午前三時の抱擁
 零のラジオ放送が終わった。
 次の番組が始まったところで、スイッチをオフにした。
「明日、学校でしょう?寝ないと勉強に身が入らないよ?」
 いつまでもリビングに居座っている聖に向かって、さりげなく言ったつもりだ。
「陸って悪魔みたいだよね?自分の好きな人以外にはとことん冷たくて付け入る隙も与えない…例外があるけど。」
「…夾ちゃんの事ならもう言い訳はしない。」
 このままリビングで零の帰りを待つつもりだったけど、聖が戻る気配がないので出来るだけ視線を合わせないようにして寝室に移動することにした。
「僕は、例外になりたくない。ねぇ、どうして零くんに操をたてるの?いいじゃないか、三角になったって四角になったって、好きな人同士が一緒になっても構わないよね?」
 …聖は何を言っているんだろう?
「零くんと結婚していたって僕と付き合うのは別に法律に触れるわけじゃないし、もともと倫理観なんてないんだし、良いじゃないか。」
「聖」
 目を、合わせないでいようと努力していたのに、僕はその目を見据えてしまった。
「僕が、許せないんだ。零と同じように聖を愛することは出来ないよ。確実に零への比重が多くなる。その時になじられても僕にはどうすることも出来ない。初めから分かっている
ことなんだ、すべて。」
「陸は…やっぱり僕のことは息子としか見ないんだね?意地でも。」
 聖の身体がゆらりと揺れた。
「なら…無理矢理その地位から陥落するしかないんだね?陸の一番嫌いな強姦という手段で。」
 聖の手が僕の身体に触れる前に立ち上がった。
 聖の身長は僕と殆ど変わらないくらいになっていた。
「悪いけど、聖に力で負ける理由がないんだ。遠慮する必要はないんだから。」
 しかし、僕に聖を蹴りつけるなんてことは出来ないし、腕力にも自信はない。
 案の定、聖が腕を伸ばして僕の着ているシャツの裾を引き寄せただけで、あっけなく僕は聖の腕の中に抱きすくめられていた。
「…隼くんは…僕を哀れんでいるんだ…だから、」
 耳に直接囁かれる。
「・・・僕だって!陸に一目惚れなんだ。誰にも言わなかったけど陸に会ってずっと一緒にいたいと思ったんだ!」
 再び噛みつくように唇を重ねられた。舌を痛い程吸われ、翻弄される。
 頭の芯がぼーっとして、下半身に血液が集中する。
「陸…硬くなってる。」
 イヤだ、ダメだ、違うんだ
 どれも違う。
 聖の下半身が僕のたかぶりに擦り付けられる。
「あ…んっ」
「ほら、零くんじゃなくても感じるんだろ?誰でもいいんだろ?」
 違う…。
 聖の手が、服の上から形をなぞるように動く。
「ん…」
 ドクッ
 音を立ててはぜた。
「…何にもしなくても、イくんだ」
「はな…せ…その手を離せ」
 バチンっ
 聖の頬が大きな音を立てた。
「そうだよ、僕はこんな身体なんだ、刺激されれば簡単に感じる、淫乱なんだ。それの何が悪い?零はそれで喜んでくれてる。ほかに使うつもりはないんだから問題ないだろ?」
 頭がガンガンする。
 僕は聖に嘘をついている。
 零に散々言い続けていた、零以外の人とセックスしてみたいと思うのはなんとなくだけど相手を聖に想定していたのではないかと、思う。だから夾ちゃんのときに躊躇わなかったん
だ…多分。
 いつか、聖の求愛に屈服して求められ、組み敷かれる日を望んでいるんだと、思う。
 それを今悟られたくはない。
「じゃあ、どうして期待させたの?十六歳になったらなんて…」
 聖が子供だと侮っていた。
「嘘じゃない。聖が十六歳になったときに一番に僕を見てくれるなら、一度くらいはいいかな…と。でも都竹くんがいるじゃないか。」
「だからさっき言っただろ?隼くんは全く振り向いてもらえない僕を哀れんで付き合ってくれたんだ・・・自分の境遇に重なるから…陸は一度でも隼くんの気持ちを考えたことがある?
隼くんが誰を好きか、」
「それ以上言わないでっ」
 僕は耳を塞いだ。
「みんなみんな、僕の何がいいの?僕は零だから好きなんだ、誰でもいいわけじゃないんだ。」
 聖が笑った・・・ように感じる。背を向けられてしまったから顔は見えなかった。
 慌て両手を耳から外した。
「隼くんも僕も…夾ちゃんだって陸だから好きなんだ。誰でもいいわけじゃないんだよ。」
 悲鳴のような声で叫ぶと、部屋に消えた。
 僕は、馬鹿だ。
 恋をするのに理由はない。
 ただ、好きになっただけ。
 そんなこと僕が一番分かっていたことなのに・・・。
 聖の部屋のドアが開いた。
「ごめん、僕がいけないんだ・・・だから・・・嫌いにならないで。息子でいいから。ずっとそばにいたいんだ。」
 それだけ言うと再びドアは堅く閉じられた。
 僕は今更ながら聖を引き取ったことに後悔した、聖を苦しめてしまったことを。
 この状態をどうしたらいいのか、僕一人では解決できない。
 急いでリビングのテーブルを片付けると、寝室に籠った。
 零が帰ってくるのをひたすら待っていた。


「聖のためだと思って公表したのに、聖にとっては逆効果だったんだな。」
 朝、部屋から出てきた聖に向かって、零がいきなりぶつけた言葉だ。
 結局僕は零に何も言えなかった。
 電気を点ける事も出来ずにベッドに腰掛けて凹んでいた。
「言っておくけど陸は僕に何も言っていないよ。言わなくても陸に何があったかなんて分かるんだよ。」
 聖は零の顔も見ずに洗面所に向かった。
「陸は、僕のもんだ。誰にも渡さない。どうしても欲しいなら、正々堂々と戦え。」
 ・・・え?
 聖が、立ち止まった。
「・・・いいの?」
「約束、したからな。期限は聖の来年の誕生日までだ。但し二股は駄目だからな。」
「零っ!!」
「陸は、自信がないのか?聖に靡いてしまう可能性があるのか?」
「・・・分からない。聖がこれ以上魅力的になってしまったら、零より好きになるかもしれない。」
 やばい、零の目が据わってる。
「陸、ごめんっ」
 聖は急いで身支度を整えると、逃げるように学校へ出掛けて行った。
 僕は案の定、寝室に引きずり込まれて腰が立たなくなるくらい攻められた。


「あんっ…」
 零を受け入れていた場所から力尽きた零が引き抜かれた瞬間、
 グポッ
と音を立てて零が注ぎ込んだものが溢れ出た。
「これだけセックスしてもまだ足りないのか?」
 腸壁を擦られると気持ち良くなるような身体にしたのは零じゃないか!
と言いたいけれど既に喉はカラカラで言葉に出来ない。
 無言で首を振るだけだ。
「ちょっとだけ後悔しているんだ。陸がこんなに感じやすい身体だとは思わなかった。一度寝たらもう一度って確かに思うだろうな…夾はよく我慢しているなって思う。」
 話しながらティッシュを手にすると僕の汚れた部分を拭き取ってくれた。
 しかし、そのティッシュをゴミ箱に捨てると、僕の身体を半分に折り畳み、再び熱い楔を打ち込んできた。
「イ…ヤ…んっ」
「イヤじゃないだろ?陸の中は僕をギュウギュウ締め付けてる・・・ここが僕の形になってしまったらいいのに。僕しか入れられなくなればいいのに・・・直ぐにここは形を変
えて別の男を受け入れるんだ。そして僕は嫉妬だけしてまたこうして陸を泣かす事しか出来ない。ごめん、狭量な男でごめん。」
 言いながらも零は腰を激しく動かし続ける。
「んっ…あ・・・んんっ」
「どうして、陸の下着が汚れていたんだ?聖と抱き合ったのか?」
「して・・・ないっ、あっ」
 聖に僕を口説いて良いって言ったくせに、その度にこんな風に攻められ続けるのだろうか?と思った瞬間、
「あっ、あっ、れいっ、いくっ、いくっ、イッちゃうっ」
と口走りながら、足先が攣ったように痙攣し、身体が硬直して全身を電気が走りぬけたように快楽を得て、意識が遠退いた。


「陸、そろそろ時間だ。」
 零にキスされて目覚めた。
「…気持ち、良かったのか?」
 この声は後悔している声だ。
「陸を女にする気はないんだ。だけどやり過ぎてしまった、ごめん。」
「さっきから謝ってばかりだね。」
 時計を見ると午後一時。意識を失ってからどれ位経っているのだろうか?
「気持ち良かったよ。だけどまだこの感覚には慣れないんだよね。」
「うん」
 沈黙が続いた。
「愛してるのは、零だけだよ。」
 これは自信を持って言える。
「だけど、聖も好きなんだ。」
「それは恋愛対象?」
「分からない。だから僕の気持ちを揺さぶらないで欲しい。零だけ見てろって言って欲しい。」
「夕べ、公表したじゃないか。これからは世間の目を気にせず一緒にいられる。」
 それは、僕たちを取り囲む人たちみんなそう思っていた。
 だけど、結果は大きく違っていたんだ。