やりたいことをやるには不本意なことを受け入れなきゃならないときもある
 都竹くんがニヤニヤしながら会議室にやってきた。
「新しいドラマの仕事だそうです」
「またドラマ?」
 僕はあからさまに不満を口にした。それを聞いても都竹くんは知らん振りで手帳に視線を走らせ、情報を読み上げる。
「主演、野原陸。」
 主演…ねぇ…。
「と、加月零。」


「やらない。」
「えー!」
 都竹くんは僕が二つ返事で引き受けると踏んでいたらしい。
「またツアーが延び延びになるじゃないか。」
「そうですけど、折角の共演なのに。」
「どんな顔して零と芝居するのさ…パパとだっていやだったのに…。」
 僕は芝居に関しては素人だ。まだ数本しか出演していない。しかもいつも身内が一緒だ。
「またパパのプロジェクトの一環?」
「まあ、そうです…でも…零さんが刑事で陸さんが犯人…いろんな秘密を抱えた性別不明なミュージシャンの役です。恋人じゃないです。…零さんは恋心を抱くんですが。」
 零が?ちょっと面白いかも…。
「って、性別不明って言った?」
「はい。」
「じゃあ、零は僕を女と思って恋するの?」
「まさか。容疑者相手にそんな間抜けはないと思いますけどね。」
 そっか。
「みんなの仕事はどうなの?」
「初さんは新人のデビュー作を手がけるとかで、剛志さんはプロデュース業が忙しいようです。隆弘さんは…馬砂喜さんの舞台音楽…ですね。」
 みんないつの間にか音楽の仕事してる!
「僕も本業に腰を据えたい。」
 この間から制作活動で疲れたよ。そろそろ派手にライブがしたい…。
「ドラマ関連で音楽の仕事、あります。主題歌もですが作中の音楽をACTIVEでと依頼が来ています。それと、役柄ですがミュージシャンですよ?」
「役は演じるんだからね。僕じゃないもん。」
「…陸さんってミュージシャンの仮面を被っているのかと思いました。意外です。」
 よく言われる。ステージ上の僕とステージ下の僕が違うんだってこと。だけど本人にあまり自覚はない。
「ねぇ、都竹くん。聖は何か言ってない?」
 不意に、都竹くんが押し黙った。
「言ってるんだ。」
「陸さんが異常に気を使うからイヤだと…。」
「気なんか…。」
使ってないと続けるつもりだったけど、確実に使っている。
「今回のドラマはこの間の告白が切っ掛けです。」
 この間の告白…多田仲さんとの対談番組でのことだ。
『陸、結婚観を教えてよ…今更だろうけどさ。』
 散々ギターの話をしたあと、突然振られた。
『いつも、僕を見守ってくれている人…です。』
『それは結婚観とはいわないだろ?理想の人だろうが。例えば、暖かい家庭とか、にぎやかなとか…。』
『楽しければいいんです、毎日笑っていられる家族なら。』
『で?』
『で?』
『言うことは?』
『これ?ですか?』
 僕は左手の薬指を見せた。
『何年だっけ?』
『暮らし始めたのは十年くらい前…。』
『まあ、普通の結婚って形は法律的に無理だからなぁ…でも、幸せなんだろ?』
 僕は無言で頷いた。
『彼の家族にも僕の家族にも、理解してもらうのには時間が必要だったし、世間体もあるし…だけど子供の時からの夢でしたから。』
『お嫁さん…みたいだな。』


 そう、この多田仲さんのお嫁さん発言が翌日の報道だ。
 みたいと言っているにも関わらず、アルバムのジャケットはアップになるし、テレビ局の関係者に聞き回るし…以前出したDVDのカメラマンさんにも取材があったみたいだ。
 なのに!
 零には全くなんのリアクションもないらしい。
 なんだか悔しい。
「ライブツアーが再開されないのは、ファン心理を刺激しないためらしいです。」
 ファン?
「あの対談を見て、陸さんファンなら陸さんが断定はしなかったものの相手は零さんと気付きます。あれは陸さんからファンへのメッセージと受け取ったんです。だけどまだ零さんからのメッセージは発信されていないので零さんファンはささやかな抵抗ではないですが、期待をしているんです、相手は零さん以外の人間だと。今ファン同士がぶつかったらややこしいことになります。」
 気付かなかった。僕はなんて浅はかな人間なんだろう。そしてつくづく周りの人間関係に恵まれていると実感した。
 麻祇のおじちゃん、涼さん、パパ、スタッフ、そして多田仲さんまでも巻き込んで、自我を通している。
「都竹くん、ドラマ、受けるよ。」


「涼ちゃんも裕二さんも人が悪いよね。陸はあの話がちゃんと流されていると信じているのに。」
 陸が隼くんと会社で打ち合わせがあると言って出掛けた後、陸のパパと涼パパ、零くんの三人が我が家に集まった。僕は何気に自室から聞き耳を立てている。
 三人の話を総合すると、陸は多田仲さんとの対談番組でなにか重大な告白をしたらしいけど、それは端から放送される予定がなかったらしい。
「陸の奴、いつまでもウジウジと悩んでて鬱陶しいじゃないか。」
 …陸パパ、息子に対して冷たい…。
「それが陸のいいところだと思うけど…違うのかな?」
 意外と涼パパが陸のことをみていたのでびっくりだ。
「そしてその性格は裕二さんの性格をしっかり受け継いでいる…違う?」
 零くんの一撃で陸パパは撃沈した。
「はいはい。そうですね…だからなんとかしてやろうと思ったんだろ?…かなり大掛かりだけどな。」
「いずれ陸にもわかるけど、どうする?」
「だからドラマの話だよ。お前らの既成事実をつきつける!」
「ドラマじゃないか…裕二さん、あれはキツいよ。僕は東京のコンサートで事実を打ち明けるのが一番いいと思う。僕がなにも言わないことに、陸は不信感を抱いているみたいだ。」
「ラジオで告白したら?」
 涼パパが軽く言った。僕は反対だな。最近は直ぐにインターネットで配信されて、叩かれるからね。その手のニュースは、大抵悪意のある書かれ方をする。
「なんで、他人の恋愛にみんな興味を抱くかな…。」
 日本人だからだよ。
「聖はどう思う?」
「え?」
「立ち聞きしていないで、出てきたらいい。」
 零くんには気付かれていた。
「…陸が告白するのは、僕のせいなんでしょ?だったら無理しなくてもいいよ。僕はずっと陸が好きだから。」
 部屋の入り口に立ち、大人達を見つめた。
「やっぱり、まだ陸がいいんだ。」
「嫌いになる理由がないし、好きイコール恋愛感情というわけじゃないよ?ただ単純に僕は陸が好きなだけ。ダメなのかな?」
「いいと、思うよ。」
 そう言ったのは零くんだった。



「知らない…って?なんで?」
 たまたま、中学の同級生に道でばったり再会した。
「陸がまめまめしく家事をする話は放送されていたけど、結婚したなんて聞いてないぞ…ブログで流したのか?」
 ふるふると首を左右に振り、否定した。
「インターネット関係はリーダーの仕事だからタッチ出来ないんだ。そうか、知らないのか…。」
 どうなっているんだ?
 彼(正確には彼ら)は、僕がずっと零が好きなことを知っている。
 だから一緒に仕事を始めたからには気付いたはずだ。相手が誰かを。
「そんなことより、たまには同窓会、顔出せよ。みんな逢いたがってるぞ。」
 僕は曖昧に返事をして別れた。
 また、斉木くんの罠にはまっているのかもしれない…。


 翌日。斉木くんに事務所の廊下ではち合わせた。
「罠になんてはめてません。みんな、陸さんが心配なんです。なかなか曲が上がらなかったのも、いつもぼーっと何か考え事をしているのも、悩みがあるんだろう…って。ちなみにこの間の告白は、別の番組で使います。申し訳ないけど多田仲さんの番組では知名度が低すぎます。陸さんにはもっとスキャンダラスに…、」
 斉木くんとの話は、気付いたらまるめこまれていることが多々ある。
 こんな時はなにを言っても無駄だ。
「兎に角、ドラマはやらない。ライブをやりたい。」
「無理です。他のメンバーの都合があいません。ドラマは放送枠が二時間の前後編です。ライブシーンもあるし、ファンとしてはこの上ない幸せです。」
「馬砂喜くん。」
「はい?」
「馬砂喜くんが出るなら、やる。」
 斉木くんの瞳が光った。
「了解です。」
 急いで僕の前から消えたところをみると、相当スケジュールが押しているのだろう。
 仕方ない…。最初から分かっていた。
 僕がやりたいことをやるときには、やりたくないことを最優先しないと、やらせてもらえない。子供の時からそうだ。
 パパは、ずるい。


「へっくしょん」
「ちょっと、裕二さんってばぁ。天下の色男が色気のないくしゃみしないでよぉ。」
「悪い悪い。風邪かな?悪寒がするよ。」