剛志くんと斉木くんは『エイプリルフール』って言ったけれど、僕の中ではずっとくすぶって残り続けた。
最近、僕は零のことをあまり深く考えたことがないと思う。
やっぱり大好きだし、一緒に居られて幸せだけど、そばにいて当たり前…そんな風に思っている節がある。
もっと零のこと一杯考えて、大事にしてあげたい…。
「…もう、何年も前のことだから。」
久し振りの全国ツアー、今回は栃木県だ。県内なら都心部より簡単に出掛けられるだろうと、当初簡単に考えて始めたツアーだけど、色んな声を聞いていると同じ県内でも行きずらい場所もあるらしい。
だから小さい会場しか押さえられないような地域は何回も足を運んでいる。今回は足利市だ。
「そうだね、何年掛かったんだろう?」
宿泊先のホテルで荷物を解いている最中に、突然零が言ったのだ。
「多田仲さんの話だ…あれは僕のことだ。」
ああ、やっぱりな…と、ぼんやり考える。
「いつか、ラジオの後に剛志と逢ってた…って言い訳したよな?あれ、半分嘘なんだ。仕事の為に…寝た。全部自分の意思だ。涼ちゃんの口利きで芸能界に入って、裕二さんの力で仕事を得るだけじゃ先がないと…焦った。多田仲さんに話したらこういう方法もあると教えられたんだ。あくまでも一つの方法だ。当時の僕にとっては、セックスなんて握手みたいなものだったから、仕事のために、寝た。だけどさ、ある時からそれは間違っていると、気付いた。陸を裏切っているんだよ、こんな考えは。だから止めた。それからは斉木に任せたんだ、全て。彼は有能なマネージャーだよ。小細工なんて必要ないことも教えてくれた。彼は接待なんてしてないからな。」
零は僕の目を見ないで一気に話した。
「僕が、零以外の人としてみたいなんて言ったから?」
「…始めたのは、陸がレイプされたのが切っ掛けだった。そういう方法が本当にあると知った。多田仲さんの話はあまり信用していなかったんだよね。」
ボストンバックをクローゼットに片づける振りをして、無理に何か別の行動をしようと心掛けた。でないと、涙がこぼれそうだから。それは裏切られた悔しさじゃなくて、何も知らなかったふがいない自分と、あまりにも零が切なかったからだ。
「誰が、そんな話を持ってくるの?女の子ならいざ知らず…二十歳過ぎの男なんて…。」
「うん。陸がいいと散々言われた。」
笑いながら話す。
「話は…自分から持ちかけるんだ。なにもかも、自分でやった。だから初は知らない。林さんも知らない…斉木だけ感づいていたから後を任せられたんだ。」
だからか、あんな話をしたのは。
「零が考えて、零がやったことだから…。僕には何も言う資格はない。」
あの頃、零は僕たちを守ってくれようと必死だった。だから仕方ないんだよね…。
「今は、本当に何もない。何もなくても仕事がくるのは、斉木のお陰なんだ。それを剛志は知っている。健気な姿に惹かれたんだろうな。」
「それは違うよ。斉木くんは人を惹き付ける魅力を持っているんだ。健気とかじゃなくて…上手く言えないけど、敢えて言えばセックスアピール?かな。」
「陸も惹かれた?」
零の瞳がかすかに揺れた。
「うん。とても魅力的なオーラだよ。だけどこのオーラはどうやら女性には通用しないみたいなんだ。」
斉木くんの片思い遍歴は悲しいものがある…。
「…剛志も僕同様…ってことか…。」
「今聞いたことは頭の片隅に仕舞って忘れることにする。僕は違う方法で…あれ?」
斉木くんは多田仲さんとの対談、どうやってセッティングしたんだろう?
「なに?」
「うん、多田仲さん。斉木くんはどうやってセッティングしたんだろう?と思った。」
「簡単だよ。裕二さんに言えば出来ないことはない。あの人は昔、苦労しているからね。」
「…パパは、どんなことをしてきたの?」
「陸は知らなくてもいいんじゃない?あまり気持ちの良いことじゃないからね。」
なんだろう?気になる…。
「だったら斉木くんが苦労することはないんじゃない?」
「陸は、それでいいのか?」
少し考えて首を左右に振った。
男に生まれたからには、プライドを捨ててはいけない、それはパパから耳が痛いほど言われ続けてきた…唯一、僕の出生に関してだけは、プライドを捨てたと言っていたけどね。
「斉木には斉木なりの仕事の領域がある。みんなそれぞれにパートがあるのと一緒だ。」
うん。そうだね。
零にも過去がある、パパにもある。みんな過去がある。
だから今があるんだよね。
「零。昔のことは別にいいや。今が大事だから。」
「ありがとうる」
言うと零は僕を力強く抱きしめた。
初ちゃんが機嫌悪い。
「陸。とりあえず外気に当たってこい。そんなエロい顔して舞台は立てないだろ?」
すかさず反論したのは他でもない、零。
「なんで?僕たち開幕寸前にしたことあるけど、バレてないよ?」
初ちゃんの視線が痛い。
「職場にプライベートを持ち込むなって言っただろう?」
「初、それは無理だ。それに陸は少しくらいエロい方が女性客の受けがいい。」
剛志くんはさらりと言いにくいことを言ってくれる。
「なんか今日の初、ヒステリーチックじゃん?なんかあったの?」
「うるさいな!隆弘は!」
外国人みたいに両手でお手上げポーズをつくり苦笑する。
「でもいつもなら黙認するだろ?」
「陸!」
ビシッ
と、初ちゃんに指を指された。
「ごめん!曲が書けてない…。」
1ヶ月以上経っている。
「足りない資料があるなら言ってくれ、用意する。スランプなら仕方ない…」と、当たりを見渡し、「剛志、曲作り担当できないか?」
と、促した。
「別に良いけどさ、俺は。売り上げに左右するけど。」
「背に腹は変えられない。」
「ちょっと待って!僕じゃないと、問題があるの?」
初ちゃんと剛志くんが同時に僕を見た。
「クレジットに陸の名が少ないと売り上げが下がるんだ。人気者だからな、陸は。」
自覚はないが…。
「なら…頑張る。」
「よし、頑張れ。」
アラサーの五人が、なんて会話だ。
でも、頑張れ、自分!
そうだよ、男ならプライドを持たないと。
「で?ステージ上でずっと零を睨みつけて出来た曲がこれか…。」
あの日、僕は零の一挙手一投足全て見逃さないように見つめ、想いを確認した…睨みつけていたなんて失礼な!
「ざっと見た感じ、いいんじゃないかな?みんなの意見は?」
初ちゃんが譜面のコピーを見つめるメンバーを見渡す。
この曲は本当にシンプルなバラードだ。零が歌い上げる姿をイメージして作った。
「俺は好きだな。」
そう言って剛志くんがテーブルの上に譜面を置き、指で押して真ん中に移動させた。
「タイトル、シンプルなので良いんじゃないかな…最近多いだろ、『花』とか『春』とか。そんな感じ…んー…やっぱ『恋』かな?」
ドキリとした。まさに僕が考えていたものと同じだからだ。
「陸もそう思って作っただろ?」
首を縦に振った。
「忘れちゃいけない、感情かなって…。」
全員、俯いた。
…
…
くすくす…と、忍び笑い…?
「陸が発情してないときがないのに、今更恋を忘れちゃいけないってなんだか超笑える!」
…あの…笑いの中に零がいるのが頭にくるんですけど…。
「でも、大事だよな。」
隆弘くんが笑いながらフォローしてきた。
「今の十代って恋愛が心からじゃなくて身体かららしいよ。」
再びドキリとした。聖が頭に浮かんだからだ。
「セックスして、好きになるらしい。それって違うよな。違うってことを教えてやりたいじゃん。」
隆弘くんがポケットをごそごそしていたけど、思い出したように、止めた。
「タバコ?」
剛志くんが手を動かした瞬間、零が制した。
「止めるんだって、あいつのために。」
「ふーん。」
「なんだよ?」
「別にー。こっちは『愛』だな。」
「まあな。」
隆弘くんは否定しなかった。
「舞台に立つには喉が大事なんだってさ。はっきり言われたら仕方ないじゃん…。」
馬砂喜くん、仕事命だからなー。
「ってことは相手にしてもらってるんだ?」
「う…っ」
突然、隆弘くんが机を顔を伏せた。
「なに?」
僕一人、慌てた。
「肯定してるんだよ。照れてやんの、柄にもなく。」
零が隆弘くんの頭をつついた。
「良かったな。」
こくん。
隆弘くんが頷いた。
「じゃあ、これはいいとして…後は?」
…今度は僕が詰まる番だ。
「途中なんだ…どうしてもラストがピンと来なくて、みんなの意見が欲しいんだよね。」
曲は決まっている。決まらないのは歌詞だ。
僕は基本、歌詞から作る。歌詞に曲を付けるんだ。
だけど付けた曲に歌詞がいまいちな気がする。
「♪君を想う♪…確かにしっくりこないな。」
「でしょ?」
「君って言葉、嫌い。薄っぺらくないか?」
「じゃあ何にするんだよ?」
「うーん…♪愛に沈む♪とかは?」
「そんなの歌いたくない!」
「♪髪がなびく♪は?」
初ちゃんがポツリと言った。
「女の子を見つめているときって、髪の動きが気にならないか?…わからないか。」
…零も、剛志くんも、隆弘くんも…そして僕も恋愛対象が同性だ。
「俺は尻だな…でも尻を見るって訳にはいかないもんな。」
「僕は唇だもんな、字余りだよ。」
「陸は?」
「え?僕?僕は…。」
零の、どこを見ていただろう…。
「背中。」
いつも、遠い背中を追っていた。
「♪震える背中♪…悪くないな。」
初ちゃんが一人ごちる。
「二人の想いが伝わる感じだね、うん、いいかも。」
「よし、じゃあ二曲決まり。あと三曲!」
「こっちはサビの部分のメロディーが気に入らないんだ。」
三度、全員譜面に目を落とす。
「これは、マイナーに転調したら?」
「いや、全体に半音下げたら悲しい気持ちが浮かび上がってくるんじゃないか?」
「半音か…。」
全員がハミングしている。第三者が聞いたら笑うだろうな。
「陸、音。」
そうだった。何のためのギターなんだ。慌ててケースからアコギを取り出し、原曲と半音下げた物を弾く。
「転調だととりあえずこんな感じで…。」
ない、これはない!と、弾きながら思う。
「転調すると妖怪が出てきそうだな。」
同意が得られてほっとした。
「…涼ちゃんに、聞いてみる?たまには他の人の意見も聞いてみたら解決策があるかも。」
満場一致で解散となった。
あと二曲が出来ていないしね。
「そっちじゃなくて、ここにすればいいんだよ。」
涼さんの転調した作品は僕の思い描いていた物だった。
「あ、本当だ。」
「歌唱力が問われるけどな。」
「演奏もきついけど。」
「そこは十年やってるプロだろ?頑張れ。」
頭をポンと叩かれた。
「陸、無理してお父さんって呼ばなくてもいいから。」
「ちが…無理しているんじゃなくて、照れくさい…自分の親でさえ、まだパパなのに…。」
「実はさ、陸の声で『涼さん』って呼ばれるとドキドキするんだ…新婚時代に戻った感じかな?あきらはずっと涼ちゃんだと思うけどさ。やっぱり親子なんだなと、思ったんだ。」
「ごめんなさい…僕…そうだよね。涼さんからしたら僕はイヤな存在だよね…ごめ…。」
ゴツッ
頭に一つ、拳骨が落ちた。
「そんなこと、言ってない。僕は、陸に会えて良かったと、本心から思ってる。裕二さんには悪いけど、男ってさ、自分で子供を産むわけじゃないから、自分の奥さんが産んだ子供は、自分の子供だと、信じてるんだ。信じるしか無いだろ?陸は、僕の子供じゃないかと、思ってる。零と恋に落ちるために、裕二さんの所にいたんだと…。訳わかんないよな?ごめん、混乱させて…。思い出せない部分は想像するから色々考えちゃうんだ。僕の中で陸と呼応する部分がある…だから全くの他人には思えなくてさ。」
涼さんは照れくさそうに笑った。
「涼さん。僕はきっと、涼さんの遺伝子もどこかに受け継いでいると思う。だって涼さんのこと、大好きだから。」
「陸。」
涼さんが、僕を力強く抱きしめた。
「涼ちゃん、陸を口説かないでくれる?陸、涼ちゃんの言うこと、真に受けなくて良いよ。涼ちゃんは裕二さんに滅茶苦茶嫉妬してるだけだから。」
え?そうなの?
っていつの間にか又、零が現れてる。
「うるさいな!あっちいってろ!」
涼さんは僕を抱きしめたまま、零をしっしと犬みたいに追い払った。
そして、零はこのことをしっかりパパにチクってた。
「よし、全12曲。これで行こう。」
新しいアルバムとシングルの曲が決まった。
あとはレコーディングだ。
「待った!」
零のこと言えない神出鬼没なパパが来た。
「ジャケットだけどな、俺にやらせろ!」
あちゃあ。
「パパ、わがままが過ぎるよ?」
「うるさい!」
キッ
と睨まれた。
零はいたずらがバレたような顔つきだ。
「やると言ったら、」
「いいですよ?でも僕たちの意見も入れてくださいね。」
初ちゃんが簡単に折れたのでパパは拍子抜けしたらしい。
「よし!いいだろう。」
あーあ。パパは本当の初ちゃんを知らないからな。
「裕二さん、乱入してきたか…。」
零はぽつりと呟いた。
「涼ちゃんのこと、ついうっかり話しちゃったからな…。」
零がついうっかりなんて絶対にあり得ない、確信犯だ。
「また、陸が滅茶苦茶可愛い格好、させられるんだろうな…。」
そして、野原 裕二という名の悪魔が降臨する…。 |