今日は朝からなんだかイヤな予感がしたんだ。
「本当にすみません」
斉木くんは90度に頭を下げ、僕に謝意を示してくれた。
「斉木くんのせいじゃないから、気にしなくて良いよ…。」
しかしため息しかでない。
アルバムのジャケット撮影。
パパの中では伝説となっている偉大なるバンドの、活動の集大成と言って良いアルバムがある。そのジャケットと似たものを作ろうと言うのだ。
そのバンドの音楽は僕も大好きだし、キャラクターも個々が立っていて素晴らしい人たちばかりだ。
だけど…。
そのアルバムのジャケットには女性が写っている。正確にいうと女装した男性がいるのだ。
当然、僕にその役が回ってきた…。
しかも!その撮影にパパがいる…のは、まあ妥当だとしてもなぜか涼さんと多田仲さんまでいるのだ。
撮影終了後、対談用のスチールを撮るというのだ。おかしいだろう?テレビの対談番組なのに…。
「何?この衣装…。」
半分以上キレてます…。
「あの…『シンデレラ』だそうです…。」
都竹くんは踏んだり蹴ったりだね、八つ当たりされて。
「ふーん。」
待てよ?
シンデレラということは当然、王子様がいるわけで…幸いにもACTIVEには他に男が四人いる。
「誰が王子様役?」
「…零さんです。」
やった!ざまーみろ!
「あ、だから涼さんがいるのか…。」
「多分。ちなみに陸さんと他の四人は別撮りです。」
「さらし者になるけどみんなの撮影も見られるのか…仕方ないか。」
やっと納得する。
女の子だったらちょっと時代遅れだけど、フリフリが一杯付いたドレス、嬉しいだろうな。
「サイズ、大丈夫ですね。流石零さん。」
「…零が決めたの?」
「いえ、デザインは裕二さんです。」
やっぱりね。
「ヘアメイクします。」
メイク室に連れて行かれる。
「名古屋嬢風に縦ロールにしますね〜。」
「やだっ!絶対やだっ!」
僕は抵抗した。
あんな髪型にしたらおしまいだ…。
「大丈夫ですよー、かつらで対応しますから。」
「それでもやだ。」
自分の顔が男っぽくないのは、鏡に写る姿を見ても分かる。だからなおさら女の子らしくなるのはイヤだ。
「ウェーブでそれらしくしてくれる?上には僕から話すから。」
ヘアメイクさんはかつらより僕の髪をいじるほうが楽しいみたいだ、喜々としてロットを巻き始めた。
「はぁ…。」
気付いたらため息を付いていた。
「陸さん、ご自分の顔、嫌いなんですか?」
ヘアメイクの女性が、髪を巻きながら聞いてきた。
「嫌いというか、女の子みたいな顔でしょ?」
「いいえ、陸さんはちゃんと男っぽい顔ですよ。笑うと可愛らしくなるけど、ステージ上では精悍です。…下品な話で申し訳ないんですけど、セックスするならステージ上の顔がいいです…と、友達が言ってました。」
僕はうーん…と、考え込んだ。
「どんな顔してるか、わからないな。」
「え!あ!別にそんなつもりじゃないです!」
彼女の手元が怪しくなった。
「大丈夫?」
「えー!なんだか…ちょっとショックです…陸さんがその…」
「セックス?するよ」
「あー…そうですよね…うー。」
「安心して、誘わないから。」
「えー、更にショック…。」
「だって友達、だろ?」
「ごめんなさい、失言です。友達と、話しました。」
「ふむ、素直でよろしい。だけど僕、浮気はしないんだ。」
「好きな人、いるんですね。」
「いるよ。」
「いいなぁ、陸さんに愛されてる恋人。」
もうすぐ、君の手でヘアメイクするはずだよ、羨ましがられている当人は。
「だけどさ、不安にならない?『この人はこの瞬間、昇華しないか』って。」
彼女は全く意味が分からないといった顔で鏡越しに僕を見た。
「もともとセックスは生殖活動でしょ?だとしたら、自分の中でイったら作業完了になるわけじゃない?その瞬間気持ちが冷めるんじゃないかって。ならしないほうがいいのかなぁ…って。」
しばらく考えた後、口を開いた。
「それは、女性の立場から言ったらないです。逆に何もないほうが不安です。」
最後のロットが巻かれた。
「陸さん。」
「ん?」
「陸さんの恋人って、零さん…ですよね?」
え?
しかし振り向いた時、彼女はそこにいなかった。
彼女は、気付いたのか、気付いていたのか…。
その後、メイク室には初ちゃんと隆弘くんがやってきて、彼女と話をする雰囲気ではなくなってしまった。
「よっこいしょ。」
ドレスの裾を持ち上げ(都竹くんも手伝ってくれた)裸足でスタジオに向かった。靴は設定上、ガラスだから使わない、CG加工するらしい。
散々色んなポーズを要求され、メンバーは記念撮影までして着替えとなったけど、なんだか無性に腹が立つ!
メンバーもそれぞれに着替えて撮影したけど、僕は見ていない。出来上がりを楽しみにしろとまで言われた。
私服に着替えて多田仲さんとのツーショット撮影をし、その日は終了した。
「お疲れ様でした。」
メイク室で洗顔中、ヘアメイクをしてくれた彼女が通った。
はしっ。
「何ですか!」
非難めいた口調が返ってきた。
「ごめん、聞きたいことが…。」
「あ、陸さん!」
口調が変わった。
「すみません。痴漢かと思ったんで…。」
確かにそうだなと、ちょっと反省。
「ううん、僕が悪いんだ、ごめんね。でさ、さっきの…。」
「ごめんなさい!うちの兄が雑誌の編集部にいるんです。以前、陸さんの結婚式に招待されました。」
「そういうことね。」
「はい…でも…気をつけた方が良いです。当時の人間関係は随分変わっています。」
「うん。ありがとう。」
そうなんだ。薄々、気付いていた。
涼さんが言うとおり、そろそろ公表しないといけないかもしれない。
メンバーへの影響もだけど、こっちはなんとかなる。
問題は聖だけ…だよね。
翌日。
多田仲さんとの対談の日。
今日は斉木くんと二人でテレビ局へ向かった。涼さんは後から合流する。
多田仲さんに失礼がないよう、先にテレビ局入りしていないといけないから、予定より30分早く入ったのにも関わらず、多田仲さんは5分後にやってきた。
「お、早いね。裕二よりはしつけが行き届いているか。」
涼しい顔をして、パパの悪口を言う。
「僕のしつけに関しては父が一貫して行っていたようですから、僕は父のコピーだと思います。」
いけない、尊敬して止まないギタリスト…なのにどうして反論してしまったんだろう。
しかし。どうして楽屋が一緒なんだ?
「陸。」
多田仲さんは僕の名を呼び捨てにし、ニヤリと笑った。
「結婚式、俺も招待されてたんだよ。」
…そうか。当たり前だよね。涼さんと一緒にバンドを組んでいたんだから仲間ってことだ。初ちゃんが外すわけない。
「あの時の口約束、そろそろ時効だろ?テレビで公表しちゃえよ。聖も中学生だし、ちゃんと保護してくれる相手もいるようだしな。チャンスは今だよ。」
僕は初めて、斉木くんの思惑を知った。
僕に、悩みを解決しろと言っているんだ。
僕は、覚悟を決めた。鞄の中からキーケースを取り出すと、外ポケットに忍ばせてある、結婚指輪を取り出した。
「わかりました。これ、着けて出ます。」
「…零はいつも着けてるな、それ。」
多田仲さんは気付いていた。
「はい。」
「なら、話は上手く振ってやる。涼が入って来てからな。」
「はい、ありがとうございます。」
「ちゃんとギターの話もしろよ。」
「はい。」
「裕二も入れた方が良いのか?さっきから外にいるけど。」
多田仲さんは超能力者みたいだ。
「いえ、父は不要です。」
僕は、多田仲さんに笑顔を向けた。
「僕は、最初から平気なんです。気になるのは僕の関係者です。まだ小さな弟妹には両親がいるからいいんですけど、一番の気がかりは一緒にいる聖です。いらぬ推測を書かれるのがイヤです。」
多田仲さんは黙って聞いていた。
「陸さん。そんなに気にしなくていいんじゃないですか?もっと複雑な家庭を持つ子供だっています。みんなそれを乗り越えていくように生まれたときから決まっているんだと思いますよ。」
斉木くんが小さくささやいた。
「うん。」
そうだよね。なんとか、なる。
そして、収録が始まった。
翌朝。
野原陸はやはり女性だった!?
だから!
どうしてそういう報道になるかな?
…斉木くん曰くまずはアルバムの宣伝らしい…。
早く訂正してくれー。
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