声を聴かせて。

「んんっ…あぁっ…はぁっ…」
 あんっ…イイよぉ…気持ち、良い。
「れい…っ…はぁ…ん・んっ」
 左手を伸ばして零の背中に回し、右手を伸ばして零の後ろ髪を掴んだ。
 零の動きが速くなっていく…ねぇ…声…聞かせて。
「あぁっ…零っ、零っ…」
 自分の喘ぎ声とベッドの軋む音がBGM。零の声が聞きたいのに…。
「んっ、零っ…」
 背中に思いきり爪を立てた。ギリギリと音がしそうなくらい。
 言っておくけど僕は爪なんか伸ばしていないんだからね、ギタリストに長い爪は邪魔です。
 それでも零は一言も発しない、もしかして怒っている?
「零っ、イクっ、もう…だめっ…」
 最後の方は声になっていなかった。身体の奥…ずっと奥を愛撫されて快感を引きずり出される、クッとそこが締まって初めて零が小さくうめいた、でもそれだけ。
 頬に涙が伝う、それを零は黙って拭ってくれる。
 肺が大量の酸素を要求している。それと同じくらい僕は…あなたの声が聞きたい。

「…だから…声帯を痛めているらしいんだ…ここで。」
 ん?
「そんなにでかい声出してるのかな…?」
 あっ…そうだよ、零の声は商売道具で、つまり僕の指と一緒で。
「…ごめん…じゃあ…加湿器を買おうか。そうすれば少しは喉に良いんじゃない?」
 嫌だよ、これからずっと僕の声だけなんて…恥ずかしい…。
「ん、そうしようかな。全然感じないんだ、考えながらしてるから。」
「…誰がそんなこと言ったの?」
「え…」
 …言えないわけね、分かったよ。僕は拗ねたように横を向いた。
「違うっ、て…あ…その…喉が痛くて医者に行ってきたんだ、いつものかかりつけのじいさんとこ。そうしたら『風邪じゃない』って言われちゃってさ、でも最近レコーディングはしていないだろ?でライブだって1ヶ月前だし…ボイストレーニングで傷つけるわけ無いし…他に心当たりが無いからさ…」
 確かに…腹式呼吸を意識しながらHなんてしないもんね…。
「とりあえず明日加湿器を買ってくるね。それでも駄目なら…一緒に病院に行こう、僕が聞いてみる。」
「なんか大袈裟だなぁ、大丈夫だって。」
 ポリープだったら困るから…とは言えなかった。だって声が変わっちゃう事だってあるんでしょ?嫌だよ、零の声はこの声じゃなきゃ零じゃないから…なんて言ったら気にしちゃうでしょ?

「何これ?」
 零が不審な物でも見るようにグラスを掲げた。
「だいこんの絞り汁と蜂蜜が入っているんだ。この間テレビで喉に良いってやっていたから。零も見てたでしょ?」
 そうだっけ――と、疑惑の晴れない顔をして匂いを嗅いでいる。
「零君ヘンな物飲んでるぅ」
 聖がからかう。
「聖は約束の物、食べてもらうからね。」
 食卓にらっきょうを置く。
「うへぇ」
 鼻をつまんで逃げ回っている。
 朝のいつもの風景だ。なのに胸が切なくなる…幸せ過ぎて怖くなる…零がいて聖がいてその中に僕がいて、微笑みかけてくれる。
 僕の心は絶対零を裏切らないからね、信じててね――そう心で呟いて笑顔を作る。
 僕が強姦された事、零はあれから一言も触れてこないけど僕の中ではどうしても拘ってしまう。
 零は気にしないって言ってくれたけど僕は一生引きずってしまいそうだ・・・だって零が好きだから。
 こんなに自分の性根が暗いとは知らなかったよ、気が付くと思い悩んでいる。
 零が望んでくれるなら僕はあなたに抱かれたい、それが全てじゃないってわかっているけど一番近くにいるのが自分だって事、確認する意味でも…違うよ、僕はただ独占したいだけなんだ、零を独り占めしたい。
 そんなこと考えているのに、僕が違う人の腕の中にいたなんて自分で許せないんだ、例え不可抗力でも。
 零には何の障害もなくただ本能の赴くままに…抱いて欲しい…僕を嫌わないで…。
 もう2度と他の人に抱かれたりなんかしないから…今度そんな事があったら…
「陸、どうした?」
 ぼんやりとしていたので気になったのだろう、零が声を掛けてきた。
「ん?なにが?」
「いや、なんか考え込んでいる様だったから。大丈夫だって、たいしたこと無いよ、気にしなくてもいいよ。」
 そして耳元で「今夜はちゃんと集中するから…」なんて…馬鹿馬鹿馬鹿っ…でも嬉しい。
「ど・どこで加湿器を買おうか考えていたんだってばっ。」
 照れ隠しに言い訳をした。

「これと、これと…それから…ん、よし。」
 零がメモ用紙を見ながら1人でブツブツ言っている。
「どうしたの?」
「もうすぐクリスマスだろ?だからプレゼント今のうちから用意しておくんだ、間に合わないといけないから。
 陸は何がいい?なんでも買ってあげるよ。」
 メモ用紙をズボンのポケットに突っ込んで玄関で靴を履く――そんな仕草に見惚れてしまった。
「なんか今日の陸、変だぞ。何赤い顔してるんだよ・・・出掛けに誘うような表情するなよ、困るだろ、我慢するのが…」
 慌てて両手で顔を隠した…だって、だってだって…。
「お・おかしいのは零の方だよっ、朝から僕を挑発して…。」
「…綺麗に…なった。」
「へっ?」
「そんな声出すなって…折角誉めてやったのに…」
 誉められたの?
「陸はやっぱり裕二さんの子なんだなぁ…美人だよ――って男には使わないのか?でも裕二さんだって美人だもんな、陸だって当然なんだよな…。」
 そのあと零が繋いだ言葉がきっと本心なんだろう・・・
「だから…女の子は勿論、男だって放っておかないよな…誰だって陸に魅かれる…。」
「でも僕は零が好き。」
「馬鹿…最後まで聞けって…。あぁっ、もういいやっ。」
 簡単に僕の顎を右手の親指と人差し指で挟んでくれちゃって唇を塞がれた。
 そのくせ突き放す様に唇を離して「そういう事」とだけ言ってドアを出た。
「そういう事って…どういう事?ねぇ…零。」
 ドアの向こうにいる零に僕は呟いた。
 少しだけドアを開けて「早くしないと置いて行くぞ」と言われて慌てて僕はギターケースを担いで外に飛び出した。
 鍵を掛けながらしつこいくらい聞いたんだけど自分で考えろ――って言われちゃって・・・仕方ないので車の中でずっと考えていたんだけど…わかんない。
 零は今の状況を凄く楽しんでいる。前みたいにガツガツ働かなくても好きな状態で仕事できるから余裕を持って構えている。その分色々やりたい事も出来るみたいで最近はいくつか新曲も作っているんだ。
 零が楽しそうにしているのは見ていて嬉しいから、だから良かったって思っている――あのこと以外は。
 信号で車が止まった、カチリ・・・と音がして零の腕が僕の身体を抱き締めた。
「もう、考えなくて良いから…そんな顔も可愛いから。」
「なんなの?っもう。」
「陸が好き…それだけだよ。」
「そんな…」
 そんな分かりきった答えだったんだ…でも僕だって毎日…ううん一時間ごとに自分の気持ちを確認してる。
 『零が好き』
僕にとってそれが活動源なんだ。それが無かったら…なんて考えた事無いな。
 後ろの車がクラクションを鳴らした、零は慌てて発進させた。
「あっ…と、陸、帰ったら話があるんだけど…」
「帰ったら?今じゃ駄目なの?」
「ちょっと…だって陸に嫌われるような事だから…」
 僕が零を嫌うわけ無いじゃないか…そう言おうと思ったけど止めた。
 だって零の表情がとっても寂しそうだったから・・・だけど今僕の事好きって言って抱き締めてくれたばっかりなのに――僕は黙って零の横顔を見つめていた。


 バンドマネージャーの林さんと二人で打ち合わせの合間をぬって電気屋へ行った。勿論加湿器を買いに。
 林さんが店の人に色々聞いてくれたからちょっと高かったけど性能はいいらしい…・。
「零君がねぇ…そんな風には見えないけど…。まぁ陸ちゃんが健康管理はしてくれてるから、1人暮ししていた頃に比べたら全然病気しなくなったよなぁ。前はひどかったよな、月に1回は喉の調子悪くしてレコーディングに支障をきたしていたからさ。」
 ダークグリーンのスーツを身に纏い、左手を顎に添えて「うーん」って考え込んでいる姿は絵になるんだよね、
『大人の男』って感じで零とは違って…って僕は何を考えているんだ?
「――陸ちゃん、知ってるかな?零君の当時の生活ってめちゃくちゃだったんだ。」
 めちゃくちゃ…ってどんな?と、思いながらも僕は首を左右に振った。
「止めたんだけどな…声を掛けてきたファンの子とは殆ど関係してた。」
「関係…って、しちゃった、ってこと?」
 いやだ、零。僕知らないそんなこと。一緒に仕事してて帰りだって送ってくれてたのに、その後?一体いつそんなことしていたの?
「陸ちゃん…ごめんっ、俺忘れてた…君達が…その…」
 知らずに涙を流していたらしい、林さんが動揺している。
「違う――違うんだ、零がそのこと僕に話してくれなかった事が悔しくて…僕は零の何を知っているのだろう、もしかしたら何も知らないのかもしれない。」
 でも――僕にも零に言えない事があるから――それは『おあいこ』なのだろうか?


 夕飯の支度をしている時も食事中も片付けをしている時も聖と一緒にお風呂に入っている時も、ずっとずっと林さんの言葉が離れなかった。
 だから朝車の中で零が言っていた『話したい事がある』ってことを忘れてしまっていたんだ。
 聖が寝たのを見計らって零が僕をリビングのソファーへ誘われてはっ、と思い出した。零は僕の横に腰掛けてそっと肩を抱いてくれた。
「陸、お前なんか変だぞ?どうしたんだ?」
「…別に。なんでもないよ。」
 俯いたまま零の顔も見ずに答えた。
「今朝の話、今夜は止めておくよ。陸の機嫌が良くないからね。」
「機嫌悪くなんかないよ、何?」
「そんな怖い顔で、やだな。」
 零は本当に戸惑っている様だった。
「陸が…拘ってるみたいだったから、この間の事。だから…僕の事話そうかと思って。」
「零の事ってファンの女の子と…しちゃったこと?」
「ばっ、何言って…してないって。なに陸は僕のことそんな風に見ていたんだ…なんか、ショックだな。」
真剣な顔つきで零の目が僕を見た。――違うの?だって・・・。
「でも、似たようなものかな。だって…剛志と付き合ってた時同時に数人のボーイフレンドがいたんだから。」
「ボーイフレンドって…零、剛志君だけじゃなかったの?」
 零の表情が暗くなった。
「陸と一緒に仕事しているのは楽しかったけど家に送り届けた後、どうしても切なくってなにかに縋りたくて…剛志に甘えてたんだ。だけどいつも剛志だって支えてくれるわけじゃないだろ?だから毎日とっかえひっかえ誰かの所にいた。女の子はだめなんだ…陸は女の子じゃなかったから。陸の代わりになる女はあきらちゃんだけなんだ。めちゃくちゃに抱いて、抱かれて…傷だらけになって熱出したりしてさ。それでも良かった、だってその間だけ陸の事忘れていられたから。お互いの名前を囁きあいながら身体だけを求め合って…」
「いやだっ。」
 僕は両耳を塞いだ。
「嫌だ嫌だっ。零は僕だけのものだもんっ、誰にも渡さない…生まれた時から僕だけのものだから、他の誰も零の心を身体を占領しようなんて許せないっ…僕の事忘れるなんて――」
 叫んでしまった…無駄な事だって分かっている、零を困らせるだけだって分かっている。だけど嫌なんだ。
「そんなに嫌なの…かな?僕は平気だけど。」
「なんで?だって…」
 零が何を考えているのか分からない。
「今は陸しか愛していない。陸しか見ていない、陸しか…抱いてない。
 振り返ったって仕方ないだろう?例え陸の過去に何かがあったって僕は平気だよ、それは裏切りなんかじゃない、その時僕は陸に手を差し伸べる事だって出来ない意気地なしだったんだから…。
 これだけは信じて、陸が…大切だったんだ。それだけ。」
両手を首に回して顔を胸に埋めた。
「僕は許せないよ…自分が許せない…零のこと好きだって想いながらも他の人となんて…嫌。」
「じゃあ、僕のこと許してはくれないんだ。」
 慌てて上を向いて零の目を覗きこんだ。いつもの優しい色をした瞳ではなかった、そう真冬の深海のような、そんな感じ。
「零は、いいよ。ちゃんと自分で責任取ったんでしょう?だけど僕は…」
「『だけど』『でも』『だって』…さっきからそればっかり言ってる。否定し過ぎだよ、もっと前向きになって欲しい。
 いつだって自分の力で歩いてきた陸だから、これも陸の力で乗り越えなきゃ…僕には何も出来ないみたいだし。」
 何言ってるの?僕は零が好きだから悩んでいるのに、悩むなってそれは零を苦しめる事なの?分からない。
 そっと僕の頭を胸に抱いて上から下へゆっくりと髪を撫でてくれた。ねぇ、零・・・。
「陸が…僕以外の事で悩むのは…悔しいんだぞ。」
 黙って首を振る。「違うよ、零のために悩んでるのに。」聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
「僕のために?だったら忘れなさい。陸が悩んでいると僕も悩んじゃうから――」
 頭上でクスッと笑う声がした。
「陸が林さんと買い物に行っている間、僕は耳鼻咽喉科に行ってきたんだ。はっきりとは分からないけど多分精神的なものじゃないかってさ。今度は精神科へ行かせる気かよ、病院嫌いの僕に――。」
 唇に唇が覆い被さってきて息が出来なくなるまでくちづけをかわして…そのまま僕達はソファーの上で――。


「零ーっ、加湿器買った意味が無いよぉっ。こんなとこで…もうっ。」
 泣き笑いの状態の僕を抱え上げて
「そっか、折角買ってもらったんだから使わない手は無いな。」
 …僕達にシリアスって言葉はないような気がする・・・。って考えている間に寝室に担ぎ込まれた、あんっ。


 ――よーく考えてみたんだけどさ、なんか上手く誤魔化された?

 

 そうなんだ、僕が気にしていたってただ家の中が暗いだけだから、考えるのは止める事にした。
 この間のことも、零のボーイフレンド達のことも昔の事も。
 だって剛志くんのことは平気になれたんだもん、大丈夫。
 零の寝顔にそっと「おはよう」を投げかけて僕はベッドを抜け出した。



「陸ぅっ、今日はお弁当いらないんだよ。忘れてた?」
 先に目覚めた聖がキッチンで僕にじゃれついてきてそう言った。
「んー、忘れてないよ。でも今日はかれんちゃんもるみさんもお出かけって言ってただろう?
 帰ってきたら一人でお弁当食べてね。」
 分かってる、ごめん、寂しいよね1人じゃ。
「僕ちゃんとお留守番してる。」
 去年のクリスマスより少し背が伸びて顔も少し大人びてきた聖。この子にだって悩みがあるだろうに絶対そんな素振りは見せない。僕よりも聖のほうが強いのかもしれない。
「出来るだけ早く帰ってくるね。そうだ、聖の好きな物買ってきてあげるよ、何が良い?」
「いらないっ、陸と一緒にゲームするんだ。早く帰ってきてね。」
 僕の腰に両腕を精一杯広げて抱き着いてくる聖。もしも零の子供じゃなくっても僕はもう手放せないよ。
 聖のことも愛してるんだ…この『家族』が一番大切なんだって事気付かせてくれてありがとう、零。
「聖、お願いがあるんだけど…僕にも零みたいに『おはよう』と『おやすみ』のキスしてよ。」
 そう言ったら真っ赤な顔をして拒否された、なんかショック。後ろで寝起きの零に笑われて2重のショック。
 悔しいから聖の事抱き締めて無理矢理頬にキスしたら…殴られた、3重のショックだよぉ。
「そんな…聖は僕のこと嫌いなんだ…悲しいな。」
「嫌いじゃないよな、聖。」
 零が聖の髪をもてあそぶようにくしゃくしゃとしながら問い掛けると小さく頷くのが見えた。
「じゃあ…なんで?」
「馬鹿だなぁ、陸は。」
 フフンと鼻で笑われた。どうせ馬鹿ですよーだ、でも何で?
「今日は仕事無いよ。」
「えっ?」
「無くした。」
「そ・そんな簡単に…」
「いいんだ、『喉の調子が悪い』って言って断った。」
 「だから1日中…」って、おいおいっ。
「ずるーいっ、2人だけーっ。」
「聖も休んじゃう?」
「うん」
「えーっ」


 朝食後、保育園と高田さんの家に電話して今日は3人で家の中でゴロゴロする事にした。
 本当はお掃除とかお洗濯とかしたいけど零が折角作ってくれたお休みだから好意に甘える事にした。
 わざわざパジャマに着替えなおしてベッドの中でくちゅくちゅしててお昼になってもそのままくちゅくちゅしてて。
 その間ずっと零が僕達に話してくれたのはママのこと。
 聖も僕もママのことはあまり知らないから真剣に聞いちゃったよ。
「あきらちゃんはね、料理が不得意なんだよ、専業主婦のくせして。だから物心ついた時には台所に立ってた。
 で、気付いたら僕の方が上手くなっていたんだよ。おばあちゃんと僕と2人で料理してた。
 あきらちゃんは何時も窓を拭いていたんだ、『窓が汚れていると心も汚れる』って言ってさ、掃除好きだったな。
 なのにおばあちゃんの花壇の手入れは苦手なんだよ、変だよなぁ。
 髪を伸ばしたのは涼ちゃんが好きだから・・・なんて平気でのろけるし。」
 ふと聖の顔を見ると眠っていた、スースーと寝息を立てて。
「なぁ、聖追い出してHしよう。」
 僕は露骨に嫌な顔をした。
「なんで?」
 零も不機嫌な顔をした。
「こんな昼間から…恥ずかしい…」
 するとすぐに明るい顔に戻って「平気だよ、カーテン閉めちゃえば。」って、そういう問題じゃないってばぁっ。
 あぁんっ、もうっ、夕べ一杯したでしょう、だめだって・・・という科白は心の中で吐き出して首を縦に振った。
 誰よりも好きな零だから、あなたを困らせたくない。
 僕が悩んでいた事で零まで悩んだりして声が出なくなっちゃうなんてそんな繊細な人だから。
「愛してるよ、零。」
「うん…愛してる。」
 耳元でそっと囁いたいつもの科白、だけど気持ちだけはいつもより沢山積め込んでおいたからね。


 夕方、林さんから電話が来た。
『零君は大丈夫なのかい?』
「はい、もう大丈夫みたいです。」
『レコーディングが決まったから。』
 わぁっ、レコード会社が決まったって事なんだね。
「何処ですか?」
『うん、今まで通りで行く。』
「本当に?」
 どうやって口説いたんだろう、流石林さんだな。
『あ、で陸ちゃん、この間のことだけどさ、ごめん俺間違ってた。遊んでたのは剛志君の方だった。』
「…別にいいです。前の事だから。」
 そう、全て前の事だから。僕はこれから零と未来を歩くんだ。過去は歩けないからどうでもいいや。
 零もそう思ってくれたら、幸せなんだけどな。まだ勇気が無い意気地なしの僕だから抱き締めてて、ずっと。


 その夜、聖が夜更かししたのは言うまでも無い…とほほだね。