危ない少年
 聖のことは僕にとっては想定外だった、零にとってもそうだったみたい。
 だけど更に想定外のことが起きたんだ。



「取材依頼?」
 零は電話に向かって小首を傾げた。
「だって全部ラジオで話したじゃないか」
 電話の向うは林さんだ。
「無理無理、絶対に無理。」
 零も林さんが相手だと強くは出られない。
「だけどさ、せめて高校生になるまでそっとしておいて欲しいんだ。」
 聖のことか…と、零の電話のやりとりをボンヤリ聞いていたら携帯電話が鳴った。
 慌てて通話ボタンを押すと、
「陸ぅ〜、助けて〜」
と、切羽詰った聖の声が流れてきた。



「特に話すことは無いんですけど。」


 聖からのSOSは、中学校の校門を出て200mほど行ったところからだった。
 そこには小さな児童公園があって、学校の校門からは死角になっている。しかし、前を通り過ぎる中学生達が不思議そうな視線を送っていたことに聖は気がついた。
「悪い、忘れ物思い出した。先帰ってて。」
 友人から離れて校門に向かった。
「加月ですか?いますよ、そこに。おーい、聖っ、この人たち聖に用事があるんだってさ。」
 背後から、悪意のない友人の声がした。
「僕は用事が無いって伝えてっ。」
 言うが早いか、聖は校門へ走った…下校途中の生徒達をかき分けて…そして間に合わなかった。
「加月…聖、くん?」
 公園に集っていた人々は聖を見て、何故か息を呑んだ。
「あ、その…そうだ、陸、野原 陸さんに会いたいんだけどダメかな?」
「さあ…っていうか僕、忘れ物を取りに帰りたいんですけど。」
「悪い悪い。でもごめんね、俺らも仕事なんだよ。陸くん呼び出してくれたら放して上げるよ。」
「…陸は、僕がお願いしても出てこないと思いますよ?」
 聖が精一杯の思いで睨み付ける度に聖を取り囲む人々はため息をつく。
「…電話、してみます。」
 渋々と聖は僕に電話を掛けてきたのだった。



「加月さんの話は大体ラジオで聞きましたが、野原さんの話は…」
「ここに来ている方は皆さん何も知らないのでしょうか?」
 全員、呆気に取られたような顔をしている。
「零…加月 零と僕とのことはマスコミの方にはちゃんと話をしてあるんです。あなたたちが取り囲んでいた聖の為にオフレコにして欲しいって。」
「しかし、」
「これ以上は事務所を通していただかないと話せないんです、ごめんなさい。」
 これだけ伝えると聖の手を引いて僕は家路に着いた…とりあえず事務所のほうに。
 案の定、取り囲んでいた人の殆どが着いて来ていたんだ。当然と言えば当然のことか、事務所を通せと言ったんだから。
 結局、林さんのお世話になった。


 加月 零が昨晩のラジオ番組で話したことは事実です。
 野原 陸


 これだけの文章を手書きで書いてコピーしたものを渡した。
 初めのうちは文句を言っていたけど諦めて帰って行った。きっと明日も来るんだろうな…。



 翌日。
 事務所に届いた取材依頼は零でもなく、僕でもなく…聖だった。
 零と僕とのことはそんなに話題にならないまま、あっと言う間に風化して行った。
 実際問題、男同士の恋愛話なんて、一般的にはそんなに興味を引くものではないんだとちょっと安心した。
 それよりも、少年から青年に脱皮しつつある美少年のほうに話題がすっかり移っていってしまった。



「すっごい迷惑」
「悪い、タイミングが悪かったな」
 聖はあれから学校に行けない。
 仕方が無いので零と僕が交互に学校からの課題を手伝っている。塾にも行けない位取材がヒートアップしている。
 事務所…林さんと都竹くんには事態の収拾をお願いしてある。時々都竹くんが聖の通学に付き添ってくれるけれど、全然ダメみたいだ。
 聖は受験生なのに、僕らのことで振り回してしまった。
 学校へはまた涼さんの手を煩わせてしまうことになったけれども、事の次第を説明し、特別の便宜を図ってもらった。
「しばらく家に帰ってきたらどうだ?」
 それは涼さんとあきらママからの提案だ。
「聖が生活するスペースはあるわよ。少し離れてみるのもいいんじゃない?」
 ママに真意も悪意もない。
 あるのは自分が楽しいかどうかなんだ…多分。
「…そうしようかな」
 絶対に抵抗すると思っていた聖からの意外な返答に、僕は引き留めることが出来なかった。



「…っ」
 聖の部屋から必要最低限の荷物が消えた夜。零は躊躇せずに僕を誘った。
「聖が行ったのは欲望の為だよ。」
 高校生になることが僕たちの希望を叶えることだと信じている。希望を叶えたら自分の欲望を果たせると確信している。
「零っ」
「ダメだ!」
 僕、何も言ってない。
「許さないからな。告白したのは陸を独占するためなんだ…聖を排除する意味もある。」
 なんで?
「くっ」
 僕の奥深くまで零が侵食してくる。
 熱さに翻弄され、快感に抗えず頭の芯が何も考えずに今を全身で感じろと命じる。
「零はずるい」
 それだけ言うのがやっとだった。
 あとはひたすら湿った肉のぶつかり合う音と零の息づかいと僕のイヤらしい喘ぎ声が響きわたった。



「で?なにがずるいんだ?」
 翌朝、疲労から眠り込んでしまった僕が目覚めるのを待ち、開口一番のセリフだ。
「…いま?」
 ニヤリ、不敵に笑う。
「大事なことをベッドの中で言わないで。意見も言えないよ。」
「盛大に喘いでいたから?」
 こんな時にからかうなんて…零の神経を疑うよ。
「聖のことは何も考えないでいいから。僕が何とかする。」
「何とかって?僕じゃ役に立たないから?」
「なんか喧嘩越しだな。何とかっていうのは聖を説得するってこと。わかる?」
 ものすごく頭にきたけど親子という力を信じてみようと思う。



「で、何とかしに来たんだ。」
 予め陸からメールがきていて僕は零くんの来訪は知っていたからただ待っていたんだ。
 零くんが説得しにくることはただひとつ。
「今度ばかりは譲らないよ。」
 説得される前に先制攻撃をした…つもりだった。
「譲らない…というのは陸のこと…だよな?」
「他になにがあるの?」
 僕には虚勢を張るしかない。
 零くんの視線がふっと下に下がった。
「陸だけは諦めて欲しい。」
言うと、両手を床につき、土下座した。
「ちょっ、待って…」
 慌てて零くんの両手をとり、頭を上げさせた。
「死んでも陸だけは譲れない。」
「僕だって陸のことだけは譲れないよ。」
「どうして?」
「どうしてって…好きだから。」
「聖だったら他にもいくらだって、」
「隼くんと付き合ってみたけど、違ったんだよ。」
「なにが違ったんだ?」
「…隼くんは、陸じゃないんだよ。」
 零くんの表情が強張った。
「本当に…好きなんだ…。きっと陸は聖に口説かれたら靡くに違いない。僕はただ二人の関係を黙って認めるしかないんだ。だけど手放せないまま、陸を飼い殺しみたいにしてしまう
…陸が本当に好きなのは、聖なんだ。」
 どうして零くんはそんな風に考えてしまうんだろう。恋って不思議だ。
「僕、陸に振られたよ。だから零くんは大丈夫だから。」
「だったらこのまま暫くここにいてくれないか?僕にとって今一番怖い存在は聖なんだ。陸がただ一人、拒むことが出来ない人間は聖なんだ。」
 零くんがこんなに弱い人間だったなんで知らなかった。
「聖に勝てるなんて、今まで思ったことは一度も無い。」
 零くんは昔から人の気持ちを読むことが出来る…と、ママが言っていたと陸から聞いたことがある。でも陸だけはだめなんだ。
「零くんが陸の気持ちを読むことが出来ないのはいつも一杯一杯だからじゃないの?他の人には色々気を使っているのに、陸には何も出来ない。僕もなんだ。」
 零くんはニッコリ笑った。
 そして………抱きしめられた。
「ありがとう」
 零くんがささやいた。



「まだ帰って来ないんだ。」
 僕はつい強い口調で言ってしまった。
「ああ、しばらく戻らないことにした。」
 なんとなく予想していた。
「そうか…ねぇ、僕は聖に嫌われたのかな?」
 僕が言い終わる前に零は僕を思い切り抱きしめた。
「苦しいよ…」
「聖がいないと寂しい?僕だけじゃダメ?」
 言われて即答出来なかった。
「事務所に抗議の電話が入っていた。僕に対してだ。陸をおかまにするな…という内容が大半だ。実はメールも沢山届いている。内容は同様だ。風当たりはかなり強い。分かっていたけどな。」
 何時になく弱気だった。
「それ、僕にだけ内緒にしてた?誰も言わなかったよ?…明後日のラジオ、僕の番だ。」
 突然、唇で唇を塞がれた。
「ん…」
 溶けていく。身体ごと全て溶かされる。
「しばらく、休んでくれ。」
「やだ。ファンを裏切りたくない。お願い。」
 僕もみんなに零を愛してるって言いたい。
「零、僕はもう守ってもらう子供じゃないんだ。自分の意思で行動は決める。」
 零だけなんてずるい。
「僕にとって陸はずっと子供のままなんだよな、ごめん。」
 二人で顔を見合わせ笑ってしまった。
「分かったよ。二人で行こう。」