僕たちの仲直りの仕方
 8月25日は零の誕生日。
「前は必ずお祝いしてくれたのにな」
と、大人気もなく文句を言っている。
「何事においても全て聖が最優先だよな。」
 そしてまた、不毛な問答が始まってしまう。
「いい加減にしてもらえるかな?」
 僕の堪忍袋は限界を迎えた…のだが、だからと言って誰かに愚痴を言ったらすっきりするらしいとか、思い切り零に悪態をついたらすっきりするらしいとか、
色々情報は持っているのだけれども全てにおいて実行することは不可能。
 なぜ?
 それは…友達がいない&零に悪態なんかつけない…と言う悲しい結末…。
 それ故に僕が出来ることはただひたすら黙秘権を行使するのみ…。


「陸、いい加減何が不服なのか教えてくれてもいいだろ?」
 僕のダンマリに半日で陥落した零が、あの手この手で僕にお愛想をする。
「言わないなら…」
 次の瞬間、ソファに押し倒され、身体を自由にされ、僕は結局ベッドの中で白状する…のはいつものパターン、今日はいつもと違ったんだ。
「勝手にしたらいい。それと、もうACTIVEに関わらなくていいから。陸はクビ!」
 えっ?
 あまりのことに声が出なかった。


『あ、陸。残念だったね。』
 何が?何が残念なの?
『辞めるんだろ?』
「…何を?」
『何って、ACTIVE。零がそう言ってた。ギタリストは零で足りるからってさ。』
 なんなの?一体なんなの?
「僕は絶対に辞めない!」
『えっ?そうなの?』
 そんな残念そうな声で?
 僕からギターを取ったら何も残らないんだ。


 はぁ。
 アホらしい妄想をしてしまった。
 丸一日、誰からも連絡がない。
 僕は零に
「わかったよ、辞めてやるよ!」
と、啖呵を切った手前、自分から連絡が出来ない。
 今日のスケジュールはどうなっていたかなぁ…と、スマホに手を伸ばした時だった、突然携帯電話が鳴った。(実はスマホと連絡用携帯電話の二台持ち…という
情報は今はいらないか。)
『陸さん?今どこですか?』
キター!
「家だけど?」
『何で?』
「零にクビを宣告された。」
『はあ?ふさけてないで、すぐに来てくださいよ!迎えに行きます!』
 電話の相手は当然ながら都竹くん。
「でも、」
『ACTIVEのリーダーは初さんです。零さんにそんな権限はありません!』
「え?そうなんだ。」
『いや、実際初さんにもないかもしれません。全員で話し合って決めるのではないですか?』
 そうなんだ。
 ぼんやりと都竹くんの言葉を聞いていたら、玄関ドアが開いた。
「行きますよ!」
 当たり前のように入ってきて僕の腕を取る。
「鍵は陸さんが預けてくれました。忘れました?」
「違うよ、都竹くんの速さに驚いたんだ。今電話していたのに、ここにいるってことは電話しながら車を運転していたのかなと、心配になった。」
 都竹くんがニヤリと笑った。
「車は零さんが運転していました。みんなにコテンパンに叱られました。今すぐ連れてこいとね。」
 なら!
「零がここに来て謝るまで行かない!」
と、ちょっと意地悪してみた。
「車内ではダメですか?時間がないんです。アルバム全曲のプロモーションビデオを撮るんですから。」
 え?
「なんだかアイドル歌手みたいなこと…あ、うちの…父か…」
 僕はよろよろ立ち上がった。
「撮影用のギターを持って…」
「不要です。陸さんだけで十分です。」
 かなり強気な都竹くんに引きずられるように、家を後にした。


「…ごめん」
 駐車場に停まっていた零の車に、都竹くんと乗り込むと同時に零が口を開いた。
「うん」
 今、僕が言えるのはそれだけ。
 僕がどれくらい零のことを好きでいるか、零は分かっていない。でも僕だって零の愛情をはかることが出来ないから知ることは出来ない。
 我が儘かもしれないけど、零を困らせたり悩ませたりもした。
 それは零が僕を最終的には選んでくれるという自負があるから。
 でもいい加減、気付いてるから。
 僕は零が好き。
 ただそのためだけに生きている。


 プロモーションビデオ撮りはかなりハードだった。
 歌詞に合わせて絵を撮って行くから、衣装替えも忙しかった。
 とりあえずの一段落で深夜になってようやく解放された。しかし、明朝(三時間後)再び次の撮影場所に集合となる。
「三時間だけ休憩できるところ…ないかな?」
 零の肩がピクリと揺れた。
「悪い、陸と二人で一旦出る。三時間後に戻るから。」
 言うが早いか零は僕の手をしっかりと握り締めるとスタジオを飛び出した。


「すごい…派手っ」
 零に連れられて来たのは案の定、ラブホテルだった。僕が三時間だけと言ったのがいけなかったんだな。
「ここなら寝られるし、シャワーも浴びることが出来るよ。」
 しかし、意外にも零はそう言うと、自分はゴロリとベッドに寝転がった。
「普通にビジネスホテルとかで良かったじゃないか。」
「こんな夜中に?しかも三時間だけ?なんだかホテルの人に申し訳ない気がするんだよね。だったらこっちの方が気楽に入れるじゃないか。」
 …ちょっと待って。
「ここなら気楽って…」
 あ。
「ごめん」
 零は、仕事を取るためにこういう所にも出入りしていたんだ。
「別に。この手のホテルには中学生の頃よく出入りしていたんだ。」
 !!
「中…学生?」
 零の家がバタバタしていた頃だというのは理解していても、感情が拒絶する。
「うん。」
 なのに零は平然と返事を返してきた。
「高校生と偽って、掃除のバイトをしていたんだ。ここなら誰にも見つからないしね。」
 え。あ…そういうことね。
「陸は、ちゃんと嫉妬してくれるんだ。嬉しいな。」
 うつ伏せになって頬杖をつきながら僕のことを見詰める。
「…誕生日だけどさ。」
「うん?」
「二人でいられることが幸せだって気付いたんだ。だから必ずその日は一緒にいるようにしている。」
「知ってる。わざと言ったんだ。僕だって嫉妬くらいするんだ。」
「零はいつだって聖に嫉妬するじゃないか。」
「だめ?したくなくても感情がとぐろを巻いてしまうんだ。陸のことに関してだけは、どうしても大人になれない。」
「あのさ…」
 本当は絶対に言わないで置こうと思っていたけど、零に言わなかったら誰に言うんだろうという気がしてきたから、この際告白することにした。
「今日、ずっと考えていたんだ。零に嫌われて、仕事もなくなったら…僕の存在価値はないって。」
「そんなことない。」
「ううん。今日一日考えたんだからそうだよ。だってさ、住む所もなくなるし、仕事もなくなるんだよ?・・・当然、心だってなくなっちゃう。そうしたら僕は
空っぽなんだよ。僕の中を一杯に満たしてくれるのは零だけなんだ。」
 零は僕をじっと見詰めた。
「だけどさ、」
 なかなか次の言葉が出てこない。僕はじっと待ち続けた。
「別々になったとしても、次に好きな人が出来たら、その人で一杯になるんだよ。人間はそういう風に出来ているんだ。」
 意外な言葉が続いてびっくりした。
「そうかもしれない、だけど僕は子供の頃から零のことだけしか見ていないから、他の人を愛する方法が分からないんだ。」
「僕は、知ってる。だか怖いんだ。」
 零は身体を起こすと、僕に腕を伸ばしてそっと抱きしめた。
「毎日一緒にいると、それが当たり前になって、次第に恋うる気持ちがぬるま湯みたいになってくるんだ。ずっと浸かっていたい気持ち良さ?でも時々追い炊き
したくなるじゃないか。思い切り愛されている実感が欲しくなる。聖よりも僕が大事だって、言葉ではなく態度で示して欲しいってね。」
 その時、思い出したことがあった。
「記念日。」
「え?」
「ずっと前、まだ聖が幼稚園に通っていた頃、毎日が記念日になったらいいなって、記念日ノートを作ったんだ。あの時は三人で幸せになるためって思っていた。」
「そうだね。でも、聖はいずれ家を出る人間だ。最終的には二人になるって考えていて欲しい。」
「うん」
 そんなに遠くない未来、聖は僕たちから独立していく…はず。
「寂しい?」
「うん…」
「そりぁ、そうだよな。」
 それっきり、零は黙ってしまった。
 なぜなら僕が…居眠りしてしまったから。
 一日中悶々としていたから、疲れちゃった。


「陸、何回したんだ?」
 隆弘くんは相変わらずストレートな聞き方だ。
「何もしていないって。零が昼間のことを気に病んでいただけ。」
「昼間って?」
「喧嘩したんだ。」
「まぁ、二人の喧嘩は大したことないからな。俺たちなんて凄いぜ、髪を引っ張るわ、足蹴にするわ、グーで殴るわ…」
「女子中学生みたいな喧嘩だね。」
 そっか、みんな色んな風に衝突するんだね。
「仲直りできるうちが花だよ。」
「うん、そうだね。次からはちゃんと僕も謝る。」
「え?謝ってないの?」
「だって僕は全面的に悪くないもん。」