マネージャーのお仕事
 朝から聖がぐずぐずとベッドから出て来なかった。
 部屋へ起こしに行くと、鼻をすすりながら赤い顔をしてうとうとと寝ていた。


「聖でも風邪を引くんだ。」
 零がニヤニヤしながらベッドサイドに腰掛けてお粥を食べさせている。
 最初は抵抗していたが、零が面白半分、真面目半分に構い続けたら、意外にも聖は早い段階に観念して黙って口を開いては咀嚼をしていた。どうやら零が鬱陶しいようだ。
「今朝は都竹くん、朝まで仕事だったから寝たのは朝方だと思う。」
 僕は躊躇いながらも聖に恋人の情報を提供した。
「そっか…最近連絡無いから何してるか知らないや。」
 聖はさほど興味もなさそうに返答した。
「なら別れたらいいじゃないか。」
 意外にもそう言ったのは零だった。
「なんで?零は反対してなかったよね。」
「聖が背伸びしているのはわかるだろ?それに振り回される都竹くんが見ていて不憫に思ってさ。」
「背伸びなんか…、」
 聖は言い掛けてやめる。
「零の言い方だと聖が可哀想なんじゃなくて都竹くんが可哀想だと聞こえるんだけどそれでいいの?」
 ちょっと不思議に思った。
「そうだよ。聖もいい加減大人になればいいのにね。甘やかしたのがいけなかったかな。」
 零がやけに冷静に話す。
「こんなときでもなきゃ、聖はちゃんと僕の話を聞かないじゃないか。ー身体ばかり大人になっても頭が追いつかなかったら当然心だって成長しやしない。陸も僕も、聖が可愛いから甘やかしてしまう。悪循環だな。」
 零の腕が聖の身体を抱き締めた。
「陸のことは諦めろ…あいつは僕のものだ。」
 耳元ではっきり、告げた。
「ちが…」
 聖が慌てて身体を離そうと足掻いた。
「ちゃんとわかってるよ。零くんと陸は僕の親なんだって。だけどさ、僕にはパパもママもいるから頭ではわかっていてもどうしても心が納得しないんだ…。」
「僕には?」
「なんで?零くんはお父さんなのに?」
「陸は違うの?」
「お父さん…じゃない。お母さんでもない。陸は、陸だから。」
 んーと、零が考え込んだ。
「お父さんのお嫁さんはお母さんだろ?でも陸はお母さんじゃない、確かにそうだ。だから親なのか…それでいいじゃないか。」
「だから!頭ではわかるんだよ。」
「止まらない…のか?」
「止めた。隼くんのお陰で。だけど隼くんに甘えたくないんだ…大好きだから。隼くんは僕が好きじゃないんだ。だから…。」
 口が重くなる。
「だから?」
 それでも零は先を促す。
「僕は、隼くんに抱き締めて欲しいんだ。零くんが陸を抱き締めるみたいに。だけど隼くんは大人になるまでダメだって言う。もうわかんないことだらけでイヤになったんだ。」
「他人の気持ちなんて分からないものだよ。だからついたり離れたりするし、喧嘩したりする。素直な気持ちで向き合わなきゃ始まらない。都竹くんにちゃんと話さなきゃ。我が儘を言ってごめん、って。」
「うん…。」
 僕は二人の会話に入れず、ただ突っ立ったまま聞いていることしかできなかった。
 きっと、こんなところが僕の男らしくないところで、頼るべき親の存在ではないんだろうな。
 だけどね、最近は無理をしないことにしたんだ。
 聖が言うとおり、聖には涼さんとあきらママがいて、零もいる。
 僕は素直に聖の兄として存在しよう、そう思っているんだけど、二人には言わない。だって文句言うもん。
「陸?聞いてる?」
「え?」
「聖、少し寝るってさ。」
「あ、そうだね、その方がいい。」
 僕は慌てて食器を片づけた。


「ちょっ、零っ。何するんだよ!こんな時に…」
 聖の部屋を出て、リビングに戻った途端、零が後ろから抱き締めてきた…勿論、下半身を僕の太股に押しつけている。
「いますぐ陸が欲しい…ダメ?」
「ダメ…。」
 朝まで仕事だったのに…ってさっき教えたのになぁ。
「零は仕事じゃなかったの?」
「違うよ。でもずっと台本読んでた。今度は裕二さんと一緒なんだ。」
「へー、珍しいね。またドラマなんだ。」
「うん。で、どうしてダメなの?聖が寝てるから?ずっと待ってたのにな。」
「待ってたって、寝てないの?」
「寝てない。」
 いけしゃーしゃーとそう言うと、再び抱き締められた。
「ダメなら一人でするから見ててよ。」
 う…
「零、ずるい。」
「うん、ずるいよ。陸が好きなんだもん。」
 今、このタイミングで僕たちがセックスする必要性は感じられないんだけどなぁ。何を企んでいるんだろう。
「その気にならない…」
「大丈夫、すぐにしたくてたまらなくしてあげるから。」
 本音を言えば零に抱かれたくないなんて、そんなことはない。
「聖に見せつけてやるんだ、陸は僕のものだって。諦めさせるなら、僕は何だってする。聖を傷つけても構わない。」
 零の言いたいことはわかるけど、僕はちゃんと二人で話し合って欲しい…って聖には都竹くんがいるじゃないか。
「だからさ、」
 耳元で散々囁かれて、身体の変化を見抜かれてしまった。
 そのままなし崩し的にベッドにもつれるように倒れ込んで二時間ほど部屋に籠もった。
 …恥ずかしい。



「聖くん!」
 都竹くんが玄関ドアを開けて飛び込んできたが
「…って二人とも居たんですか?」
と、居ないのが当然のように言われた。
「聖なら部屋だよ。」
 タイミングとしてはギリギリ、昼間からしていたことはバレなかったと思う程度の時間だった。
「失礼します。」
 都竹くんは聖の部屋に消えると二十分ほど中にいたが少し沈んだ表情で出てきた。
「どうも、お邪魔しました。」
 そのまま辞去しようとしたので慌てて引き留めた。
「あ…はい…フられました。」
 無理して笑顔を作っている。
「なら今すぐ撤回してきなよ。」
 零が都竹くんを追いつめる。
「いえ、いいんです。聖くんはちゃんと同年代の子と付き合わないと永遠に陸さんから離れられないんです。今はダメなんです。」
 また、僕なんだ。
 本当に聖を好きでいてくれたんだね。でもそれは僕の想像だけど、親戚のお兄さんみたいな気持ちじゃないかな?深夜、何度も世話をさせてしまったからかもしれない。
「都竹くん、ありがとう。」
 もう、解放してあげてもいいと思う。
 都竹くんが帰ってしばらくしたら聖が部屋から出てきた。
「隼くん、何か言ってた?」
「ううん。」
と、嘘をついてしまった。
「そっか…あのね、別れたんだ、僕たち。僕ね、建築士になりたいと思っているんだ。だから勉強も忙しくなるし、隼くんの迷惑にもなるから、隼くんは女の子に返してあげることにしたんだ。世の中の敵にはなりたくないもん。」
 どうして二人は相手のことを考えてばかり居るんだろう…。
「聖、」
 零が僕の腰を抱き寄せ、聖に見せつけるように頬に顔を寄せた。
「それは本当に好きじゃないからだよ。好きな人を手に入れたのなら、絶対に離したくない。相手の幸せを考えたらなんて言い訳だろ?一度の人生、好きな人が自分を好きでいてくれることが分かっているのに離れられるなんて有り得ない。僕は陸を離さない。例え陸に嫌われても、一生愛する。」
 零…。
「…そうだよ、僕は陸が好きだもん。だけど隼くんも好き。ただ陸に勝てないだけなんだ。隼くんだって…陸が好きなんだ。だから僕に構うんだ。」
 え?だって、都竹くんは聖が…違うの?
「聖、都竹くんは多分、聖のことを大事に思ってくれていると思うよ。だから勝手に憶測したらいけない。それともちゃんと聞いたのか?」
 零が聖に問う。
「ううん。でも話をしていたら分かるもん。…違ったのかな?」
「本人に聞いてみたらいい。風邪が治ったらね。彼は待っていてくれるはずだよ。」
 あの、聖は都竹くんを女の子に返すって言っていたのだけれど、そこには触れずじまいなのだろうか?
「どうした?陸。」
「ん…都竹くん、女の子にもてるから、待っててくれるかなって思ったんだけどね。」
 ちょっとだけ、零に意地悪したくなった。
「そうなの?」
 聖はそう言うと慌てて部屋に戻って行った。
「なんだかんだ言っても最初の相手はなかなか切れないもんなんだよな。それに今、都竹くんに降りられたら、また聖の面倒は陸が見なきゃならないじゃないか。」
 零はしれっとしてそんなことを言う。
「折角陸が聖離れしつつあるのにさ。」
 それは、僕が子離れしていないってことだよね。まぁ、そうなんだけど。
 でも都竹くんに申し訳ないな。…ん?そういえば零はそんなようなことを言っていなかったっけ?零の考えていることはいまいちよく分からないんだよね。
 それにさ、都竹くんには聖の面倒も見てもらっているけど、当然僕のマネージャーだからね、僕の面倒も見てもらっているんだよね。
 よし、今度お礼も兼ねて食事にでも誘ってみよう。…斉木くんの二の舞になったら聖に怒られるか。
 ん〜…ま、いっか。
……
……
「ねぇ、零。さっき聖、何かになりたいって言ってなかった?」
「そうか?気付かなかったけど。」
「そっか。気のせいかな?」