Step by step
 二転三転した家のことも、ついに建て直しが決まり、いよいよ引っ越しが始まった。
 兎に角みんな荷物が多いので、要らない物は処分して、要るものは倉庫に預けたり仮住まいに持って行ったりとてんやわんや状態。
 当然我が家にも零が加月の家に置いてあった物、僕が野原の家に置いてあった物が一杯あったので、客間を仕切って突っ込むこととなった。
 どこの家も荷物が溢れかえり、足の踏み場もない状態。
 涼さんとあきらママは涼さんの両親が所有するマンションへ、夾ちゃんは大学近くの賃貸マンションへ引っ越し、野原一家は事務所隣の賃貸マンションが二世帯仕様なので、
じいちゃんとばあちゃんを連れて行きました。
 三棟の家を壊すのはあっと言う間で、思い出に浸っている余裕もありません。
 叔父さんから借りた土地に野原家、じいちゃんばあちゃんの家があったところと野原家があったところに僕らの新居、加月家の位置は変わらないけど建物は三世帯分になるの
で規模が大きくなりました。
 渡り廊下とかは止め、普通の住居です…だって隣同士だし…。
 ただし、僕たちの家は大きいです。一階に三十畳のリビングダイニングキッチンを作り、みんなが集える場所にしました。
 二階は広めの個室を三つに。
 地下には誰でも使えるオーディオルーム完備です。
 みんなで暮らせる家は理想的だけど、将来的なことを考えたら難しいしね。
 零と僕は相変わらず同じ部屋だけど、聖はどうするのか、それは聖に任せることにしました。こっちもどうなるか分からないから。


「壊すのに二週間、建てるのは半年かぁ…まあ、高校受験には間に合うね。」
 する気があるのか定かではないけど、聖が勉強の方向に考えを持っていけるようになっただけ良かった。
 あきらママとばあちゃんからの干渉はなくなったので気分的には楽になったと思うけど、こればかりは分からない。
「聖はやっぱりうちの学校を受験するの?」
「まだ決めかねているんだ。本気で裕ちゃんの会社に入るなら経営を学びたいから大学に行きたい。それには有る程度の私立じゃないとあとが大変だよね。ほかの仕事を選ぶなら、
大学はどっちでもいいし…。」
 僕も、今年の四月から通信教育の二年に再入学する。
 一年だけ、校舎のどこかですれ違う…なんて想像していた。
「もう少し、考えてみるね」
 そう言って聖は部屋に消えていった。


 大きく肩で息をしながら、行為のあとの気だるさを身体全体で受け止めていたとき、零が僕の身体を抱き寄せ、耳許に唇を寄せているにも関わらず独り言のように言った。
「正月から都竹と会ってないよな。」
 …そう言えば、都竹くんが休みの日に、聖がいそいそ出掛けていかない。
 普通に会話には上ってくるから電話はしているみたいだ。
「お父さんの陰謀かな?」
 パパだったらやりかねないよな。
「そうしたら都竹は正月から休んでいないことになる。」
 …確かに。
「明日会ったら何気なく聞いてみるよ。」
「陸に何気なくはムリだろうな。単刀直入にそのままズバリ聞くんだろう?」
 ふふん。


「通信教育?」
「ええ。四月から陸さんも高校の通信制に通い始めますし、聖くんも受験勉強が追い込みになりますよね。僕もなにか頑張ろうと思って、カラーコーディネーターの資格を取ろうと思って
ます。」
 零に言われたとおり、ストレートに聞いてしまった…。
「何でカラーコーディネーター?」
 すると都竹くんは意外な回答をした。
「…自分のワードローブを開いたとき、無難な色の服しか見あたらなかったんです。だから…。それにこの資格だったらアクティブの衣装とかステージの装飾に役立つかもしれないじゃな
いですか。」
「あのさ、都竹くん。いつまでアクティブのマネジメントをするつもり?野心を抱こうよ。」
「…不要ですか?」
「どうしてそうなる?違うよ、出世しようよ。たまに大御所さんに何十年も付いてるマネージャーさんがいるけどさ、斉木くんだって付き人からマネージャーになって今は統括マネージャーだ
よ?いずれは…」
 あ。
「うん、まあ、そういうことだよ。」
「新人が入ってきたら、移動がありますよね、きっと。」
「そうだね。」
 つまり。都竹くんは陰から聖を支えてくれるつもりなんだ。
 聖は、パパに言われた会社経営に興味を抱き始めている。
 でもあのパパがいきなり経営者として迎え入れることはない。新人として、所属しているタレントの付き人から始めるはずだ。
 その時を、待っていてくれているんだね。
「でもさ、まだまだ先だよ?」
「何がですか?」
 都竹くんは明後日の方向を向いて、僕の言いたいことが分からないような振りをした。
 だから僕は心の中で都竹くんにありがとうと呟くことにした。
 いつか、都竹くんの想いが報われますように。


「斉木くん?」
 単刀直入に聞いた僕とは違い、外堀から攻めるのが零。
「辰美は簡単にしゃべるからな。斉木になんか言われたらしいよ、都竹。」
 なんだろ?心当たりがない。
「で、剛志を突いてみた。」
 剛志くんと、話したんだ。
「なんだよ?…陸だって、夾と二人きりで会うだろ?」
「…ごめん」
 思わず俯いてしまった。
「だから、剛志の話。聖とは恋愛感情抜きで付き合うように諭したらしい。」
 なんで?
「タレントは商品、商品の家族もしかり。…だってさ。」
「つまり、斉木くんが聖のことも管理するの?」
「違うよ、都竹に聖も商品として扱うようにってこと…傷をつけるな…傷つけるな、だよ。」
 なるほど…
「余計な…ことだよね…」
「だから違うよ。陸のことだよ。頭くるよな。みんな陸が大事だなんて…ACTIVEのボーカルは僕なのに、なぜかギタリストばかり注目される…。」
 零は、僕の身体を抱き寄せた。
「陸を大事にして良い権利は僕が自力で勝ち得たのに…それこそ、」
 僕は、零の身体を力ずくで押しのけた。
「うそつき!僕が零に告白したのに!抱いて欲しいって言ったのに!」
「いや、抱けとは言わなかった、泊めてくれって」
「それがそういう意味なの!あの時の僕にはあれが精一杯だったんだから!」
 なんか。
 腹立つ!
 僕は無言で寝室を後にしてさっさとバスルームを使い、直ぐにふて寝した。
 零はかなり経ってからベッドに潜り込んだ。


「ん…」
 温かい感覚に目覚めた。
「おはよう」
 目を開けたら、零の顔があった。
「おはよう」
 は!夕べはなんか怒って寝たような…。
「…したい…」
 耳許で囁かれた。
 身体を密着して、変化をまざまざと太股に感じているのに拒む事なんて出来ない。
「うん」
 途端に零は僕の上に圧し掛かってきた。


「だーかーらー!」
 朝から二回もした零は元気だ。
「セックスしようと誘ったのは僕だよ。」
 零はまだ言っている。
「聖はどっちだった?」
「僕。隼くんはまだダメだっていうから強引に。」
 なに!
「強引にどうしたんだ?」
 零は辛抱強く聞いている。
「犯した」
 え?
「都竹くんを?」
 そうか、そうだったんだ…。
「新しい家に、隼くんは来ないって。僕が大学を卒業して、社会人になったとき、零くんにちゃんと挨拶して連れ出すんだってさ。執行猶予なんだってさ。難しいよね。」
「…ちょっと出掛けてくる。」
 突然、零は立ち上がると何処かへ出掛けていった。
 一体どうしたんだろう?


 夕方戻ってきた零は恐ろしいことを言っていた。
 あまりにも恐ろしくて、思い出したくもない…。
 でも…やるんだよね、きっと。
 いや、確実に…。
 ただ。
 なんであの話なんだろう?
 どうして突然出かけたんだろう?
 僕には全く状況が見えなくて小さな不安が心を暗くしていた。