エイプリルフール
「厄介な性格だよ。」
 涼さんの口から発せられた、難解な単語。
「厄介…ってどんな風に?」
「喜怒哀楽は激しいし、好き嫌いで仕事するし、無愛想だし…意地悪だ。」
 最後の意地悪の時、少し口角が上がったように見えたのは気のせいだろうか?
 多田仲さんとの対談に備えて、事前調査を兼ねて久しぶりに涼さんを訪ねた。
「なんだか不安になってきた…。」
「大丈夫だよ、ちゃんと言い聞かせるから。」
 何を?えぇっ!
 すると涼さんが大笑いし始めた。
「ごめん、陸があまりにも解りやすいリアクションだからつい…ね。」
 つまり…からかわれた?
「多田仲が厄介な性格だっていうのは本当だけれども、意地悪なのは僕限定じゃないかな?…裕二さんと似たり寄ったりだね。」
「パパも、涼さんに意地悪したんだ。」
「陸、『涼さん』じゃない、『おとうさん』だよ。」
「あ、そうだった。」
 涼さんは僕を息子として認めてくれた…つまりは零の伴侶として、だ。
「裕二さんは無意識だよ、きっと。自分では優しくしているつもりじゃないかな…。」
「それは逆に厄介だなぁ…。」
「そうだね。まあ、僕が鈍感だから今までやってこられたのかな?…裕二さんのこと、好きだしね。」
「お義父さんはパパが好きだったんだ…パパはお義父さん、大好きみたい…。」
 涼さんはニッコリ、笑った。
「多田仲さんはどうして涼さん…お義父さんに意地悪なのかな?」
「デビュー前に結婚したからだよ。多田仲のこと、了解。対談番組に関しては事務所からオファーがあったよ。受けておくよう、言っておいた。」
 結婚していると意地悪されるんだ…。
「あれ?そういえば、多田仲さんとは事務所、違う?」
「うん。お互いに個人事務所だよ?しかしACTIVEは長続きしてるなー。喧嘩とかしないの?」
 喧嘩?
「うーん…ないなぁ…。出来上がった曲に対して自分のコンセプト、プラス思い入れが有ればあるほど突っ込まれる部分が増えるけど、修正すれば問題ないし…もめたのは最初の頃だけだなぁ。」
 涼さんが変なところに食いついた。
「なんでもめたの?」
「えっ…あ、その…零と僕が同棲始めたとき…初ちゃんがスキャンダルで潰されたくないって、零が剛志くんと付き合ってたのもあって…。」
「うちと同じか…公表しちゃえばいいのに。」
 え?今なんて?
「業界人集めて結婚式までしたんだからそろそろ公表したら?」
「でもそうしたら聖が肩身の狭い思いをするんじゃないかって思うんだる」
「男連れ込む様な奴にそんな心配は不要だよ。零に言ってやるよ、ちゃんと陸との関係に責任取れって。でないと、又裕二さんに虐められるしな。」
 涼さん、本気?ていうか、連れ込んでるの、知られてる。
「それ、僕の付き人なんだ。」
 涼さんの顔色が一瞬、変わった。


「ねぇ、パパ…。」
「陸、前から言おうと思ったんだけどさ、そのパパはそろそろ止めないか?」
 え!
「じゃあ、なんて呼んだらいいのさ?」
「お父さんでいいじゃないか。」
 なんでこんなにみんな、【おとうさん】に拘る?
「…零みたいに『ゆうちゃん』がいいな。」
「絶対ダメ。」
 どうしてー?
「それと拓とかが混乱するからあき…あきらのことはママじゃなくて名前で呼べ。」
 パパだって子供の頃のあだ名なのに?
「あきらちゃん?変!」
 気持ち悪い!
「でも陸、もう25歳だろ?おかしいよ。」
 …
 …
「たしかに…検討するよ…って、今日はそんな用事で来たんじゃないんだってば。パパ…お父さんの年頃の人が食いつく話題を教えてよ。」
 お父さん…ってパパには似合わないな。
「エロトーク。」
 …
「え?それだけ?」
「多田仲だろ?あいつはただのエロおやじだよ。だから結婚出来ない。」
 パパに言われたら可哀想だ。
「しかもロリだよ。」
「若い女の子が好きなんだね。ありがと。」
「それでいいのか?」
「うん。あとは楽器の話するから。」
「陸。」
 急に真面目な顔で問いかけられたからドキッとした。
「ん?」
「なんで音楽の道を選んだんだ?」
「なんで…って…。」
 俯いてもじもじしていたら、
「零のそばにいたいからか?」
と、軽く言い当てられてしまった。
「…うん。」
「そんなに前から好きだったんだ…そうか…。俺もさ、どうしたらあきのこと、自分の方に向かせられるか悩んだよ。楽器か…涼は何でも出来るもんな。」
 パパは遠い目をしていた。
「ママは、涼さんと恋に落ちちゃったんだね。」
「お陰で実紅と会えたから、帳消しだよ。」
 パパ…多田仲さんのこと言えないよね。
「おいっ!今ロリコンって思っただろ!顔に書いてある!」
「電光掲示板みたいな顔なんだよね、僕。」
 思い切り営業スマイルをパパに向けた。
「早く仕事しろっ!」
 座っていた椅子を蹴飛ばされた。
「酷い父親だなー。スランプの息子にむかって…。」
 そうなんだ。
 相変わらず、曲が出来ていない…のだ。


「陸?」
 夜。
 リビングのソファーで風呂上がりのビール缶片手に、テレビのニュースを見ていた零の隣に座り、そっと太ももに手を置いた。
「珍しいな。」
 コトリ
と、小さく音をたてて、ビールの缶がテーブルに置かれた。
 ゴソゴソとパジャマのズボンから、洗ったばかりのペニスを取り出した。
「舐めて。」
「ここで?」
「ここで誘ったのは陸だよ?」
 そうだけど…。
 僕は、少し躊躇ってから、零の足元に座り、足の間に顔を埋めた。
 十年近く一緒にいるのに、いままでこんなことしたことない…気がする。
 始めてみたら夢中になってしまった。
 口の中でぐんぐん硬度を増す、零のペニス。
「陸…やらしい顔してる。」
 呼吸を荒くしても、僕を煽ることは忘れないみたいだ。
「たまにさ、ライブ中、エロい顔するんだよね、陸は。そんな時、すごく欲しくなる…けど嫉妬もする。」
 時折、射精感が沸くらしく、うめきながらも話し続ける。
「僕のライバルは地球上に溢れかえっていて、一人では太刀打ち出来そうもない。」
 髪を掴まれ、強引に引き剥がされた。
 身体を持ち上げられ、立たされると、反転させられ、パンツまで一気に引き下ろされた。
 零の指が僕の尻を押し開く。
 露わにされたアナルに零の舌が差し込まれた。
「やあっ…聖が出て来ちゃう…」
「見せればいい…ベッドまで我慢できない。」
 言いながらテーブルの下に置いてあったハンドクリームを僕の中に押し込んだ。
「やだあ、ヌルヌルするぅ」
「終わったら洗ってやる。」
 冷たい感触が逆にそそられていた。
「挿れるぞ。」
 言うと僕の身体を引き寄せ、そのまま零の膝に座る形で身体を繋げた。
「痛い?」
「大丈夫…んっ…」
 身体が火照る。
 背後から抱き締められ、シャツの下に手を滑り込ませる。胸をまさぐると、乳首を捜し当てた。
「やっ…」
 声を出さないように必死で耐える。
「中、熱い…溶けそうだ。」
「零だって、熱い…」
 交わした言葉が合図のように、零は僕の身体を突き上げた。
「んっ…ん…」
「はっ…あんっ」
 この十年の間に、僕は零仕様の身体になった。
 身体は、いつでも零を受け入れる。
「僕だけのものだ…」
 そう言うと、最奥で弾けた。
 …僕はというと、相変わらず射精しないでイかされた…これって完全に女性化してる?
 悔しいから後で零の中にいっぱい出してやる…。
 と、思っていたら、「ベッドに行く」と連行され…朝まで鳴かされた。


「二人とも、元気だね。」
 朝、起きてきた聖が不満を口にした。
「…僕も隼くんと同棲しようかな…。」
「やらしてやってから言えっ。」
 歯を磨いていた零が、歯磨き粉を飛ばしながら、聖をからかう。
「セックスなんかしなくたって、僕たちはラブラブだもん!」
「じゃあ、二度と陸が欲しいなんて言うなよな。」
「…わかったよ。」
「好きじゃないなら、振り回すな。都竹が気の毒だ。」
「好きだよ!ちゃんと…。」
「ちゃんとってなんだよ?…夕べ、聞いてたんだろ、陸の声。」
「聞こえるだろ?リビングでしてたら?」
「なんだよ、生意気な口利いて?反抗期か?」
「零くんのバカ!」
 聖の両目から見る間に涙があふれ出た。
「ちゃんと、気持ちに区切りをつけなきゃ次には進めないぞ…都竹に抱かれりゃあ、良いじゃないか?」
「…怖いんだ。」
「何が?」
「…陸みたいに、なっちゃうのが…。」
「なんだ?それ?」
「あんな声、出ちゃうんだよ?隼くんの前で…。」
「可愛いじゃないか。」
「可愛いなんて、思われたくない。」
「なあ、聖。聖は都竹に何を求めているんだ?相談相手なら、束縛するなよ。あいつだって若いんだ、性欲はあるだろ?中学生相手って、僕は現に中一であきらちゃん、妊娠させた。だから聖がいる。僕は何も言わない、セックスに関してはね。それとも、聖は男と付き合うことに抵抗があるんじゃ…そうなのか?聖って、ノーマルなのか?てっきり陸が好きだって言うから、ゲイなのかと…いや待て…昔は陸にお母さんになれって言ってたな。それはもしかしたら…。」
 ぶつぶつ言いながら、零は洗面所を後にした。
「なんだよ、一人で勝手に…。」
 涙もすっかり干からびて、聖は顔を洗い始めた。
 僕は、間抜けにシャワーで中を洗っていたので、洗面所のやりとりには気が付かなかった。


「ちょっと、零っ!いい加減…」
 台所で洗い物をしている背後に、零がやってきて、夕べあれだけやったのに、まだ足りないとばかりに、僕の尻に下半身を押し付けてきた。
「行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
 知らんぷりして、聖は学校へと出かけた。
「片づけは後にして…」
 ひょいと肩に担ぎ上げられ、再びベッドへ連れて行かれた。
「聖もいないし、思い切り声出して良いよ?」
 反論しようと口を開きかけたら、唇で塞がれた。
「まだ、足りない。陸が足りない…。きっと何千回、何万回抱いても、僕の乾きは癒えないんだ…。」
「エッチするのに、カッコつけなくてもいいのに…僕だって零が欲しいから…。」
 求められて拒絶するほど人間ができていない…。
 あっと言う間に二人とも一糸纏わぬ姿になり、前戯もそこそこに身体を繋いだ。
「最近さ、この状態が一番安心するんだ。変態だな。」
 脚を大きく開かれて、アナルに勃起したペニスをくわえ込んでいる体勢で言われると、なんと返答したらいいか悩む。
「僕のペニスは、陸の中にあって初めて生きるんじゃないかな…つまり…。」
「僕たちは本来、一つだった。…前に言ってたよ。」
 腕を背中に回し、零を抱き締めた。
「愛してる。」
「僕も…愛してる。」
「デートしよう。」
 ん?
「その前に一回出したい。」
 言うが早いか、ガンガンと腰を打ち付けられ、僕は悲鳴を上げていた…歓喜の方だけど。



「これさあ、聖に似合うと思わない?」
 表参道には芸能人が多数出没するので、僕らが歩いていても不自然ではないと判断して、二人で出掛けた。
「なんでデート中、他の男の話をするんだ?陸にはデリカシーがない。」
「母性愛はあるみたい。」
「無くていい、ハニーだけ愛しなさい。」
 ハニー…ね。
「あ、あれなら零に似合いそう。」
「だから…ん?」
 春物のシャツを手に取り、色々考える。
「衣装も考えなきゃな…。」
「プロに発注する?最近の陸、辛そうだよ?」
「うん…大丈夫。」
 僕、仕事してないからさ…は言わない。零が気にするからね。
「零?」
 突然、零が僕の腰に腕を回し、自分の身体に引き寄せた。
「あれ。」
 零が指さした方向に、有名俳優が若いタレントを連れて歩いていた。
「あの後、どこかに食事に行くんだよ。写真週刊誌に撮ってもらうために。彼女は一押しなんだな、あの事務所の。」
 それは解った。でもこの手は?
「こっちの方がスクープになる。」
「それは無理。だって初ちゃんが止めてるから。」
「ばーか。初にそんな根性はないよ。」
 なんで?



 ACTIVE ボーカルの加月 零とギターの野原 陸のただならぬ関係

 女性週刊誌に小さく取り上げられた、デート現場。
 しかし写真もなければ会話の一部もない。
 そう、最初は小さな記事だったのだ。
 それが気付けばインターネットの口コミで広がっていた。
 僕だけ気付いていなかったんだ。



「涼の息子とデキてるんだって?」
 おもむろに聞かれた。
「あいつは女好きなのに、息子は男かよ…って陸は裕二の息子だっけ?あいつはどっちでもイケたな…。」
 多田仲さんとの打ち合わせなのだが、本題に入れない。
「あの…今じゃなきゃダメですか?」
「それは肯定の意味にとれないか?普通。」
 意地悪…涼さんが言っていた。
「どちらでも構いません。一緒にいるのは確かですから。でも、うちには子供が居るので騒ぎを起こしたくないんです。」
「子供ったって、涼の末っ子だろ?」
 なんでも知っているんだ。
「はい…。」
「実は僕が産みました〜とか言わないよな?女でしたってか?」
「それは残念ながらないです…。戸籍上は涼さんとあきらさんの三男ですから。」
 かなり意味深な発言だと、言ってから気付く。
「ふーん…まあいいか。裕二は元気か?」
「はい、お陰様で…。」
 多田仲さんは、じーっと僕の顔を見る。
「裕二が姉貴に産ませた子って、本当か?」
 僕は戸籍上、パパのお姉さん夫婦の子だから、養子扱いなんだ。
「そんな風に伝わっているんですか?」
「芸能人だからな。」
 楽しそうに話す多田仲さんは、きっと悪意はないのだと思う。
「それと、陸は女嫌いだってこともな。」
「当たっているのはそれだけです。」
 精一杯の自制心で笑顔を保つ。
「…試していいのか?」
「なに、をですか?」
 解っていた、なにを試したいのか。
「あの子も可愛いけどな、こっちも試したくなる…。」
 あの子?
「なんのことか、さっぱり解りません。」
「あの!多田仲さん!野原はこのあと仕事が入っていて、打ち合わせは短めに…。」
 今日は、都竹くんじゃなくて、斉木くんが一緒だということに、早く気付けば良かった。




「仕方ないのかな?」
 斉木くんは返事をしない。
「どうして、零が?」
「…アクティブは、初めからそうだったんです。零さんのお父さんも知りません、多分。」
「涼さんもそうやって?」
「いや、あそこは多田仲さんが…。」
 それぞれ担当があるのか…。
「初さんも、隆弘さんも、剛志…さんも知りません。涼さんに紹介してもらって入れたんだからと、零さんが…。」
 だから、あのとき、あんなに怒ったんだ。
 零が、仕事のために、色んな人と寝てたなんて…責められない。零はACTIVEのためにしていたことだから。
 でも。
 僕は零に酷いことをしてきた。
 どうしたら、いい?
「斉木くん、剛志くんと話が出来るかな?」
「あ…はい。」
 斉木くんは剛志くんには伝えたくないのだろう。



「…気付いてた。」
 剛志くんの口から出た言葉は、僕には意外だった。
「ラジオの後、たまに消えることがあったから。」
 そっか。
「気付いてて、黙ってた。ごめん。」
「ううん…でも僕は黙っていたらいけない気がするんだ。」
「いい加減、中堅どころになったんだから、終わりにしてもいいと思うけどな。」
 零にとって、僕は心のより所だったのだろう。
「抱き締めてやったらいいよ。」
 頷くことしかできなかった。


 ACTIVEの為に犠牲にしていたのは僕だけじゃなく、初ちゃんだけでもなく、剛志くんだけでもなく、隆弘くんだけでもなく、それぞれがそれぞれに何かを犠牲にしていたんだ。


 だけど。
 零のことだけはなんとかしないと…。



 と、突然剛志くんと斉木くんが大笑いした。
「陸さん、今日はエイプリルフールですよ?」
 斉木くんが泣きながら言うから、僕は呆気にとられながらも、やっとエイプリルフールのことを思い出した。
「毎年零に騙されて悔しい思いをしてるから、陸に仕返しした、ごめん…零は隙がないんだ。」
 そう、か。そうだったんだ。
「良かっ…た。」
 涙が、
つー
と、頬を伝った。
「ごめん、冗談じゃすまないよな…。」
「ううん…ちょっと、嬉しかった。」
「え?」
「そういうこと、僕は疎いから気付かなくてみんながっかりするんだ。二人が楽しそうに僕を騙していたんだって、なんか嬉しい…変だね、僕。」
 大人の色んな事情の中で育った自分が、本当は誰よりも子供っぽくて背伸びしていたことに気づかされた。
「陸さん。好きなようにしたらいいんですよ。」
 好きなように?
「陸さんが陸さんらしくいられように。」
「そうそう。十代の陸の方がらしかったな。最近はムリしてる。仏頂面でもいいよ、陸らしいから。」
 気付かれていた。
 僕が抱いている小さな悩み…。
「ありがとう。」
「仲間だから…信じてよ。」
 うん。
 言葉にならず、涙が溢れた。
「陸さん。僕たちは陸さんが悩んでいるより、笑っている顔の方が好きです。辛かったら相談してください…都竹のこと。」
「え?」
「聖くんに、ちょっかい出しているそうですね…良いんですか?」
 斉木くんが本当に真面目な顔で聞いてきた。
「配置転換、します?」
 …ちょっと、違ってたみたいだ。
 でも、ありがとう。
 僕は幸せです。