決裂

 はぁ・・・溜め息が出ちゃう・・・やっぱり慣れないんだよなぁ・・・『撮影会』。(注意:普通はそうは言わない、あくまでも僕の勝手な呼び方です。)
 しかも今日は遂に全部脱がされた・・・カメラマンさんが言葉巧みに・・・口説かれちゃった。
 でもこんな写真どんな雑誌に載るんだろう・・・後で片平さんに聞いてみようっと。
「はい、おしまい。お疲れ様。」
 あれれ?なんか簡単に終わっちゃった、ラッキー、早く帰って聖と遊ぼうっと。
 パイプ椅子の背もたれに引っ掛けておいたバスローブを身に纏いイソイソと帰り支度を始めた。
「野原君、ちょっといい?」
 スタジオの隅でさっきからじっと僕達の方を見ていた男の人と一緒にいた片平さんに呼ばれた。
「こちら丸閥出版の志田さん、今度加月君の写真集を出版して下さるそうだ。」
 零の写真集!?すごい、!やっぱり零だなぁ・・・零はかっこいいもん、どんな表情をしていたってどんな仕草だってビシっと決まっちゃうんだよ、そりゃあそうか、零だもん――僕は頭の中でそんな事を考えながら歩いていて二人が目で合図していたのに気付かなかった。
 だから控室に入った時に変だ、とも思わなくて・・・。
 ロッカーから自分の服を取り出そうとしたその時だった。
 突然後ろから羽交い締めにされた。
「なっ!」
「大丈夫、優しくするから・・・」
 ?優しくって・・・。
「聞いたよ、初めてじゃないんだろう?」
僕は慌てて片平さんを探した。彼は部屋に鍵を掛けていた。
「野原君、志田さんのご指名ですからね、喜んでください。」
 喜ぶって・・・何を?
「うわっ」
 足を払われてその場に横転しそうになった所を片平さんがタイミング良く支えてくれた。
「志田さん困りますよ、あんまり手荒に扱わないで下さい、大事な商品――ですから。」
 やっとその時点になってことの次第を把握した。
「いやだっ、離せっ、馬鹿・・・変態っ!」
「私が変態なら君は何だ?君だって変態行為を繰り返しているのだろう?しかも兄弟だってね・・・」
 僕は片平さんがマネージャーとして付くようになった当初から好意を抱けなかった、いつも人を馬鹿にした様に口辺に薄笑いを浮かべて何を考えているのか分からないビー玉の様な冷たい瞳。
 でも分かったそんな事でこの人を嫌っていたのではない、いつでも僕を挑発する言動が嫌いだったんだ。
 そして今日のは決定打だね、秘密を守れないなんて・・・あんなに頼んだのに・・・。
「僕は彼を愛しています・・・」
「愛していれば納得するのか・・・では私も君を愛してあげる今この時だけ・・・」
 あっという間にバスローブなんて剥がされちゃって素っ裸にされた。・・・そうか、皆ぐるだったんだ・・・
だから今日はあんなに口の達つカメラマンが来ていたんだ・・・ちょっと好感の持てる人だったのに。
 ソファーの上に落されてうつ伏せにされた、腕は後ろ手に縛り上げられて脚は男の体重を掛けられて押さえつけられた、身体の上を汗ばんだ掌が這い回る。
 逃げられない――絶望感が僕を襲った。
 最後の抵抗でこちらをじっと見ていた片平さんに助けを求めた。
「お願い・・・片平さん・・・助けて・・・」
「彼だと思って身を任せればいいでしょう?」
 そしてふぅ・・・と溜め息を一つついた。
「しかし私には分かりませんね、こんな子の何が良くて・・・生意気だし、取って来た仕事に文句は言うし・・・。
 子供は大人しく言う事だけ聞いていればいいんです。野原君、これは仕事だと思ってください。」
 プイっと顔を背けたまま2度とこちらを見る事は無かった。
 自分で何とかするしかない・・・しかし身体を捩っても足をばたつかせようとしても男は一向に動きを止めなかった。

 一時間ほど経過しただろうか、思考が停止していてよく分からなかった。
 ただ涙が頬を伝っては落ち、ソファを濡らした。
「何時までそうしているんです?仕事は終わりましたよ、帰りましょう。」
 煙草を咥えたままこの人は平然として僕に近寄ってきた。
「ほら、早く服を着て・・・みっともないですよ。」
 ぼんやりとしていた、僕は・・・今何をしているのだろう・・・何が・・・。
「加月君には言わない方が良いと思いますよ、心配するから。」
 零が、心配?
「はぁぅ・・・」
 言葉にならない音が口からあふれ出て・・・止まらなくなった。
「・・・ったく、いつもやっているんでしょう、何を今更・・・。」
 反論する事も睨みつける事も出来なかった。
 ただ胸の中に怒りと悲しみと絶望が同居したまま嗚咽をもらし泣き続けた。
 彼はロッカーから僕の服を取りだし投げて寄越した。
「兎に角服を着てください、送りますから。」
「・・・帰れよ・・・ひとり・・・で・・・勝手に・・・」
 すると今まで決して見せた事の無い満面の笑みで
「そうですか、では失礼。」
 と言い残してさっさと部屋を後にした。
 一人部屋に残された僕は涙が枯れるほど泣き続けた、「ごめんなさい」をひたすら繰り返しながら・・・。

 帰れない・・・帰りたいけど、帰れないよ。
 どうしよう・・・どうしたら・・・そんなことを考えながらタクシーに乗りこんで気付いたら隆弘君のマンションのある住所を口にしていた。
 初ちゃんには言えない・・・きっと我慢しろって言う・・・彼は何よりもバンド活動に重点を置いている、彼をこれ以上困らせたくない。
 剛志君はきっと怒るだろう・・・どうして抵抗しなかったって。零を裏切るなら別れろって言うだろうな。
 パパに相談したら・・・連れ戻されるに決まっている。
 勿論、零になんて言えない・・・。
 隆弘君だってこんな事聞かされても困るだろう・・・でも、助けて欲しい・・・。
 インターホンのボタンを押した。中から声がする。隆弘君の声・・・。
「ごめん、僕、陸だけど・・・。」
 ドアが開いた。
「めずらしいな、陸が来るなんて。初めてじゃん?」
 愛想のいい笑顔で迎え入れてくれた。
「今日は彼女いないの?」
「彼女って、どの娘だ?」
 ニッコリ笑う。
 ありがとう、ごめんね。
 しばらくの沈黙の後、リビングのカーペットの上にペタンと座りこんでいる僕に、大きなマグカップでインスタントコーヒーを入れてくれて手渡してくれた。それを一口飲んでから僕は口を開いた。
「隆弘君・・・あのさ・・・僕と・・・その・・・まだ、したいって思う?」
「なんだよ、突然。」
 両腕で水色のカバーのついたクッションを抱きかかえている隆弘君はちょっと赤面した。
「僕は、零が好きだから・・・構わないと思うんだけど・・・ううん、したいんだけど・・・。」
 視線をカップの中の黒い液体に移した。
「好きじゃない人とセックスってできるの?僕には考えられなくって・・・」
「お前失礼な奴だなぁ・・・いつ俺が陸の事好きじゃないって言ったんだよ、ずっとモーションかけてるじゃん。」
 隆弘君の顔がふっと近づいてきた。僕は少しだけ顔を伏せてそれを拒むような姿勢をとった。
「なんだ、違うの?」
「ごめん・・・でも隆弘君は彼女いるじゃない、僕なんか相手にしなくたって・・・」
「零だって女の子、いたよ。」
 握り締めているカップを取り上げられた。
「あの・・・話があって・・・」
 もう、何も聞いてくれなかった・・・これじゃ自分から零を裏切っちゃってることにならないかな・・・。
 隆弘君の舌が僕の唇を抉じ開けにきて・・・
必死で抵抗した。
「ちょっ、待って・・・違うんだ、僕、今までセックスしていたんだ、知らない人と。」
「は?」
 隆弘君の瞳がちょっと泳いだ、でもすぐに分かったらしくて僕の顔を両手でぱしっと叩くようにはさんで
「知らない人って・・・なんで・・・どうして陸が・・・」
両腕を背中に回して抱き締められた。
「陸に手、出すなんて・・・卑怯だ。でも・・・俺じゃどうする事も出来ないよ・・・ごめん。」
「ううん、いいんだ、ごめんね、隆弘君に聞いて欲しかったんだ・・・零には言えない・・・だから・・・」
「零に言わないのか?馬鹿だめじゃん、それで一緒にいられるのか?隠したままでいられるわけ無いじゃん?絶対どこかから聞こえるに決まっている。その時零がどんな気持ちになるか、考えてみろよ。それに陸・・・苦しいなら、後悔するならきっぱり断らなきゃだめだ。俺達の事なんて考えなくて良い、自分を1番に考えろよな。・・・お前に野心があるなら別だけど。」
 背中に回されていた腕の力がふっと抜けて隆弘君が立ち上がった。
「送ってやる。だからちゃんと言えよ。」
 僕は首を振った。
「零に嫌われたくない・・・」
 ゆっくりと隆弘君の視線が僕と同じ所まで下りて来た。
「俺、勘違いしてるのか?相手は女?陸、本気・・・」
「違うっ、違うよ。無理矢理だったんだよ、どうしたらいいか分からなくて、嫌だって言ったんだけど・・・」
「なんで零が嫌うんだ?大体・・・零の方が陸を裏切ってるじゃんか、好きだって言いながら一緒に暮らしていながら剛志との関係続けていたんだから。それを陸は許してやったんだろう?だったら良いじゃんか。」
 僕は眩暈がするほど首を振りつづけた。
「俺から話したら零は傷つくと思う。あのさ、陸は好きだっていうその理由だけで一緒にいるのか?だったら終わりにした方が良いと思う。綺麗な事ばっかり見られるわけじゃない、汚い事や醜い事みっともなくて恥ずかしくってそんなことも全て分かり合えるようになりたいと思う事が愛情じゃないかな。 零が傷ついたら陸が癒してやれば良い、陸が守ってやればいいじゃん。」
 ・・・隆弘君・・・
「それでも零に捨てられたら家に来いよ、可愛がってやるよ。」
 ・・・それは、冗談だよね・・・笑った顔がそのまま近づいてきて、「おまじない」と言って額に唇を押し当てた。
 帰りがけに
「ひとつだけ、教えてくれ。」
と、言われて聞かれた事は、
「片平・・・だな。」
だった。
 僕は目だけで頷いた。

 ドアの前で1回深呼吸して、でも心臓のドキドキはおさまらなくって。零に話そう・・・零の傍にいたいから零が許してくれるまで謝ろう。
 隆弘君がくれた勇気を持って僕は扉を開いた。

「僕が良いって言うまで1歩も家から出るな、いいな。」
 そう言って零は玄関を飛び出した。
 言い方が悪かったのかもしれない、でも・・・どうしよう、僕はどうしたら良いんだろう。
 冷静に思い出して見よう、まずドアを開けて寝室を覗いて、いなかったからリビングへ行って、ここにも聖しかいなかったから何処に行ったか聞いたら僕が帰る少し前に外へ行ったってことで、僕は玄関に置いてある木製の椅子に腰掛けて零が戻ってくるのを待った。
 5分ほどして零は戻ってきた。僕の顔を見て一瞬表情を曇らせたけどすぐに笑顔を作った。
「話があるんだけど・・・」
「なに?」
「強姦・・・された。」
 零の双眸が開いた。
「零・・・もしかして知ってた?」
 そうしたら、飛び出して行っちゃったんだ。
 なんで・・・。あっ。
「聖、ちょっと留守番してて。誰が来ても玄関開けるんじゃないよ。」
 そう言い置いて、飛び出した。
 追いつくだろうか、時間からいえば1分程。
 零がエレベーターを使っていれば間に合うと思う。
 目が回るような非常用の螺旋階段を一気に駆け下りた。
 間に合いますように、どうか・・・零だめだよ。
 多分、片平さんが来ていたんだ、僕に言ったことを零にも話したんだ。
 でも零は信じていなかった。
 なのに僕がタイミング悪くあんなこと言ったから。
 駐車場の入り口に辿り付いた時、零の後姿を見つけた。
 頭が酸欠でクラクラしてたけどそんなこと言っていられない。
「零っ。」
 殆ど叫んでいるような状態だっただろう、びっくりしたように零が、そしてその先にあった影が動いた。
「来るなって言っただろう、あっちにいってろ。」
 振り返らずにそう言ってそのまま真っ直ぐ歩き続けた。
 大きく息を吸いこんで全力で零の背中をめがけて走った。辿り着いて必死にしがみ付いて精一杯の力を込めてその身体を止めた。
「離せ。」
 低くうめいた。
「いやだ。」
「あいつ、ぶっ殺してやる。」
「そんなことして誰が喜ぶの?僕は嫌だ、ねぇ、零っ。」
 僕のそんな懇願に答えもせずその先の影に向かって話しはじめた。
「お前に何がわかる、僕の1番大切な人を踏み付けにされて・・・それを高みの見物だと?ふざけるなよなっ、お前にとっては商品かもしれないけど・・・えぇいっ、陸離せっ、あいつが行っちゃう。」
「片平さん、早く帰って。零は大丈夫、僕が押さえているから。何してるんだよっ、とっとと帰れよっ。」
 ここから彼のいる所は暗くて表情は見えなかったけど確かに彼は笑った。小さく。そしてわざとらしいほどゆっくりとした動作で車のロックを解除してドアを開けた。
「野原君、私は後悔もしていませんし、ましてや君に謝るつもりも無いです。これが私の仕事だから。」
 そう、言い残して車に乗りこみエンジンをかけた。・・・自分で零には言うなって言ったくせして卑怯だ。
「陸っ、お前何考えているんだ。あんな奴生かしておいたら・・・」
「ありがとう・・・その気持ちだけでいいよ・・・でも零には聖がいるでしょ・・・」
 零がこんなに動揺するなんて思っていなかった。
 そりぁ怒るとは思ったけど僕を責めるだけだと思った。
 ごめん、僕はあなたの愛情の大きさに気付いていなかった、そして今こんな状況で嬉しいなんて思ってしまっている・・・。
 フラッシュ・バックの様にひとつひとつの出来事が頭の中を過った。
 でも零の顔を思い出して聖の顔を思い出して必死で目を瞑って我慢したんだ、二人は僕に力をくれたんだよ。
 片平さんの車が走り去り・・・零は脱力してその場に座りこんだ。
「ひとりで、浮かれてたのか?絶対手に入らないと思っていた陸がいつも傍にいてくれるから・・・。一緒にいることは傷つけ合う事なのか?だったら・・・これ以上君を傷つけたくない・・・。」
「僕は傷ついてなんかいないよ、零・・・」
「・・・仕事、辞めろ。」
「零?」
「部屋の中から1歩も出さないで僕の腕の中だけで微笑んでいて・・・」
「やだよ、零・・・僕だってこの仕事好きなんだから、そのために学校辞めて必死に皆に遅れを取らない様に勉強して、やっと手が届いたと思っていたのに・・・途中で投げ出すなんて嫌だ。」
 誰に見つかっても構わないそのまま零の身体を抱き締めた、カタカタと小さく震えているその肩を抱き締めた、零の頭を胸に抱えこんだ。
「分かって、僕が1番悲しいのは零に泣かれる事だよ。だから今日の事も本当は黙っていようと思ってた。零が僕のために泣いてくれるのは分かっていたから・・・」
 零の身体がビクッと動き、腕を振り解かれた。そして僕の顔をクイっと上向かせて唇を重ねてきた。
 テレビドラマの様にただじっと唇を重ねただけで、でもその唇はずっと僕の名前を呟いていた。
「陸は物じゃないだろ・・・僕の、たった一人の想い人だから・・・誰にも触れさせたくない、あんな顔他人になんか見せたくない、一人占めしたい。」
 零の腕が力強く僕を抱き締めた。
「ごめん、守ってやれなくてごめん・・・」
「零の言う事聞かないで、ちっとも大きくなれないからいけなかったんだ・・・肝心な時に逃げ出す事すら出来なかった自分が悔しくて、情けなくて、だから零に会えないって思ってた。」
「・・・陸・・・信じて・・・何があっても愛してる、それだけは決して忘れないで。」
 零・・・僕やっぱり分かってなかったみたいだ、あなたのこと。
 だってそう言った零は僕のこと軽々と肩に抱え上げて平然としてエレベーターに向かって歩き出したんだ。
 自分で歩けるって言ったのに
「どこに行っちゃうかわかんないだろ。」
って言い返されて却下された。
 部屋に戻ると既に21時を回っていて聖はベッドに潜り込んでいた・・・リビングの電気を点けっぱなしで。
「陸、食事はまだだろ?」
「うん・・・」
 さっきまでの怒りはどこへ行ってしまったのだろうと言うくらい上機嫌で甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、でもそれが実は一時冷凍してあったということは翌日知った。
 風呂から出てそのまま寝るつもりだったのに・・・だっていくらなんでも強姦されたその日の夜に恋人となんて・・・不自然だし・・・なのに零は許してくれなくて、息が出来なくって、悶えまくって、イキっぱなしで・・・何度目かの頂上に手が届いた瞬間、僕は意識を飛ばしてしまった・・・。
 だから零が枕を濡らしていた事を知らなかったんだ・・・ごめんなさい。

 目覚めた時、零の姿が無かった。

 零の携帯は繋がらなかった、電源を切っているみたいだ・・・と思っていたら充電器の上にセットしたまま置きっぱなしになっていた。
 10時32分だった。隆弘君から電話がきて全てを知った。
『ごめん、一足違いでさ、零の奴片平の事ボコボコにしちゃったよ・・・一応階段から落ちた事にしておいたけど・・・ばれるだろうなぁ・・・』
「そんなに酷いの?」
『・・・かなり・・・』
 やだ・・・誰がし返ししろって言ったんだよ。一人で勝手に突っ走って・・・馬鹿・・・聖はどうするの?
『陸?』
「ん?あっ、ごめん・・・」
『でもさ、片平が何も言わないから多分警察沙汰にはならないんじゃないかな。』
「何も?」
『うん、ただ頷いているだけで反論しないんだ。零なにかやったな・・・あれは。』
「なにか?」
『学生の時から得意なんだ、あいつ。人の弱みを見つけて苛めるの。俺もその口だったりしてな。』
「えっ・・・零って弱いもの苛めしてたの?」
『逆、逆。強いもの苛め・・・って別に俺が強いわけじゃないけどさ、ちょーっといたずらしてたわけだ、これが。それで零に締められたって言うわけ、分かる?今でも実は弱みを握られっぱなしなんだ。』
「そこに零、いるの?」
『うん、事情聴取もどきを受けてる・・・って、あれ?いない・・・。ごめん、ちょっと探してくるわ。』
 とりあえず零の所在がわかってホッとしたけど零って・・・怖いんだ〜、知らなかった。
 隆弘君の電話を受けてから更に30分位してからだった、零が何食わぬ顔をして帰ってきた。
「零っ、何処行ってたの?」
 子犬の様にあとをくっ付いて歩いて最終的にダイニングテーブルに落ち着いた。
「ん、ちょっと運動をしに・・・って、どうしてあいつあんなとこにいたんだ?」
 どきっ・・・隆弘君のこと、だよなぁ・・・。
「ま、いいか。それでさ、陸、あそこ辞めるわ、僕達。今初に話してきた。」
「ちょっ・・・待って、いっぺんにそんなに沢山言われても分からないよ。」
「沢山って一つしか言ってないよ、だから今の会社を辞めてフリーになるなり移籍するなり考えている。
 ・・・昨日のことだけど・・・社長も知ってた。そんな所に1秒だって長くいたくない、涼ちゃんには悪いけど蹴っ飛ばしてきた。」
 僕はただびっくりして呆然と零の顔を見つめていた、この人はこんなにいっぺんに色々考えて行動に移せる人だったんだ。
 もしかしたら僕はちゃんと零のこと見ていなかったのかもしれない。
「陸、覚えていて。僕は陸が誰と寝ようと構わない、それが合意の上なら。潔く身を引くつもりでもいるから。でも僕の気持ちは変わらない、決して・・・だって陸の事好きになったのは18年も前だから今更止められないよ。」
「僕・・・まだ17歳だけど・・・」
「知ってるよ。」
 カタン、と音をたてて椅子から立ち上がりキッチンへ向かいやかんに水を入れ火にかけた。
 紅茶でいい?と聞かれてうん、と答えた。
 食器棚からティーカップを2客取りだし、ティーサーバーを用意して・・・その間零は何も言わなかった。
 やかんがカタカタと音を立て始めた時、やっと口を開いた。
「あきらちゃんのお腹の中にいるときにさ、陸に一杯話し掛けたんだよ『早く出ておいで一杯遊ぼうね』って。そうすると陸はあきらちゃんのお腹を力いっぱい蹴飛ばすんだって。嬉しかった、早く会いたかった。なのに病院から帰ってきたあきらちゃんの腕には陸はいなくてお腹もぺっちゃんこになってて。泣いたんだよ、僕。あきらちゃんは夾がいるだろうって言うけど違うんだ、陸という命に会いたかった。」
 紅茶を運んでくれた零は照れくさそうに俯いた。
「馬鹿にしているだろう・・・でも本当なんだからしょうがないだろ・・・おばあちゃん家に行って陸に会って・・・また好きになった。だって陸ったら可愛いんだもん。いつも小鹿みたいにぴょんぴょんはねててさ。」
 零、小鹿は女の子に使うんだよ・・・。
「だから僕は陸の事ずっと見ている、今まで通りこれからもずっと。」
「零・・・もう泣かないから・・・今だけ泣いていい?」
 だめって言われてももう遅いけど・・・涙がとめどなく溢れては落ちる。
「夕べね、あんなことがあったから本当は零に黙ってここを出て行こうと思ったんだ。でも頭ではそう思っても心が駄目だって言うんだ、零に会いたい、怒られても殴られても・・・殺されてもいい、零に会いたいって。なのに零は僕には怒る事も殴る事もせず、抱いてくれた・・・。ねぇ・・・僕は零に愛されるに値する人間なのかな・・・こんな僕が零を愛してもいい?」
「陸なら、いいよ。裏を返せば陸じゃなきゃ駄目って事だけどね。」
 こんな零からは想像できないなぁ・・・殴る蹴るするなんて。
「・・・隆弘君から電話があって、片平さんボコボコにしちゃったんだって?」
「あの馬鹿余計な事言いやがって・・・」
「零、どうして片平さんだけ・・・なの?」
 普通張本人を責めるんじゃないのかなぁ・・・。いや別にそういうわけじゃないんだよ。
「だってそいつは陸が良いって言ったんだってさ。」
「だから?」
「うん、陸に目をつけるなんて流石だなって思ったら許せちゃった。」
 ・・・僕はちょっと複雑な心境だった。

 案の定零の写真集というのは嘘だったけど僕の写真は有名な女性週刊誌に載ったらしい、零が見せてくれたけど・・・やっぱり零の方が1,000倍は素敵なのになぁ。

 実は、僕のことがパパにばれちゃって大変だったんだ。誰がパパの耳に入れたんだろう・・・。
 兎に角「相手は誰だ」とか「家に帰って来い」とか最後には零のせいにまでしちゃって・・・。
 で、最終的にパパの独立事務所に僕達は所属する事になった。
 もちろんパパが口を出さないわけはない
 退職金やら未払いの給料やら全部貰えるものは貰って出てきた。
 多分潰れるだろうな、あそこ、って笑いながら言うパパはかなり怖かった。
 きっとパパも喧嘩して辞めたんだ。
 ずっとバンドマネージャーをやってくれていた林さんは最初寂しそうな顔をしていたけど1週間後、僕らの前に現れて「これからもよろしく」と右手を差し出された。
 ACTIVEは再スタートを切ることになった。
 一番の問題はレコード会社なんだけど・・・気付いてる?零。