君と僕の愛の歌
愛の歌
作詞・曲 加月零&野原陸
編曲 ACTIVE


 最高なクレジットだなぁ。
 僕はアルバムのインデックス(試作品)を見つめながら心の中でつぶやいてみた。
 なのに…。
「陸、嬉しいのは分かったから、意見は?」
 全く!みんなロマンがない!
…って、何で分かったんだろう?悔しいな。
「センスがない…と思う」
 僕は手にしているアルバムCDのジャケットを見て言っているんだ。
 手描き風花柄の中に僕たちのマンガチックなイラストが描かれている。
「少女マンガ…だよね?このベースは。せめてもう少しリアリティが欲しいな。」
 すると初ちゃんが赤面した。
「ごめん。うちのが、描いた。」
 …え?まもるちゃん?
「もう少しリアルに、だな。うん、わかった。」
「プロに頼んだ方は?」
 淡々と剛志くんが聞いた。
 スッ
 机の上を一枚の紙が滑ってきた。
「漫画家の日高かつみ先生に依頼しました。」
 斉木くんだ。
 しかし。日高かつみ先生って…BL系だよね?
「こっちはえらくシャープだな」
 真ん中はないのかなぁ。
 パサッ
 日高先生のイラスト案を何枚かめくっていたら、イメージにぴったりのものがあった。イメージはアルバムとは関係のない、僕のイメージなんだけどね。
「それはシングル向きだな」
 覗き込んでいた剛志くんが的確な指摘をしてきた。悔しい…。
「愛の歌に使えばいい」
「え?変じゃないかな?」
 どう見ても男しかいない。
「歌詞って男から女に…じゃなかったか?だったら問題ないだろ?」
 んー。
「♪僕らは♪って下り、複数形だろ?」
 そうだけど…。
「何が引っかかるんだ?」
「ファン心理としたら零と自分ってシチュエーションがいいんじゃないかと思うんだけど、このイラストだと違うよね?」
「…女の子をどっかに入れて貰えばいいじゃないか!」
 剛志くんは半分、キレている。
「やだ!これはこの雰囲気が気に入ったんだもん」
「意地っ張り」
「ふんっ」
 …やってしまった…
「あの…」
 斉木くんがおずおずとやってきた。
「表をそのイラストにして裏に女の子を描いて頂いたらどうですか?」
「流石!斉木くんだね」
「気易く祐一に話しかけるなよな」
 …子供かよ…ったく!
「畑田さん。公私混同するなら…」
「分かってる、悪かった…陸も…ごめん」
 え?そんな素直に謝っちゃうの?
 そうか、剛志くんは斉木くんに言ってるんだね。本当にメロメロなんだ。なんか嬉しい。
「アルバムはどうする?」
「シングルが日高先生ならアルバムも統一しないとな」
「いや、拘らないほうがいいかも。それ、まもるに描き直し出来るか?僕から指示して良いかな?」
 零が乗り出した。
「その少女マンガっぽさが逆にいい気がするんだ。」
 初ちゃんが嬉しそうに笑った。
「あいつ、喜ぶよ。ACTIVEの仕事に関わってみたいって言ってたからさ。」
 公私混同…って、僕には言う資格がない。
「オーディションに合格したなら歓迎するよ…って、これはリーダーのセリフだろーが。」
 零は初ちゃんにすかさず突っ込みを入れた。
 企画会議は順調だった。
 …隆弘くんが、ここまで一言も発言していないことを除けば。


「零」
 会議が終わり帰り支度をしていたら、隆弘くんが、零に声を掛けてきた。
「あいつを怒らせないで…傷つけないで別れる方法を教えてくれないかな?」
 何で?
と、言いながら振り返りそうになってしまった。隆弘くんは零に相談しているのだからここは自制心を働かせた。
「…どうして僕に聞くかな?」
「慣れてそうだから」
 零は僕のことをチラッと見た。
「…誤解、されるだろ?」
 はい、しています。
「馬砂喜が隆弘に愛情を抱いているのなら、怒らせないことも傷つけないことも無理だよ。関心がないなら何とも思わない…でも隆弘が言いたいのはそういうことじゃないんだろ?」
 少し、間があった。そして隆弘くんは語り始めた。
「馬砂喜の足を引っ張っているのは俺なんじゃないかな…って思う。正直、頻繁に会っているわけじゃないし、セックスもそんなに回数こなしているわけじゃない。ただ、互いに居心地が良くて友情よりは愛情に近い感情を持っているってことなんだと思う…簡単に言えば、枕営業、やらせたくないんだ…」
 枕…営業?
「隆弘、それは友情じゃない、愛情だ。」
「友情以上愛情未満なんだよ」
「ないって、そんなこと。…なら馬砂喜に言えよ、俺以外の人間と寝るなら会えないって。」
 隆弘くんの表情が変わった。
「陸、陸なら僕になんと言われたら傷つかずに別れられる?」
 突然、零に話を振られて僕は焦った。
「ないよ、そんな言葉は。なんと言われても傷つく。でもそれは愛してるからだと…違う?やっぱり気持ちの問題だよね。馬砂喜くんが隆弘くんを愛してたら、傷は深いよ?例え表面的には取り繕ったって、馬砂喜くんは俳優だからさ、プロの。」
 隆弘くんが虚を突かれたと言う表情で僕を見た。
「そうだった、馬砂喜は俳優なんだ…」


 枕営業って、前に剛志くんに言われた、あれ…だよね?
 そう思ったらいてもたっても居られなくなった。


『もしもし?』
 眠そうな声の馬砂喜くんが出た。
「陸です。ごめん、寝てた?ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
『何?』
 なんとなく不機嫌だ。
「隆弘くんと付き合ったのは練習?」
『え?何のこと?』
「男同士のセックスがどんなものか、体験したかったのかってこと。」
『まさか。何の得もないじゃないか。』
 馬砂喜くんの今のしゃべり方は男だな。
『陸は、仕事を貰うために人に頭を下げたことなんてないんだろうな…僕たちみたいな立場の俳優は、余程人気が出ない限り、例え大人気の連続ドラマに出演出来たとしても又次の作品に出るためにはオーディションを受けたり、プロデューサーに頭を下げなきゃならないことが沢山あるんだ。知らない人間相手に脚を開くこともたまにだけどあることはある…はっきり言えばね。だけどそれは隆弘と出会う前からだし、最近はやってない…隆弘に操を立ててる。だから隆弘が悩んでんだよ、僕に仕事がないから。』
「ちょっ、馬砂喜くんって、え?だって…」
『うん、隆弘が初めてじゃない。分かってるだろうけど隆弘には言いたくない。秘密だからな。』
 わー。本当に馬砂喜くんの話は分からない。大半が嘘っていうかそのときの役柄になりきった状態での対応なんだ。
『心配しないでも、隆弘と二人の時は素になってるよ…今もな。』
 そうか、良かった。


「振られた…そうだ。」
 隆弘くんから零にメールがきた。
 内容は
馬砂喜から一方的に振られた
だけだった。
「自分が傷つくのは構わないんだよな?今回のケースは。」
 僕は首を縦に振った。
「何でだろう?」
 僕にも理由は分からない。
 でも…余計なことをしたのかもしれない。
 馬砂喜くんに電話をしようとした時だ、僕の携帯電話が鳴った。メールの着信音だ。
 画面をみると馬砂喜くんからだ。
振ってなんかいないからな
ただ、それだけ。
 でも二人の間で何か決めたんだと、零と僕は判断した。


「…引き受けた…って?」
 その晩、珍しくパパが我が家にやって来て開口一番馬砂喜くんの話を始めた。
「マネージメントに決まってるだろ?隆弘とあいつ、ややこしい関係らしいからな。」
 確かに、ややこしいといえばややこしい。ゲイでもないしバイでもない、アブノーマルなわけでもない…。
「でも、馬砂喜くんは舞台俳優だよ?パパの所はテレビで活躍している人がメインじゃないの?」
 すると、パパが心外だという表情をした。
「俺さ、毎年夏になると舞台の仕事演ってるんだけどさ、知らないのか?」
「いつから?」
「五年前から」
「ごめん、その頃は既にパパに興味が無くなってたかな」
「…最初からないじゃないか…」
 パパに腕を捕まれ抱き寄せられた。
「陸の為になるなら、何でもしてやる。馬砂喜のことは任せろ。」
 パパは何でも知っている。
 だから任せろって言われたら素直に従おう。
「うん。ありがとう。」
コホン
 背後から咳払いが聞こえた。
「裕二さん…いや、お義父さん。陸は僕のモンですから、腕を解いて頂けますか?」
 いつにない丁寧な口調だ、相当怒ってるな。
 しかし、パパは僕を抱きしめる腕に更に力を込めた。
「たまにしか抱けない我が子を手放すか、ボケっ」
「お義父さんって、涼ちゃんとあきらちゃんより年上なんですよね?それにしたら子供ですね。」
「悪かったな、俺は世界一子供で世界一親ばかなんだよっ」
 パパの手が…お尻を撫でている〜!
「止めてよ、気持ち悪い」
「零にはやらせるくせに!」
 パパ、完全に拗ねてる…。
「ゲイなら…犯っとけば良かった」
 いい加減にして〜
「本気だよ。陸、愛してるよ。」
 パパ?
「ばーか」
 パパの腕が唐突に離れた。
「兎に角、馬砂喜のマネージメントは引き受けたから。」
 言うとさっさと帰って行った。
「陸」
 零が怒りMAX状態だ。
「今夜は覚悟しろよ」
 なんなの〜


「うっ」
 腰が痛い。
 でも今日は昨日の続きでレコード会社でのミーティング。
「まもるのイメージは剛志と斉木なんだってさ。」
 初ちゃんがおずおずと昨日ダメ出ししたイラストの修正版を見せてくれた。
「言われてみれば…」
 零がじーっと見つめている。
「無理。違う。」
「だよな…僕もそう思う。」
 隆弘くんもポツリとつぶやいた。
「祐一はそんなに線が細くないし、柔らかい表情も他人には見せないからな。」
 剛志くん、爆弾発言…。
「ちなみに陸だって…」
「わー!もうっ!いい加減にしてよ!」
 なんでパートナー談義になるかな。
「陸」
「ん?」
「教えてやったら?」
 え?
 あ!
「隆弘くん、馬砂喜くんのマネージメント、うちでやることになったよ。」
「なんで?」
「なんで…って」
「あいつ、舞台で生きていきたいって言ってた…テレビとか映画は向いてないって。だから劇団にいるのに…」
「パパが舞台方面にも顔が効くんだって。」
「そっか…じゃあいいか。…陸、今夜零は初とラジオだろ?久しぶりに…」
「ダメだ」
 零が間に入って邪魔を始めた。
 隆弘くんは馬砂喜くんを側で見ていてあげるのではなく、陰で支えるんだろうな…そんな気がした。だからこれで終わってしまったのではなく、続いて行くのではないかと、勝手に思っていた。
 きっとこれが隆弘くんの愛の形。
 初ちゃんにも、剛志くんにもそれぞれに形があって、みんな違うんだ。
 勿論零と僕にだってちゃんとそれぞれの形がある。
 だから、運命の相手なんだな…って…思う。
 誰もが愛の歌を歌っているんだな…なんてね。
「隆弘くん、やっぱり今夜飲みに行こうよ。僕、焼鳥屋がいいな〜」
 零が初ちゃんと話しこんでいる間に、こっそり隆弘くんに告げた。
 隆弘くんはニッコリ笑いながら、
「馬砂喜も一緒だけどいいか?」
って聞かれた。