I "like" it very first
 この世の中に生まれいでて、一番最初に「好き」という感情を抱いたのはいつだろう?


「また?」
 実紅ちゃんがやってくるときは下心がある。
「ママに頼めばいいのに。」
「拓が陸のうちに行くって利かないんだもん。」
 そうなんだ、なぜか拓は僕に懐いている。
「拓はずっと陸の子供だと思って産んだからかな?」
 僕には身に覚えもなければ一切関係ない…男女関係においてはね。だからそんな事を言われても愛想笑いをすることすらしない。完全に無視…である。
「でも本当に今日は都合が悪いんだ、午後からCMの打ち合わせがあるんだよ。」
 単独でCMの話がきたんだ。出演、ナレーション、音楽となんとも贅沢な依頼で申し訳ないくらい…出演とナレーションは遠慮してもいいけどパパが納得しないからね。仕事は全力でやれ!って言うんだけど、子供じゃないんだから分かってるよ、そんなこと。好きなことだけやって生きてはいけないんだからね。
「知ってる、飲料水でしょ?」
 アルコールは僕に似つかわしくないとパパが却下したんだ。そうしたら缶コーヒーが回ってきた。
「うん。そういうわけだから。」
「そっか、なら仕方ないね。」
「僕で良いなら預かるよ。」
 ふいに、聖が部屋から現れた。
「日曜日なんて暇なだけだもん。遊んでいればいいんでしょ?拓、一緒に遊ぶ?」
「うん!」
 当の本人が聖を選んで飛んでいった。
「助かる!美容院に行くだけだから最悪でも二時間くらい。お願いね。そのかわり夕飯作るから。」
「らっきー、よろしく!」
 聖はそういうと拓を連れて部屋に消えた。
「大丈夫かな?」
「大丈夫、聖は案外しっかりしているから。でもなんでママに頼まなかったの?その方が実紅ちゃんだって安心でしょ?」
「うん…まあね。でもママにはあまり無茶はさせたくないの。」
 無茶?
「ママが無茶しなくなったら存在意義がないよ?」
 実紅ちゃんが笑う。
「あの人は本来意思は強いけどあんまり無理はしなかったの。病気が治って人が変わったかな?」
 そうかな?僕には同じように感じるけど。
「実紅ちゃんにはママがそんな風に見えるのか…不思議だね。」
 実紅ちゃんがふと、視線を逸らした。
「ママは誰よりも陸が可愛いの。あ、零ちゃんの次だわ。一番は零ちゃんだもん。なにを置いても零ちゃんだけは絶対に信用しているし拒絶しないもの…って当の零ちゃんはいないの?」
 実紅ちゃんは周囲を見渡した。
「ドラマの仕事があるからね。お陰でこっちも開店休業状態だよ。」
「大変だねー。じゃあ!」
 …ん?なんか話を逸らされた気がする。
「聖!出掛けるけど大丈夫?何かあったらばあちゃんを頼るんだよ。」
「うん」
 基本的に実紅ちゃんはばあちゃんを頼らない。僕と同じ孫なんだけど、僕を育てたあとだからなんだか曾孫のように感じるらしい…って実路は?どうしたんだろ?
 …ま、いいか。
 玄関を出ようとドアノブに手を掛けたとき、携帯電話が鳴った。液晶には都竹くんの名前が表示されている。
「もしもし?」
『あ、陸さん。今日の打ち合わせキャンセルです。先方の担当さんが風邪をこじらせて高熱を出しているそうです。』
 この間も身近な人間が同じ様なことでキャンセルしたなー。
「了解。じゃあ僕は自宅にいるから。」
『わかりました。』
 プッ
 通話を切る。
「出掛けないんだ。」
 聖はニヤリと笑った。
 最近、本当に聖は物凄いスピードで大人になっていく。急がなくていいのに、少年の時間なんてただでさえ短いんだから、思い切り甘えてくれたらいいのに…。
「じゃあ、一緒に遊ばない?」
「何する?」
「陸とすることといったら、昔から決まってるじゃないか、TVゲーム!」
 …そうでもないか、徐々に進化しているみたいだな。
「しかし実紅ちゃんもちゃっかりしてるよね、実路はママに預けて、陸に会うために拓を連れて来るんだから。」
 僕はなるべく驚きを表情にださないよう、聖を振り返った。
「実紅ちゃんは陸のパパと仲良しだけど、今でもやっぱり陸が大好きみたいだよ。」
 …わかってる、それは。ただ互いに言葉にしないようにしているだけだ。
「拓も陸が大好きだよね?」
 聖は追い打ちをかけるように拓にまでそんなことを聞いた。
「うん!聖くんも大好き!」
「え?」
 聖が突然、きつねにつままれたような顔をした。
「それは…ありがとう。」
 そして意外にも真っ赤に顔を染めて俯いた。なんだか僕まで胸が熱くなってきて思わず二人を抱き寄せた。
「僕も二人とも大好きだよ。」
 好き嫌いの感情っていったいいつ、芽生えるのだろう?
 みんなを大好きって思えたら、どんなに素敵だろう。
「拓はパパとママも大好き?」
「うん!じーじもばーばも大好き。でも実路は嫌い。ママをすぐに独り占めしようとするんだもん。パパも嫌いって言った。」
 こらこら、良い大人が何をしている、あのバカ親は…。
「パパは嫌いって言ったんじゃなくてイヤだって言ったんじゃないの?」
 拓は首を傾げる。
「嫌いはイヤじゃないの?」
「うん。その場合はね。多分拓と一緒でママを独り占めしてずるいーがイヤになったんだよ。」
「陸ちゃんはパパと一緒にいなくてイヤ?」
「僕には零と聖がいるから。」
「僕も陸ちゃんちの子になりたい!聖くん大好き!」
 なぜか聖に固執している。家で何かあったのだろうか?
「拓、夕ご飯うちで食べていく?だったら聖と買い物に行ってきてくれると助かるんだけどな。」
「陸?」
 聖が訝しげに僕を見る。
「ママは行かないの?」
「僕のうちの子になったらママはいないよ?」
 すると拓はぐずりだした。
「イヤだーママがいいー。」
 ママかぁ。聖にも僕にも縁がなかった。
「実紅ちゃんが拓に言わせたんだよ。」
 溜め息混じりに聖に伝えた。つまり、さっき聖が言っていたことだ。
「実紅ちゃんが陸に会いたいから拓をだしにしているってこと。せこいなぁ。」
 本当だ。
「拓はママと聖、どっちが大好き?」
 念のため確認してみた。
「んーんー」
 悩んでいる。
「ママはね、いないと困るの。聖くんはね、いないと寂しいの。」
 …今度は僕が悩む番だ。
「聖、愛されてるみたいだよ。」
 昔の僕だ。零に会いたかった僕だ。
 そう思ったら聖が
「昔、僕も寂しくて陸に会いたかった。」
と言われた。
 好きという感情はいつ、どこから生まれてくるんだろう…。難しいね。


 なんだかんだで結局、拓は聖と一緒に買い物へ行き、実紅ちゃんが呼びに来ても帰らず、夕飯後に聖が送り届けた。
「簡単だよ。好き嫌いは刷り込みだよ。『この人は自分に対して好意的に接してくれる』って本能がわかるんだ。好意的に接してくれるっていうことは相手が自分に対して少なからず好きだという意思表示をしてくれているだろ?だからそれが好きだとわかる。まあ言葉を覚えていくのと同じだろ?」
 零は簡単に言ったけど、そうなのかな?違う気もするなぁ。
「久しぶりに帰ってきたのに、色気のない話だな。」
 色気がなくて悪かったですね、どーせ僕はいつも悩んでいる、バカですよ。ふん。
「何拗ねてるんだよ?」
 …後ろから抱きすくめられて、後は済し崩し…うー。


 朝になると零は清々しい顔で出掛けて行った。
 僕は前日の打ち合わせが担当者を代えて改めて今日になったので午後から出掛ける…のにー!
「陸ちゃん、昨日の続きやろう!」
と、拓が乱入してきた。
 …最後の砦だ、ゲームが得意な馬砂喜くんに頼もう。
 僕は慌てて携帯電話を握り締めた。