別々の秋が巡って来た
「陸?」
 朝、目覚めてすぐ零は手さぐりで陸を捜す。
 大抵の場合いない。今朝は珍しく零の横でスヤスヤと眠っていた。
 そういえば夕べは遅くまで苛めてしまったな…と、少し反省するけど、手加減なんて出来ない。
 零は、十六歳の陸を初めて抱いてから既に十年以上の月日が経っていると、陸も自分に愛想を尽かさずに一緒にいてくれると、時々感心する。
 そんなことを考えながらウトウトしかけたとき、玄関先で聖がそっとドアを閉めた気配がした。
 聖は偉いなぁ、気を遣って静かに出掛けたんだ…ん?そういえば弁当はどうしたんだ?と、ふと思った。そして陸は朝一度起きて、弁当を作ってからまた寝たんだと、
やっと納得した。
 零は、陸にも聖にも自分に対して気を遣わせていることに思い当たった。そして初めて陸が聖を可愛がっている理由に気付いた。いや、前から陸はそう言っていた、
なのに理解していなかったんだ…眠気に襲われながらやっと形を見つけた。



「今日は午前中で終わりだからお弁当は要らないんだよ…って、昨晩聖が言ってたの聞いてなかったんだ?」
 9時過ぎに目覚めた陸が、呆れ顔で言った。
「そっか、ならいいんだ。」
 どちらにしても同じことだ。
「出掛ける支度するよ?」
 今日は久しぶりにテレビの歌番組に出演する。
 零と陸…正確には零が…カミングアウトして初めての歌番組。でもこの番組はあまり話を聞かれないから安心だ。
 そして収録が終わったらそのままラジオの生放送。その後はレコーディングが待っている。
 つまり。
 今出掛けたら明日の夜までは家に帰れない。


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「隼くん、早くぅ〜」
 先頭を切って走る彼は、満面の笑みで目的の場所へと向かっています。
 聖くんには早い段階で約束をしました。本当は高校受験が終わってから誘うつもりだったのですが、自分自身に限界が来ていることに気が付いてしまったのです。
 10月第一土曜日でもディズニーランドは混んでいます、修学旅行生が多いようです。
 なぜディズニーランドを選んだのかと聞いたら両親が初めてデートしたのがここだったそうです。両親の思い出の地を選ぶあたり、聖くんらしい…ん?両親は零さん
と陸さん?まさか…。
「隼くん、ありがとう。」
 聖くんはずっと大人の中で気を遣いながら生きてきたから、どんな場面でも相手のことを考えてしまう性質のようです。
「楽しい?」
「うん」
 今この瞬間にも、後ろに並んだ親子連れらしい一団が、先程から「アクティブ」「レイ」「リク」「セイ」の単語を会話の中に並べています。僕の恋人は有名人なの
です。それが僕の中で徐々に柵となっていました…いえ、全て言い訳です。
「ねぇ、僕達って他人から見たらどんな風に見えるのかな?」
「良くて兄弟、悪くて…」
「悪くて?」
「親子?」
「ないない、それはムリ!僕が小学生ならあるかもだけど、中三だし、身長だってあるし…あ、でも…」
 何かを思い出したようですが発言を控えてしまいました、多分陸さん絡みのことでしょう。あえて突っ込まないことにしました。
「夾ちゃんがね、ディズニーランドへ来たことがないって言うんだ。」
「それは間違いだな、高校時代にクラスメートと来たよ、委員長と一緒に。」
 加月 夾、高校時代クラスメートでした。聖くんの兄でありますが、叔父でもあります。
「え?それは隼くんが夾ちゃんを含むクラスメートと来たってこと?」
「今の言葉で他の意味に取れる部分があったかな?」
「ない…なんか隼くんと夾ちゃんって仲良しだったんだね。」
 仲良しと言う言葉が妥当かどうか考えてみました。
「高校三年の課外授業という名の息抜きじゃないかな?」
「卒業旅行みたいなもの?」
「学校で来たからちょっと違うかな?」
「そーかぁー、有志じゃないんだね。」
 なぜか残念そうな響きです。
 一通り乗り物に乗り、パレードも堪能した頃、
「で?隼くんの話はなに?」
と、先に切り出されてしまいました。
「…うん…」
「…今日は隼くんのマンションに泊めてもらうつもりだよ?もしかしたらダメなの?」
 こんなとき、絆されてしまうのが僕のいけないところです、意を決して言葉を発しました。
「僕は…聖くんでも、陸さんでもない、他に好きな男性(ひと)がいる。」
 聖くんの瞳が大きく見開かれ…破顔一笑しました。
「やっと、白状した。」
 繋がれていた指先が、ゆっくりと離れていきました。
「僕は、隼くんが大好き。だから隼くんの恋を応援したい。ダメ?」
 笑顔なのに、瞳には涙がいっぱい溜まっていて瞬きしたら溢れそうになっています。
「今までごめんね。振り回して。」
 瞬きと共に涙が一筋流れ落ちました。
 そんな彼を見て、抱きしめそうになり、慌てて手を引っ込めました。
「僕、帰るね。夾ちゃんによろしく。」
 くるりと踵を返すと走り出したので急いで追いかけました。
「家まで送る。」
「そんなの!…惨めじゃないか…」
 言うと僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくります。
「ヤダ…もっとカッコ良く終わらせるつもりだったのに…。」
 胸の中で泣きじゃくる彼の背をゆっくり撫でながら、これでいいのだと自分に言い聞かせました。

 結局、彼を家に送り届けて、家路に着きました。
 自宅の風呂場で湯船に浸かりながら初めて気付いたのです、聖くんが「夾ちゃんによろしく」と、言ったことに。
 聖くんと抱き合った時、本当は気付いていたのです、自分が求めているものに。
 だからあれほどまでに、委員長が陸さんを抱いたという事実に胸焼けをするような不快感をずっと抱いていたことに。
 聖くんと揃えた携帯電話を明日、解約しようと、心に決めました。


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「で?けじめをつけに来たわけ?」
 僕と零が家にいる時間を見計らって、都竹くんが訪問してきたと思ったら、聖と別れた…なんて話だった。
「なので…」
「待った。プライベートはプライベート、仕事は仕事。まさか会社も辞めるなんて言わないだろうね?」
 真剣な表情のまま、零が口を開く。現状で零が怒っているのかどうかはわからない。表情が変わらないということは怒っているのだろう、きっと。
「いえ、仕事は続けます。ただ、こちらにお邪魔するのは今日を最後にしたいと思っています。」
「それじゃあ、付き人の仕事にならないじゃないか。」
 僕としては、怒っている。念のため。
「別に、家に来ても構わないし、仕事を続けてくれるなら問題はないよ。都竹は陸にとってなくてはならない存在だからな。」
 零の口からは意外な発言だった。
「聖が女の子だったら傷物にされたとか言わなきゃいけないのだろうけど、都竹は聖のために色々やってくれたじゃないか。そろそろ解放してあげても
いいころだと、僕としては思っていたんだ。都竹が本当に幸せになれる相手を探すのは大切なことだからさ。何も聖に振り回されることはない。僕は何
も言わないよ。」
 …たしかに、そうかも。いや、いかんいかん。
「僕はさ、都竹くんに聖には可愛いお嫁さんをもらうのが夢だって、ずっと話していたよね?なのに聖と恋人の関係になったってことは、僕の夢を壊した
ってことで、」
「陸、いい加減にしなさい。誰だって恋愛の一つや二つ、経験していることだろう?あ、陸には一つしかなかったな、ごめん。でも大抵の人は好きだと思っ
ても必ずしも添い遂げられるものではないんだよ。それに今の話に陸の夢は全く関係がない。」
「どさくさに紛れて、僕のことバカにしなかった?なんか腹立つ。」
「バカになんかしていない、陸は僕だけ見てれば良いんだから。」
 そういうと、零の腕の中に抱き込まれた。
「今のうちに。」
と、都竹くんに言っていたのを聞き逃しはしなかったけれど、聞こえなかったことにしておこう。
「聖は、都竹に陸を重ねていたんだと思うよ。あれは本当の恋じゃなかったんだ。だから今度は必ず本物の恋に巡り合える。その機会を都竹が与えてくれたんだ。
家族以外の誰かと同じ時間を過ごしたことは、聖にとって無駄なものではないはず。傷を負った者は一回り大きく成長するものなんだ。…陸だってそうだろう?一
度は僕のことを諦めて泣いた日々があったんだろう?陸が、傷ついている都竹を責めてどうするんだ。」
 そうだ。
 都竹くんは聖を嫌いになって別れたわけではないはず。例え責任感から聖と一緒にいてくれたとしても、聖のことは好きだったはずだ。
「うん。」
 悔しいから、理解したことだけ、零に伝える。
「僕も、最近やっと陸が聖のことを可愛がってくれる意味を理解した。ありがとう。…聖が、年相応の恋を出来るように、陰からそっと見守ってあげたい。」
「うん。」
 もうすぐ、聖が学校から帰ってくる。失恋した聖に、美味しいものを作ってあげよう。
「…ん?さっき都竹くん、ディズニーランドに行ったって言ってたよね?いつ?」
「ラジオの翌日のレコーディング日だろ?あいつ辰美と一緒の日だったから、休みを取ったって言っていたじゃないか。」
「そうだったね。」
「…考えたら、受験生じゃないか。」
「やっぱりお仕置きが必要じゃないか。」
 零はちょっとだけ考え込んで、
「まぁ、でも息抜きは必要だよな。」
「ちょっと待って。あの日、聖は『午前中授業だから、お弁当はいらない』って言って出かけて行ったよ?」
「それはきっと照れ臭かったんじゃないか?前からディズニーランドに行きたいって言っていたのに連れて行かなかったしな。」
「でも嘘は嘘だし。」
「折角都竹に勉強教わっていたのにな。いや、あいつは夾だったか?」
「…二人とも投げ出して僕が見てる。」
 結果。
 自分たち以外のことは本人同士に任せよう、という結論に至った。

 でもね零、聖にとって都竹くんは僕の替わりだったってことは絶対にないよ。だって僕にとって零の替わりなんてどこにもいないのと同じだもの。
 それと。
 僕は一度も零とのことを諦めたことなんかない。初めから叶うわけがないと、確信していたんだよ。