…その前の落とし穴。
「本当に?」
 あまりにも嬉しい報告に僕はつい、電話の向こうの斉木くんを疑うように問いかけてしまった。
「いや、違うんだ、別に疑っている訳じゃなくて、」
 でも斉木くんはちゃんと僕をわかってくれていた。
「今度は本当ですから、大丈夫です。」
 そう、声が微笑んでいた。



ACTIVE、全都道府県制覇ツアーラストスパート!
ラストは今夏、台場国際パーク!
今後の予定
福岡、佐賀、山口



 ACTIVEのホームページに掲載された嬉しい文字。
 ついに、ライブが出来る。
 久しぶりだなぁ。
「陸はライブが好きだよね」
 パソコンの前を陣取っている僕の背後から聖が覗き込みながら呟いた。
「三ヶ月前にSEcanDsで演ったのに?」
「もう三ヶ月も前だよ!」
 思わず語気を荒げてしまった…。
「今までは月一で演ってたのにな。僕はさぁ、一応ミュージシャンって肩書きで仕事をしているんだ。音楽が仕事なんだ。で、楽器に触れていたいんだよ。僕が今一番大事にしたい時間は、セリフを覚えることでも、演技をすることでもなく、そして歌詞を必死で作ることでもないんだ。自然にギターを弾けて、自然にフレーズが出てくるような環境があこがれだな。」
 聖が僕の肩に両手を置いた。
「陸はタレントじゃないもんね。」
「仕事がもらえることはありがたいことなんだけどね。」
と、一応パパの為にフォローしておこう。
「隼くんもまーくんもミュージシャン志望だったんだよね?なんで裏方で満足しているのかな?」
「零を越えられないからだと言ってた。」
「そうなんだ…そういえばこの間、インターネットのニュースでバンドが解散するわけ…って書いてあった。CDが売れなくなってレコード会社と契約が切れると事務所の負担が増えて大変らしい、なんでも好きだからと手に入るわけではないんだね。」
 …意味深だな。
「陸はいいね。初恋の人と初めて結ばれて、結婚して。仕事も好きなことしていて。挫折なんて知らないんだよね?」
「うん。聖と比べたら、僕は幸せだと思う。実の親は近くにいるし、戸籍上の親もいる。ややこしいけどね。」
「そっか、そっちの問題があったんだ。」
 聖は日に日に大人になっていくのが分かる。これは都竹くんの影響だろうか?ちょっと嫉妬に似た感情を抱いてしまう。
「そうだ、ママからの伝言、遂に家を建て替えるらしいんだ。」
 やっと祖父母の説得をしたんだ。
 一番に難色を示したのは涼さんのご両親。居候のような形になるからだ。そこは建築費用を涼さんが出すことと、敷地を広げることでクリアした。
 次はママの両親。…僕にとっても聖にとっても祖父母にあたる。
 古い家を壊したくないと言うのだ。これも老朽化を理由に説得した。
 うちはじいちゃんばあちゃんが、荷物の片付けを嫌がった。パパが業者に依頼することで説得した。
「…僕は、反対だな」
 え?今、なんて?
 思わず耳を疑った。
 当の本人は胸にピンクのハート型クッションを抱えてラグマットの上にちょこんと可愛らしく座って僕を見上げている。
「新しい家の設計図、見たんだ。星形でドーナツ状になってて、玄関は穴の方にある。大きなマンションみたいなんだ。」
「それは話が違うね。零の条件は離れだったもんね。」
「うん…ママがさ、零は私が黙らせるって言ってた。」
 ダメダメ。絶対に無理。
「ママは根本的なことを理解していないんだよね。」
 聖がちょっと興味を覚えたらしく、身を乗り出してきた。
「加月家、野原家はそれぞれに、僕たちの家は双方と等間隔でありながら完全に独立した建物、だからね。同じ建物だと立てなくて良い波がまた立つだろ?」
 そうか〜と、聖がつぶやきながら再び座り込んだ。
「加月のおじいちゃん、おばあちゃんは僕のこと、パパの子供だと思ってるんだ。でも流石に言えないよね…。」
「ママの方のおじいちゃん、おばあちゃんは?」
「え?ああ、知ってるよ。」
 そうか…。
「悩んだろうね、二人は。僕のこともあるし…一緒に暮らすのは嫌だろうな。」
 ママがやろうとしていることは、残酷なことなのかもしれない。
「僕たちは別の所に引っ越す?」
 冗談半分で言ってみた。
「今まで通り三人だけで暮らせたら幸せだね。」
 聖は、確かにそう言った。


「んっ…」
 僕の押し殺した声と、肌がぶつかり合う音と、粘膜が濡れて擦れる淫靡な音が室内に響く。
「で…るっ」
 零は突き入れる速度が段々増し、腰を揺らして最後に繋がりを深くして最奥まで穿つと大量に射精した。
 中が熱い…火傷しそうだ。
 零は僕の中で陸に上がった魚のようにびくびくと跳ねている。
 まだ十分に硬度を保ったまま、ズルリと僕の中から抜き出された。
「あ…っ」
「名残惜しそうだね」
 う…うぅっ
「そんな訳ないだろ!僕はイってないし、第一出掛けに玄関先で欲情されて犯されたんだから!」
 全く!
 玄関ドアに手を突いて、後ろから挿入された。
 …そりゃあ僕だって気持ちよかったんだけど、でも中途半端なままだ。
 急いでトイレに行き、自分で処理して洗浄機を使う。シャワーは時間的に無理だった。
 零は洗面所に備えてある、身体を拭く用のウエットシートを使っている。
「急げ、遅刻だ!」
お前が言うか!



「ふーん」
 レコード会社の会議室。
 隆弘くんが僕らの顔を見るなりそう言った。
「何が言いたいんだ?」
 零の声が低い。
「エロ親父」
 零が…固まった。
「…親父…」
 そこかい!
「隆弘、僕は無差別にエロを発揮する訳じゃない。限定商品だ!」
 ゲシッ…という音がしそうな殴り方…初ちゃんだ。
 勿論殴られたのは零。
「また隆弘をいじめてるのかよ。いい加減にしろよ!全く、零が張り切るのは陸関係か下ネタだ。もう少し仕事も関心を持ってやってくれないかな。」
「陸関係か下ネタって結局陸だけなんだな。なんか僕ってつまらない人間だな。」
 その瞬間、全員が零に注目した。
「…なに?」
「やっと気づいたか?零はACTIVEの顔なんだからな、もう少し柔軟になって話題を提供してくれないかな」
「りょーかい。簡単に言うと浮いた話ってヤツだな。」
 零は僕を見ずにそう言った。
「この間のドラマで競演した女刑事役の子、落とす?」
「零、そういうのじゃないよ。本業で見せてくれってこと。」
「なんだ。ま、その方がいいか。陸を泣かさなくてすむんだしね。辰美、斉木と打ち合わせて、バラエティー関係のテレビ番組入れといて。」
 再び全員が零を注目した。
「他のミュージシャンみたいにバラエティに出てライブの告知をする。それとも独自でやる?」
 独自、と言うのは現在自分たちが抱えている持ち場で告知・・・なんだけど、これだといつもと同じなんだよね。
「でもバラエティってなんだか場違いな気がする」
 僕は恐る恐る意見を述べた。
「陸が好きなクイズ番組は?」
「最後にトロッコに乗るやつ?楽しそう。」
「じゃあ決まり。陸と一緒にクイズ番組出る。」
 ・・・ん?なんだか話が変わっていないか?
 って、
「なんで僕が?」
 矛先が変わっていた。
「disの番組にも出してもらって、それから・・・」
 零の口から次々バラエティ番組のタイトルが出てくる。
「どれも出演依頼があるんだけど、ずっと断ってきたんだ。零が出たがらなかったからね。」
 初ちゃんが教えてくれた。
「全部零にきていたの?」
「うん。なんだかんだ言ったって、零はボーカルだからさ、一番目立つし、弁も立つ。それこそ適材適所ってヤツだね。零、クイズ番組の陸以外にもメンバーが必要な番組、ある?」
「うん。後で斉木と調整する。」
 また、零が忙しくなってしまうなぁ・・・。
「そういえば、例のドラマは放映いつ?」
「来週です。」
「だったら最後に告知が入らないか打診してみてよ。」
「チケット提供するならOKだとさっき確認しました。」
 意外にも辰美くんがテキパキと仕事をこなしている。いつまでもボーっとしている子だなぁって思ったけど、ちゃんと頑張っていたんだ。良い事だ・・・なんて僕はついつい、辰美くんが零と一緒にいるから、厳しい眼で見てしまう。
 しかし、相変わらず辰美くんとよく目が合うんだよね。
「陸さん、はい。」
 都竹くんが僕に手渡したのは世界地図とタレント名鑑とことわざ辞典。
「番組でよく出題されてますよね?恥かかないでくださいね。」
 え?ええっ!!
「だから、本当に出るの?」
「はい。」
 ・・・ちょっと、待って。なんだか・・・。
「これって大掛かりに僕をはめてる?」
「まさか。今零さんが言い出したのに、どうして陸さんをはめるなんて」
と、言っている都竹くんの顔が笑ってる。
 やられた・・・。

 そうして僕は、久し振りに猛勉強をする羽目となった。

 あーーーーーーーっ、ギターが思いっきり弾きたいっ。