言って。僕は、それを楽しみに今まで頑張ってきたのに…。」
「そんなこと、楽しみにしなくていい!」
「イヤだ!」
 聖が何時になく強い態度に出てきたので少し怯んだけど、負けるわけにはいかないんだ。
「約束…なんて大袈裟なものじゃないだろ?聖が16歳まで僕を好きでいてくれたらっていう前提があるんだからさ。」
「絶対、陸が一番好き。隼くんにもそれは言ったもん。僕は何があってもやっぱり陸が好きなんだ。」
 そうくるんだ、やっぱり…。
「都竹くんは?」
「え?」
「都竹くんは聖を好き?」
「はい…でも、今のところ一.五番です。一番は空席ですけどね。」
 一番は空席か。
「陸」
 夾ちゃんが僕の名を呼んだ。
「僕も一.五番、だな。」
 ひーっ。





「はい、目線こっちにお願いします」
パシャ
 カメラのフラッシュが光る。
「次は腕を上げてー、視線は足の爪先でお願いしますー」
パシャ
 腕を上げるとTシャツの裾からお腹が出ちゃうんだよなー、やだなー。
 近い内にACTIVEの写真集を作る予定でいる。なので何枚か今現在の写真を撮っておいて欲しいと言われ、珍しくスタジオで撮影をしています。
 零も初ちゃんもこの手の撮影は得意なんだけどどうも僕は気楽に挑むことが出来ない性格みたいなんだよね。
「陸さん」
 ふいに、都竹くんが僕の名前を呼んだ。
「なに?」
「パンツのお尻、破けてます」
「えーっ!」
パシャ
 ん?
「マネージャーさん、いいね。サンキュ」
 あの…都竹くんはマネージャーじゃなくて付き人なんですけど…ってそんな突っ込みはどーでもいいんだった。
「都竹くん、騙した?」
 ニッコリ、笑って誤魔化された。
「リラックス、して下さいね。」
 …聖、いつか尻に敷かれるからね、覚悟した方がいいよー。


「ただいま」
「おかえりー」
 久し振りにセリフが逆転…ん?
「零!」
「スチール撮りだったんだろ?苦手な?」
「うん」
 僕は自分でも現金だなぁって思う。だって零がいてくれただけで、たったそれだけのことで凄く嬉しいんだもん。
「お帰り…って陸、凄く露骨だね。」
 う、聖に気付かれた。
「何が?」
 零がすかさず聖に問う。
「陸だよ。零くんがいないとずーっと心ここにあらず状態で僕が居てもどうでもいいって感じ。おかえりーしか言わないしね。」
 ううっ、僕が思っていたことそのまま聖も思っていたんだ。
「分かっているなら聖が話しかければ良いじゃないか。」
「だって悔しいじゃないか。僕ばっかり頭の中グルグルと考えているのに、陸は全然僕なんか眼中にないんだもん。」
「聖、ちょっと待った。それは誤解だよ。僕はね、今創作期間なの。だから思考回路が完全に創作になっているの。」
「分かってるよ。だけどちょっとでも僕の入る隙間が欲しいんだもん。」
「…考えていないことはないよ。聖が帰ってくる時間になったらちゃんと部屋から出てきて待っていただろ?」
 聖はエヘヘと笑いながら「知ってる」と小さく呟いた。わざと我侭を言っているんだ。それが嬉しいんだね。
「そうそう、今夜はね、零くんが共演している料理研究家の人に教えてもらったスウェーデン料理を作ってくれるんだって。」
 零が途端に慌てた。
「聖、何で先に言うかな?」
「ダメ?」
「当たり前だろ、驚かそうと思ったのに。」
「スウェーデンって言ったらなすのグラタン?」
 二人が声を揃えて「えっ?」と振り向いた。
「え?違うの?」
「そうだけど…知ってたんだ…」
「うん。昨日の料理番組で紹介していた。」
 零が小さく「なぁーんだ」と呟いたのを聞き逃さなかった。
 そして。耳元で「デザート、期待しているよ。」と囁かれて動揺した。





 その夜。
 零のバッグから写真週刊誌が出てきた。

零に隠し子!?

プロモーションビデオに出演した少年か?

母親は誰?


 見出しには情け容赦がない。
「聖、話があるんだ」
 聖は雑誌の表紙を見るとため息をついた。
「またパパとママの所に戻る?」
 零は大きく首を振る。
「一つだけ、話を合わせて欲しいんだ。聖がここに居るのは、聖自身が芸能界に興味を持っている…ってことにして欲しい。」
 それなら涼さんのところでも問題はないのでは?とは愚問かな。
「…俳優業でいい?音楽関係はイマイチ分からないけどドラマだったら見ているから大体わかる。」
「ああ、それでいい。」
 そこで零の話は途切れた。
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。あとは僕がなんとかするよ。」
 零はニッコリ微笑んだ。
「それと…」
「分かってる、もう二人の寝室は覗かないよ。空しくなるだけじゃないか。」
 空しい…のか。そっか、空しいんだ。そうだよね、きっと最初は好奇心だったはずだ。そして愛の営みだと知る。それから…。
「陸?どうしたの?」
 聖がティッシュペーパーを手にして目の前に立っていた。気付いたら僕はポタポタと両目から涙を流していた。
「僕は、聖を傷付けているの?」
「どうして?」
「だって空しいって…」
「ああ、そのこと。だって空しくない?人のセックスなんて覗いたら、僕は参加したくなるもん。今ならわかるよー。」
 …恥ずかしい!僕はなんて自意識過剰なんだろう。
「零くんと陸は結婚式をした仲なんだから、仲良くしなきゃダメだよ?恋愛なんてすぐに気持ちが変わったりするんだから…僕みたいに。」
 え?
「さーてと、お風呂入ろう。」
 どういうこと?わからなくなってきたよ。
「なあ、陸。聖はまだ陸が好きと言っているのかな?それとも都竹がいいと言っているのかな?」
 え!零にもわからないの?
「僕がわかるわけないじゃないか…でもさ、聖が大人になったことは確かだよね。僕も大人にならなくちゃ。」
 その言葉に零は答えずに、抱き締めるという手段に出た。
「…聖のヤツ、人の話の腰を折ったまま風呂に入りやがった。」
 あの、零さん?言葉遣いが悪いですー!
「聖はまだ暫く涼ちゃんの戸籍に入ってないとダメらしい…僕が不甲斐ないからだ。」
「ねぇ、零。聖に選ばせたらいいんじゃないかな?二十歳とか十八歳とか、区切りの歳になったら自分でどうしたいか選ばせたらいいよ。それに今のままでもいいような気がしてきたんだ。聖が聖らしく生きていける場所があれば良いと思うんだ。」
「それじゃあ、聖が…そうか…聖を僕の戸籍に入れるのは養子になるんだ。」
「うん」
 零は気付いてくれた。
 僕はパパとママの子供だけど戸籍上はパパの姉…叔父と叔母の子供で養子になっている。どうしたら叔母夫婦の子供として出生届けが出せるのか、未だに教えてくれない。
 だから僕は僕の意思ではなく養子になっている。
 別にそれは気にならないからいいけれど、もしかしたら聖は将来選ぶべき道で支障をきたすことがあるかもしれない。だったら自分で判断できる年齢まで、僕たちで守るのが義務ではないだろうか…。
「そうだな、聖に任せるのも道かもしれない。しばらくは現状維持にするか…」
 涼さんは未だに首を縦に振らない。だから零の望む形はまだまだ実現不可能なんだ。だったら聖に任せるのが1番いいと思う。
「じゃあ、この記事、涼ちゃんに任せちゃおうかな。」
 え?涼さんに任せるの?
 裁判になっちゃうじゃないか…怖いなあ。
「陸、聖が出てきたら一緒に入ろう。聖に思い切り見せつけてやろう。」
「ちょっ、待ってよ!」
 僕は零に引きずられるようにバスルームへ連れて行かれた。
「聖、入るぞー」
「えー」
 言いながら聖の声は嫌がっていない。
 久し振りに三人で入るのもいいかも。
 僕たちは家族だもんね。