上を向いて歩こう
 誰が考えたんだろう、こんなこと。
 でも、僕の衣装が恐ろしいことになっていくことが唯一の厳しいところだけど、それ以外は普段通りのことなんだ。
 ただ、
『いつ、どこへ』
が確定しているだけなんだけど大丈夫なのかな?
「…すみません。」
 ミーティング中、傍らで都竹くんに小声で謝られた。
「僕が、零さんに話しました。」
「都竹くんが?」
 じゃあ、あの日零が出掛けた先は都竹くんのところだったんだ。
「じゃあ陸はこれでいいか。」
 初ちゃんがさも当然というように決めてきた。
「あのさ、どうしていつも僕だけそんな衣装なの?たまには普通でもいいじゃない」
「みんなが見たいと思うものを作るのがパフォーマンスだろ?」
 …そうだけど。
「ごめんなさい、僕が言いました。」
 隣で再び都竹くんが小さくなって詫びている。
 謝るくらいなら零の前でそんな話を金輪際しないで欲しいよ…と、心の中で呟いたものの、冷静に考えたらなんの問題もない(くどいけど衣装は除く)ことなんだよね。
「じゃあ次は零だな。」
 だからなんで僕から決めるんだ?普通はボーカルからでしょ?
「これでどうかな?」
 剛志くんが指さした雑誌の写真は特に奇をてらうでもない、ごく普通の今時の大学生が好む服装だった。
 僕の中でムクムクと悪戯心が沸き上がった。
「宝塚の男役がいいな…」
 全員が、僕を振り返った。

 ざまーみろ!



告知
明日、東京の街にアクティブのメンバーが繰り出します
どこで、どんな服装をしていたかを教えてください
正解者にはプレゼントを用意しています
東京以外の方にも朗報です。
宣伝カーが走ります。どこで見つけたかを教えてください。
更にどっちもムリっぽいという方にはささやかなプレゼントを予定していますので当日は公式サイトをご確認ください。サーバーを強化して待っています!


 これを、ホームページに掲載して夕方のテレビ番組で報道した。



「え?」
 しかし夜、零に告げられたのは全く違う内容だった。
「やばくない?」
「へーき」
 そう言って零は僕を抱き締めた。


 翌日、イベント決行日。
 当初の予定では、零と辰美くんが都内の大型家電量販店を回り(宝塚は却下され剛志くんの案が採用された)、僕は都竹くんと青山から表参道を経由して渋谷までを案の定
女装して歩く予定だった。
 昨夜零が話してくれたのは、都竹くんとの密談の内容だった。
 聖のことからどうしてこんな話になったのかは謎だが、零と僕が堂々とデートする方法だ。
 ちなみに。
 初ちゃん、剛志くん、隆弘くん、斉木くんは宣伝カー担当。つまり都内をウロウロするのは初めから零と僕だけなんだ。
 予定を変更して僕は女装を免除してもらい、ジーンズに白いセーターと赤いコートを着た。
 零は黒のダウンジャケットとネルシャツに綿パン。
 勿論二人ともマフラーで半分顔を隠している。
 そして、普通に電車に乗ったのだ。
「だってお笑い芸人の耶麻郷さん、毎朝ツイッターで大江戸線に乗ってるってつぶやいてるよ。」
「あの人だったら背は高いし顔も売れてるから確実に見つかるよな。すごいな…よし、電車に乗る!」
 …予定の場所は行かなくて良いのだろうか?
「大丈夫。僕が行くはずだった家電量販店巡りは、都竹と聖が囮で行くから。」
 ふむ。そういうことか。
「新居に欲しいものを見て来いって言っといた。」
 …あまり楽しいデートじゃないね。
「行くぞ、ディズニーランド。裕二さんが嫌いな場所だしな。」
 都内じゃないけど…いいか。


 朝から夕方まで散々遊んだにも関わらず、零は元気だった。
 夜に都内へ戻り、予定通り青山のブランドショップを覗いて靴を買い、原宿で洋服を見て衣装を考え、渋谷の居酒屋に入った。
 居酒屋に零と二人きりで入るのは初めてだ。ドキドキする。
 今夜は見つかっても平気、既に告知してあるのだから。
「陸、都竹は時間を言ってなかったか?」
「え?一日中じゃないの?」
「いや、タイムアップがあったような…ま、いいか。」
 二人は共に携帯電話のアンテナが一本も立っていないことを確かめて、電源をオフにした。


「タイムオーバーですよ。」
 家に帰り着くと聖と都竹くんが二人でオセロをやっていた。
「二人きりの時間を作ってやったんじゃないか」
「別に必要ないです」
「えー!」
 零の回答に都竹くんが反論したら聖が抗議した。
「陸、洗濯機はさぁ、全自動で乾燥までしてくれるのがあったよ」
 突如、聖が今日の収穫を話し始めた。なんだか…ぎこちない?
「じゃあ、僕は帰ります」
「え?泊まっていかないの?客間は込み合ってるから防音個室に布団敷くよ?」
「いえ、今夜は失礼します。」
 そう言うと、都竹くんは帰って行った。やはり変だ。
 何があったんだろう?
「家の中が雑然としすぎているから居づらかったんじゃないか?」
と、零は言うけど、なんかいつもの都竹くんとは違う感じがしたんだ。
 気のせいなら良いけどね。
 あれ?
 もしかして今日の企画は僕たちのためだけじゃなくて、都竹くんと聖のためでもあったんじゃないだろうか?
 だから零と都竹くんがこっそり打ち合わせしたのかも。なーんだ。
 だったら勘違いだな、うん。


「なんでディズニーランドでイチャイチャしていたのかな?」
 初ちゃんは言葉は否定的だけど表情は楽しげだ。
「僕も聞きたいよ?なんで僕たちだけだったのかな?」
 デコトラの衣装は事前に決まった女装のもの。ミーティングで決まった後、撮影スタジオの衣装部屋から借りてきてそのまま撮影した。
 真っ赤なロングセーターにピンクのフワフワしたミニスカート。下にレースの白いレギンスを履いて更に黒のニーハイロングブーツを履いたから脚の露出はなかった。
 メイクさんにつけまつげやらエクステンションやら色々付けられて誰だか分からないくらいの厚化粧。
 その横に零が立った。
 白のスーツに黒いシャツ…ノーコメントです。


《ディズニーランドでデートしていた風の零と陸を見ました!》

《ディズニーランドで手を繋いでラブラブな零と陸がいました。》

《渋谷の居酒屋でのんだくれてクダを巻いてる零を発見!陸が困ってました》

《アキバの電気屋にいたのは零かな?》

《表参道で腕組んで歩く零を見つけました。一緒に陸もいました。》

《一体どんな設定なんでしょうか?零と陸が原宿で歩いていましたが妖しい雰囲気でした。》

《青山で靴を買ってる陸さんを見かけました。すごく可愛かったです。》

《渋谷の道玄坂で誰かを待ってる風な零を見ました。》

《丸の内線内で陸とお話しました》



「こんな内容だ」
 初ちゃんが見せてくれたのはメールをプリントアウトした束。
「イチャイチャしてたんだ?」
「だからどーした?悪いか?」
 …零が開き直った。
「たまには良いじゃないか。初はいつも二人で歩いてるだろ?剛志と隆弘だってなんだかんだ言いながら巧くやってるじゃないか。なのに最初から僕たちだけ、徹底的に否定される
…いい加減、うんざりだよ。」
「…悪い、そんなつもりじゃないんだ。零はうちのバンドの顔だろ?目立つ報道はプラスになるときとマイナスになるときが、」
「わかってる。わかっててやっているんだけど…感情が悲観的になるんだ、ごめん。」
 すると…
 隆弘くんが何故か僕を抱き締めた。
「苦労してるんだ。」
 ん?
「隆弘くん?」
「抱き締めるなら零より陸の方が良いじゃん。」
そういうこと?
「…この機会に、ファンの前で公表しようかと思う。陸のこと。…まだ聖のことは早いから…。」
「零?」
 そんな話、聞いてない。
「…だからその腕、止してくんない?」
 零はうつむきながら隆弘くんの腕を僕から引き剥がした。
「…今度こそ、陸をちゃんと守るために公表する。」
 零が真っ直ぐに初ちゃんを見た。
「大丈夫だ、その文面見たら殆どがそれを期待していると思う。」
 剛志くんは立ち上がると、後ろから椅子ごと零を抱き締めた。
「陸を泣かすなよ?」


 プロポーズとも、結婚式とも違う、本当の零の決意はここからなんだと実感した。
 今まではプライバシーまで切り売りするのが芸能界で生きる上での必要なことだと信じていた。
 でも、僕たちだって一人の人間だもん、幸せは祝福して欲しい。


 零と僕は、上を向いて歩くことの楽しさを覚えてしまったから。
 どれくらい祝福してもらえるだろう?どれくらい非難されるだろう?どれくらい嫌悪され背を向けられるだろう?
 だけどこれから先もずっと欺いて生きていくのは辛すぎるから。


「都竹と話して決めた。今回の企画は布石だったんだ。だから必要以上にイチャイチャしてみた。…もう一度プロポーズするよ、結婚しよう?」
 何度も何度も、零は僕を幸せな気持ちにしてくれる。