決意
「今日もいないのか?」
「うん」
「そっか」
 散々邪魔にしていた割には居ないと寂しいらしい。
 夏休みからずっと、聖は夾ちゃんのマンションへ出掛けていき、受験勉強をしている。
 実家の建て替えをしている為に、荷物が山となっている家は落ちつかないのかもしれない。
「夾のところだと都竹も行きやすいのかな?」
 ぽつりと零が呟いて思い出したんだ、夾ちゃんと都竹くんは同級生でクラスメートだったことに。



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 ブーブーッ
 携帯電話はマナーモードのままだ。バイブの間隔がメールの到着を表している。 そして僕は勉強に集中している振りをして、電話を見ようとはしない。
「ここ出たあと、真っ直ぐ家に戻ってないよね?」
 僕の方を見ずに、夾ちゃんが独り言のように呟いた。だからそのままスルーしようと思えば出来たんだけど、それはずるい様に感じた。
「たまにね」
 夾ちゃんの表情は、特に変わらなかった。
「…それでいいの?」
「うん、いいんだ。…そりゃあ、最初はね、当て付けとか寂しさを紛らわすとかそんな感じだったんだ。だけど温かいんだ、一緒にいると。確かにまだ陸を
見ているとドキドキするんだけど、それは零くんとセットじゃないとダメだって分かってるから。陸がキラキラするのは零くんがいるからなんだ。バラバラだ
と全然存在感がないしね。」
「それは言えてる。」
 夾ちゃんは相変わらず僕と視線を合わせない。
「どうかした?」
「うん、都竹君って、高校時代は女子にモテてたなぁと思い出してた。」
「へぇ〜そうなんだ。夾ちゃんは?」
「僕は昔も今も女子とは縁がないな。」
「そうだよね、夾ちゃんダサかったもんね。」
 そう言いながらも内心はかなり動揺していた。そんなタイミングで、再び携帯電話がメールの到達を告げた。
「噂をすれば…だな。」
 そうか、いつもメールが2回くると帰るから夾ちゃんに気づかれたんだ。
「まだマスコミに追いかけられるんだよね。」
「聖は可愛いからな。」
 夾ちゃんは携帯電話で誰かにメールを送っていたみたいだ、テーブルに電話を置くと身体の位置を変え、僕を抱きしめた。
「授業料、払っていかない?」
 そう言うとそのまま押し倒された。
「授業料って?」
 平静を装い、問いかける。
「忙しい中、勉強みてやっただろ?」
「お金はいらないって言ったじゃない。」
「要らない、身体で払え。」
「エッチ」
 夾ちゃんが冗談で始めたと思っていた、でも何だか様子がおかしい。
「夾ちゃん?」
 シャツの下に手を突っ込まれた。
「シルクみたいだ、聖の肌。」
 サワサワと肌を滑る掌はしっとり汗ばんでいた。徐々に上へと進み、胸に到達した。
「ここはどうかな?」
 指先でそっと触れられた乳首が、物凄く感じてしまい声が漏れた。
「あ…んっ」
「可愛い声だ。」
 耳朶を甘噛みされて欲望に火がついた。
「や…これ以上は…ダメ…」
「ムリムリ、最後までヤらなきゃもう収拾がつかないよ、お互いにね。」
 夾ちゃんの手で、シャツの前ははだけていた。
 舌で乳首を舐められ、気が変になりそうな所に今度は下着の中へ手を突っ込まれ、性器を握られた。
「!」
 驚きで声が出なかった。
「悪い…冗談だよ。」
 そう言うと夾ちゃんは僕の上から身体を離した…目の中に飛び込んで来たのは隼くんの顔だった。
「しゅ…くん…」
「よ!高校時代、女子にモテモテだった都竹君。」
 夾ちゃんは軽く手を挙げた。メールを送った相手は隼くんだったんだ。
「委員長、聖に嘘を教えないで欲しいな。僕が女子にモテる訳がない。いつだって女子の話題は委員長だったよ?」
「僕の前では都竹君の話ばかりしていたよ。彼女らは天の邪鬼なのか?」
「委員長の気を引くためだろう?」
「彼女らの最終目的は零ちゃんだからな。」
「そうか。…それから…僕が言うのも何だけど大切にしないなら構わないで欲しい。」
「大切にする…って言えば聖とセックス出来るのか?聖は都竹君の所有物なのか?零ちゃんは何も言わないのか?」
「ちょっと待って!夾ちゃん、違うよ!僕が隼くんと一緒に居たいんだ、隼くんとは、そんな関係じゃないんだ。」
「そんな関係じゃない?セックスしないのか?」
「委員長に言わないといけないのか?」
 この場合、言わなくても全然OKだろうな。
「五回…かな?」
「聖!」
 隼くんは怒っている…というわけでも、照れている、というわけでもなかった。でも困惑の表情でもない。
「良いじゃないか、事実なんだし。」
 隼くんの本当の気持ち、知りたい。
「聖にとって、都竹君は陸の代わり?」
 え?陸の?代わり?言われて何が何だか分からなかった。
「陸が振り向かないから、都竹君なら相手にしてくれるから…それって都竹君に失礼だと思わない?」
「委員長、いいんだよ。今は聖の受験が第一なんだ。それが終わったらちゃんと話し合って、今後のことも考える。今は余計なことを考えさせたくないんだ。」
 隼くんと夾ちゃんの言いたいことは分かった。
「隼くん、夾ちゃんありがとう。ちゃんと陸と向き合うよ。明日から陸に勉強見てもらう。」

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「と言う事になってしまいました、すみません。」
 昨夜、聖が夾ちゃんのところから帰ってきて、「明日から陸に勉強見てもらう」と宣言して寝てしまったので、どういうことなのかとパニックに陥っていたら、
都竹くんから説明を受けて納得した。
「結局のところ、拗ねているんだね。」
「え?拗ねる?」
「都竹くんがはっきりと聖は自分の所有物だって言って欲しかったんだと思う。僕だってそんな風に言われたら嬉しい。物って言い方は失礼に聞こえるかもしれ
ないけど、ただ単にその人だけを好きなんだって意味でもあるでしょ?」
「そう…か。そうですね。」
 でも、都竹くんの顔はちっとも晴れない。
「あの…いや、何でもないんです、すみません。」
 歯切れの悪い都竹くんは、斉木くんに呼ばれて行ってしまった。
「あれは、もっと違う悩みだな…」
 突然現れた隆弘くんが、興味津々で話題を繋ぎに来た。
 …ちなみに今日は事務所で打ち合わせです…。
「大体さ、都竹ってどう見たって受けじゃんか。なのになんでタチ?」
 …隆弘くんが完全にやおい話にしています。
「隆弘くんは知りたいことじゃないかもしれないけど、僕が零を抱くときも…あるんだよ?零には内緒にしてね。」
「ええっ!あ、うん、内緒だよな、うん。分かった。」
「だから一概にどっちとか、言えないんじゃないかなぁ。」
「なにが言えないんだ?」
「あ、おはよう、剛志くん。ねぇねぇ。剛志くんだったら好きな人に愛情表現されたら、どんな反応示す?」
「その場で押し倒す!!」
 人差し指を立てて、意気揚々と回答された。
「しかし…なんだな、聖くんもそっちに行っちゃったんだな。」
 そっち、とは『男の恋人』を指すのだろう。
「うん…だけど、普段の話を聞いていると、聖は学校で結構モテるみたいなんだよね。だから将来的には…」
「それを、陸が言う?」
 隆弘くんが冷静に僕を諭した。
「陸はずっと零が好きだったって言っていただろ?聖くんが真剣に都竹くんを好きならそれはありえないんじゃないかな?」
「そう、なんだけどね。」
 だって、さっきの都竹くんの表情が、どうしても気になるんだ。
 僕は打ち合わせが終わってみんなが帰って行った後辰美くんにこっそり聞きだした。
「都竹…ですか?そういわれればちょっと様子が変だったかもしれませんけど…何かあったんだすか?」
 …それは、僕が聞いているんだけど…やっぱりダメか…。
 と、思っていたら、意外なところから答えが返ってきた。
「あの、陸さんちょっといいですか?」
 都竹くんだ。
「うん?なに?」
「その…来月の第一土曜と日曜にお休みをもらったんですけど…聖くんをお借りしても良いですか?」
「零は、何て言ってるの?」
「まだ、聞いていません。先に陸さんにと思って…」
「僕は都竹くんに任せてあるから、構わないと思う。」
「分かりました、ありがとうございます。」
 そう言った顔は、そんなに嬉しそうではなかった。
 何か、決意を秘めた…といった感じだった。