秘密の☆◎◇
「零君いってきまぁす。」
 玄関から大声で聖が叫ぶ。
「いってらっしゃい。」
 リビングから顔だけ出して零が愛想良く送り出す。
「今日はご機嫌だね。」
エレベーターの下矢印を押しながら聖が微笑む。
「零君朝はいつもご機嫌斜めだもんね。」
 ・・・最近かれんちゃんの家にお世話になるようになってから今まで使っていなかった言葉を使うようになった。
 エレベーターが1階に近づくといつも右手を伸ばしてくる、手を繋げという事なのだ。
 他の子供達が母親に連れられて保育園まで行くのに対して自分一人僕に連れられて行くのがどうやら嬉しいらしい、変な奴。
「保育園で零と僕のことは秘密だからね。」
「分かってるって、お兄ちゃん。」
 それも、事実だけど・・・秘密。
 スキップするように(スキップになっていないんだよね運動音痴なのかなぁ聖)ピョコピョコ跳ねながらかれんちゃんの家の前まで辿り着く。もう二人とも家の前で待っていた。
「おはようございます、るみさん今日は元気無いですね?」
 かれんちゃんのママは名前で呼んでいる。だって僕のことだって『陸ちゃん』って呼ぶから『かれんちゃんのママ』じゃおかしいかなぁって思って何時の間にか名前で呼んでて。ちなみにパパは政樹さん。
「んー、今日多分残業になっちゃうのよ。だけど政樹くんも分からないって言うしお母さんは来るなら預かるけどお迎えは嫌だって言うし・・・困っちゃって。」
「だったら僕預かりましょうか?今日は5時には戻れると思うから。いつものお礼、ね?」
 かれんちゃんに向かって笑顔を作ったらニッコリ微笑み返してくれて・・・女の子も可愛いなぁ、なんて思ってしまった。
「でもこの娘、落ち着きが無いから零ちゃんに迷惑かけちゃうかもしれないから・・・」
「大丈夫ですって、零はあぁ見えても子供好きだし。じゃなかったら聖と一緒に暮らしたりなんてしません。」
 今度はるみさんに向かって笑顔、そうしたら、
「零ちゃんと陸ちゃんってテレビで見るのと印象が正反対よねぇ・・・テレビの中の陸ちゃんとここにいる陸ちゃんが同一人物だって多分気付かないわよ。こんなかわいい顔テレビじゃしないものね。」
 って言われてしまった・・・恥ずかしい・・・。
「あっ、で・でも、零も家じゃあんな難しい顔はしてないですよ、ただ聖のこと僕が猫っ可愛がりしちゃうからしつけの担当してて・・・ほら涼さんに頼まれているし・・・」
 モゴモゴと言い訳をしていたら聖に「照れてる」なんてからかわれてしまった。
 確かに照れてはいるけど辻褄を合わせながら話すから訳分かんなくなっちゃうんだよなぁ・・・。零と僕は幼なじみで聖は零の弟・・・という土台だけはしっかり頭に入れておかないとボロが出ちゃうときがあるからさ。
「涼・・・さんって今何しているのかしら・・・私ファンだったのよねぇ・・・突然画面から消えちゃって、気付いたら零ちゃんと入れ替わっていたって感じだったから。私の年代じゃ涼さんのファン、多いのよ。」
「そっかぁ・・・じゃあ今度涼さんに新曲作ってもらえるか頼んでみようかなぁ。るみさんの年代は貴重ですからね。涼さんは僕のギターの先生なんですよ。」
 聞かれてもいないことしゃべっちゃった。
「聖と同じ位の時にテレビで見た涼さんに憧れて押しかけてって教えてもらったんです。」
 嘘だよ・・・零が帰ってくるのを待っていただけ、誉めて欲しくて。聖と同じで背が低くてまるでギターが僕を連れて歩いているようだとからかわれながらも「頑張ってるな」って頭くしゃくしゃしてもらうのが嬉しかった。
 何時まででも預かっていますから――と、伝えて保育園の前でるみさんと別れた。

「聖に気付かれなかった?」
「うん」
 親指と人差し指で輪を作ってOKサインを出す。
 ごめんね、聖・・・今日本当は仕事なんて無いんだ。二人で・・・二人っきりでデートしたかったんだ。
 一緒に暮らし始めて1年。本当に何時も一緒にいるから気付かなかったんだ・・・僕達二人っきりでデートした事無かったってことに。出掛けるときはいつでも聖が一緒だったからそれはデートじゃないよって
零に文句言っちゃった。そうしたら・・・ふふふ。
「で、何処行くの?」
「買い物」
 満面の笑みでそう答えたら
「いつもと一緒じゃないか。」
って・・・違うもんっ、零とお揃いのコートが欲しいんだもん。
「買い物だったら仕事の合間に行ってるだろ?他に無いの?」
 ・・・うー・・・考えてなかった。
「そんな事じゃないかって思ってた、行くぞ。」
 えっ、連れてってくれるの?スタスタと玄関に向かう零に慌てて着いて行く。
 車に乗ってから白状させたら「普通のデートコース」って・・・なんだ?
 辿り着いたのは・・・本当に定番中の定番、『東京ディズニーランド』で、おもわず聞いてしまった。
「こんなとこ来て、平気なの?」
「いいじゃん、別に。前から『いつか陸を連れてこよう』って思っていたんだから。それに聖を連れてきたらあいつの乗りたいものばっかりになっちゃうしさ。」
 恐る恐る車から降りる。
「馬鹿だなぁ、気にしすぎだよ、平気だってば。」
 背中を押されて・・・うん、そうだよね。なのに入り口で真っ先に見つかったのは零の方だった。
 平日ここに集っている平均年齢は意外と高い。大学生とかOLが多い。だから見つかる可能性が高いのは当然の事なのに。
 零に纏わり着いて来る彼女達をちょっと・・・いや、かなり・・・不愉快に思いながらゲート内を歩いていたら背後から『がばっ』と抱き寄せられた。
「陸とデートなんだから、邪魔すんな。」
 おーい、零は冗談ごかして言っていて、彼女達も笑いながら聞いているけど僕一人だけマジになっちゃうよ。
 後で聞いたらここに来ている子達はちゃんと目的があるからそんなに何時までも追いかけて来ないって事なんだけど、ドキドキしちゃったよ。「スリルがあって良かっただろう」なんて呑気な。
 どのアトラクションも10分くらいの待ち時間ですんなり入れて。昔パパに連れてきてもらった事があったと思い出した。
「涼ちゃんとあきらちゃんが初めてデートしたのもここなんだって。」
 そうなんだ・・・じゃあ、パパにとっては嫌な場所だったんだね。ごめんね、無理言って連れて来させて。
 だけどパパにとっては悲しい思い出の場所かもしれないけど、僕にとっては幸せ色に包まれっぱなしの場所になっちゃったよ。僕の大好きな人としかここには来ていないもん。
「ねぇ、あれ買って。」
 僕が指差したのは聖と同じ位の大きさはあるぬいぐるみ。
「今日の記念に。」
「・・・本当に、買うの?」
 確かに僕達の部屋には溢れるほどぬいぐるみがある、コンサートパンフレットの僕のプロフィール欄に『趣味・・・ぬいぐるみ集め』と書いたのが失敗だった・・・あっという間にぬいぐるみの山・・・半分は施設に寄付しちゃったんだけどね。それでもまだある。そして僕も相変わらず気に入ったものを見つけると買っちゃって、しょっちゅう零に怒られるんだ。
「僕・・・一人っ子だったし・・・パパは留守がちだったからついつい・・・」
 そんな言い訳は聞き飽きたという顔をして店のドアを押した。
「これでいいの?」
 うん、うん、と出来得る限りの笑顔を作って頷く。零は店員に「こいつ17歳にもなってまだぬいぐるみ抱いて寝てるんですよ。」なんて照れ隠ししながら会計している。
「ありがとう・・・大事にするからね。」
 僕はあの日からずっと考えている、365日全部が記念日になれば良いって。毎日毎日三人でお祝いできると良いねって思っている・・・けど今日は二人だけの記念日だよ。
 聖とかれんちゃんを迎えに行かなきゃいけないから、ちょっと早いけど3時過ぎに車に乗りこんだ。
「わーい、面白かった。」
 本当に素直な感想を言ったんだ。そうしたら
「だったらいつもそんなに背伸びしなくて良いよ。そりゃ、沢山の大人の中にいてその上家には聖がいて甘える事が出来ないのかもしれないけど・・・僕は素顔の陸が好きだよ。」
って言われた。
「背伸びなんてしてない、零には思いっきり寄っ掛かっているからね。僕のわがまま聞いてくれるのは零と、パパだけだから。じーちゃんとばーちゃんはうるさいしさぁ、おばちゃんとおじちゃんはおっかないし。
 聖は僕の遊び相手だよ、いつも遊んでくれる友達。」
 零の表情が急に曇った。
「陸・・・なんで学校辞めちゃったんだよ、勉強、好きだったじゃないか。」
「学校は嫌いっ、買かぶり過ぎだよ、零は。」
そういってちょっと舌を出した。
 零には本当の事を言っていない。僕はパパが行っていた私立の学校に小学校のときから通っていた。
 私立だから当然パパがいた頃の教師がいて、比べられるんだ。そんなことはどうでもいい、成績には自信があったから、でも友達と信じていた子にある日「どうやって教師に取り入ったのか」と聞かれたときショックだった。
 取り入るどころか苛められる事の方が多かったのに。ちゃんと校則をこれでもかと言うほど守っていた、
 特に高等部に進級してからは仕事を始めちゃったから出来るだけ目立たないようにと必死で本当は伸ばしたかった髪を嫌味にならない程度に綺麗に切りそろえて、派手な行動は控えて。
 なのに人の顔を見ると髪が長いだの反抗的な目つきだの挙句の果てには仕事を辞めろって・・・じゃあ、なんでパパは良かったわけ?わかんないよ、全然・・・。
 教師に絶望して、友人関係に失望して僕は学校から逃げ出した。
「1分でも多く、零と一緒にいたい・・・だめ?そんな理由じゃ?」
 零がいて、聖がいて・・・初ちゃんと剛志君と隆弘君がいて・・・パパがいて、涼さんがいて、ママがいて、
実紅ちゃんがいて、夾ちゃんがいて・・・そして僕達を見てくれている沢山の人達がいる。こんなに一杯、僕には大切な人がいるから寂しくなんてないから、心配しないでよ、ね。

「ここなんだけどさ、どう思う?」
 帰り道、突然零が車を降りろと言うからどうしたのかと思ったら外壁がコンクリートの打ちっぱなしのマンションの前だった。
「実家からは歩いて10分だから聖が通うことも出来る。裕二さんとももっと頻繁に会えるだろ?」
 そう言いながら管理人さんから鍵を借りて部屋を見に行った。
 エレベーターが止まったのは最上階の8階、中層階マンションだ。そしてワンフロアーで一軒という形になっている、他の階はどうなっているんだろう?
「オートロックの上管理人さんもちゃんといるし、そんなに大きくなくて実家から近い。理想的だろ?」
 うーん・・・どうなんだろう?僕にはわかんないよ・・・でも零がいいなら決めて良いんだよ。
「築半年・・・でもここだけ買い手がつかないんだって。」
 そう言って耳打ちされた金額に僕は息を呑んだ。
「どこにそんなお金あるんだヨォ・・・」
「もう借りちゃったよ、涼ちゃんに。二人で返そう、な。」
 二人で?じゃあ、この間言っていた事本気だったんだ。
「・・・朝日が一杯差し込む部屋が良いな・・・」
 太陽の光の下で零に『おはよう』のキスをするんだ、そりゃあ今だってしているけど自然光じゃないから。
「じゃあ、3月の末に引越ししていいよな?」
 こくりと頷いた、3月っていうのは聖のためなんだよね。でも・・・荷物片付けなくちゃなぁ・・・僕の私物が1番多いから。

 そのまま聖とかれんちゃんのお迎えに行った。かれんちゃんが買ってもらったぬいぐるみを狙い始めたので
「それ以外ならどれでもいいから」という条件を付けて手放させた。きっと僕のぬいぐるみくん達はかなりの量かれんちゃんに連れ去られてしまうのだろう・・・ちょっと残念・・・。
 二人には聖のいつも通りのリクエスト、オムライスを零が作ってあげていた。すると彼女がぽつりと零に向かって言った。
「零ちゃんが聖ちゃんのパパって本当?」
 零の手が止まった。僕は聖を見た、でも首を振っている。
「誰がそんな事言ったのかな?」
「ママ」
「そっか・・・半分だけ、正解だけど。」
 って、零っ、何正直に子供に打ち明けているんだよ。
「聖のママは病気なんだ、だから僕と陸が一緒にいるんだよ、僕も陸も聖のパパであってママであって、でもパパでもママでもないんだ・・・分かるかなぁ・・・」
 フライパンの柄をトントンと叩いて卵を半月型にする、それをすこしだけずらしてチキンライスの上にふわり、と乗せると半熟の卵がトロリと中から出てくる。零は見ていないような顔をして僕が見ている料理番組をしっかり覚えているんだ、で器用にこなしちゃう。
「ひよこはさ、目を開けた瞬間に見たものを親だと思うんだって。聖もそうみたいだよ。」
 にっこり、零が笑う、聖がふくれる、それを見てかれんちゃんと僕が笑う。
「人間は生まれてすぐには視力が無いんだ。だから聖の目が見える様になった時最初に見たのが僕だったんじゃないかな。君はきっとママだったんだろうね・・・ママの事好き?」
「うん」
 明るい表情で楽しそうに幸福そうにそう答えるかれんちゃんを見ていて僕はもしかしたら・・・という不安をまた抱いてしまった。すると聖が僕の手をしっかりと握ってくれた。
「僕は陸が好き」
「私も陸ちゃん好きっ、だってママより優しいし美人だもんっ」
 僕の足にしがみついて頬ずりしている。なんか僕も幸せだなって思っちゃった。
「なんだか陸ばっかりもててるじゃないか。」
 って、零、目が本気って言ってるぅ〜・・・今夜ちゃんと愛してるって言ってあげるからさぁ〜と心の中で思っただけで顔が熱くなっちゃったよ。

 22時過ぎにるみさんと政樹さんがお迎えに来た。かれんちゃんは20時には眠くなっちゃって、お風呂に入れて聖と一緒に寝かせちゃったんだけど、僕のあげたバレーボールの様にまんまるなひよこのぬいぐるみはしっかりと抱き締めたまま眠っていた。
 るみさんはかれんちゃんの着ていたパジャマをしきりと気にしていたけど、それは僕がファンの子に貰った物で、絶対着られないからあげるって言ったんだけど・・・だってピンクのキティちゃんはいくら僕でもさぁ。

 零はお風呂に入っていて僕は洗面所で歯を磨いていた時中から大きな声で「今度の家の風呂場だったら一緒に入れるよな。」なんて言うから危なく口を漱いでいた水を飲みこんじゃうかと思った。もう、マンションは響くんだからね、気をつけてよ。
「零」
「ん?」
「大好き」
 それだけ言って僕は洗面所から逃げ出した。

 翌日、聖に聞いたこと。どうやらるみさんと政樹さんもデートだったらしい。かれんちゃんが「弟と妹とどっちがいいか?」と聞かれ「お兄ちゃん」と答えたそうだから。
 んー、子供に秘密のデートはどこも大変だね。って零に言ったら陸だってまだ子供だろうが、と言われた、なんか悔しい。
 そうそう、るみさんの『聖のパパは零疑惑』は僕が否定しておきました。ごめんなさい、嘘付いて。

 1月13日は恋人記念日・10月20日は想いが通じた記念日・21日は同棲記念日・12月24日は聖が
僕達の所に来てくれた記念日、そして11月18日、零とのファースト・デート記念日、でも聖には内緒だから
記念日ノートには記してありません。