初めての経験は大好きな人と一緒がいいに決まっている
「あ〜あ、また来年も一日がLIVEかぁ」
 全員に聞こえるように大きな独り言を呟く。
 毎年恒例だったカウントダウンライブをNer Year LIVEにしたのは今年から。
 ファンの間では新年早々会えるのは嬉しい、と上々の手ごたえだったお蔭で来年も開催が決定した。
「今回は13時開演です。」
 斉木くんがキラキラとした瞳で説明を始めた。
 そりぁ、斉木くんは嬉しいでしょうよ、剛志くんとラブラブな年越しを二人っきりでできるんだから。
「陸さん、怒ってます?」
 都竹くんは聖とのことがあったので、最近僕に遠慮がちだ。
「別に。」
 怒ってはいない。仕事だから。
 だけどね、この開催を決定したときに僕がいなかったっていう事実が気に入らないんだ。
 いつまで経っても僕はメンバーの中で味噌っかすな立場でいるような気がして…切ない。
 モヤモヤした気持ちを持て余して、演奏する曲を決めているときだった、
「初、良いこと考えたんだ。」
 会議室に飛び込んできたのはパパ…野原 裕二、僕の父でACTIVEが所属する事務所の会長…と言う名のプロデューサー。
「裕二さん、あの…」
「陸以外、全員着ぐるみをセッティングしてオープニング…ってどうだ?絶対に陸がびっくり…あれ?いたのか?」
 さー…っと、顔面から血の気が失せていくのが手に取るように分かった。
「なんで、ビックリしなきゃいけないの?」
「いや、だから…その…」
 しどろもどろになりながら、後ずさって…ドアから飛び出していった。
「ごめんっ」
と、一言残して。
 やっと、状況が飲めた。
 今まで僕がメンバーから悪戯されてきたことは、全部仕掛け人が父だってこと。みんなは立場上逆らえなくて…と、その時、
「くくくくくくっ」
メンバー全員が笑い出した。
「陸はビックリでもしなきゃ、感情をステージ上で表に出さないだろ?いつも裕二さんが仕掛けを考えてくれるんだ。」
「え?」
「俺たちも、もちろんファンのみんなも、陸が驚いたりビックリしたりする顔を見るのが楽しみなんだ。決して仲間はずれにしているんじゃない。大事なことは
ちゃんと相談するだろ?陸はおとなしく引っかかっていればいいの。」
「僕は、みんなのおも…」
「アイドル、だろ?」
 いや、アイドルって歳でもないけどね。絶対におもちゃだよ。
 でも。それでステージが盛り上がっているなら、それで父が喜んでいるなら、黙って受け入れよう。…あぁ、僕はなんて大人なんだ。
「僕はなんて大人なんだって心の中で思っています。な?陸。」
 隆弘くんがいたずらっ子の笑みで僕の胸中を話す。
「そんなこと…ない。」
 今度は全員がただ笑っていた。
「オファーがあったよ。」
 父と入れ替わるように久しぶりに現れたのは林さん。
「今年もオファーがあったけど、辞退する?それともカウントダウンを辞めたから出演する?」
 もしかして。
「あの、年末恒例の歌番組?」
「ああ」
 えっと、うろ覚えなんだけど確かこの番組に出なければならない理由があったような…。
「一時期より年末年始の特番が減っている関係で低予算でできる長時間の歌番組を各局でやるけど、こちらは裕二さんの一存で出演しない。」
「なんで?」
「裕二さんの要求が通らなかったかららしい。」
 …父は何を要求したのだろう?
「なので大晦日だけなんだけど。」
「僕個人の意見なんだけど、ライブに来られる人数って限られているでしょう?だからテレビに出るのは大事だと思う。出てくださいと言われたら
断らずに出たい。…その、父が断ったほうも出来れば出たい。」
 メンバー全員、腕組みをして考え込んだ。
 この番組に出るということは29日から三日間拘束される…と聞いたことがある。それでは今までと同じになってしまう。
 プライベートを充実させるか、仕事を優先させるか。
「私は、」
 誰も発言せずにいたところに、林さんが口を開いた。
「ACTIVEの人気はそんなに変動していない、それは男女問わずに結婚年齢が高年齢化していることも一因だと思う。ACTIVEのファンはまだ未婚でお金に余裕の
ある人が多い、だからといって、全員が年末にライブ会場へ足を運べるとも限らない。だったら国民的テレビ番組に出演するのもありじゃないかな?」
 二対四。
「皆知らなかっただろうけど、」
と、隆弘くんが口を開いた。
「俺、テレビに出るの好きなんだ。」
 知らなかった。そう言えばテレビ出演の時は遅刻しないな。
「だって、今をときめく有名人が大勢いるじゃないか。刺激が多くて曲作りのイメージ作りにも役立つんだ…そんなに作れないけどさ。」
 これで三対三。
「去年の年末、『パパはどうしてテレビに出ていないの?』と聞かれた。俺も陸の意見に賛成だ。」
 初ちゃんも賛成ということで四対二。
「俺は積極的に出たくはない。でも個人的な事情でできれば仕事をしていたい。」
 剛志くんの個人的な事情がものすごく気になるけど、五対一。
 さて、零の意見は?
「僕は…出たくない。年越しは陸と二人っきりでイチャイチャしてみたかったのに…」
 えっと…。
「じゃあ、出演決定ということでいいかな?」
 林さんがさっさとまとめてくれた。
「あの番組は『枠』というものがあるらしくて、今回ACTIVEはバンド枠2枠のところに入っている。色々とお手伝いをお願いしたい、と言われているんだけど、
大丈夫?」
「具体的にはどんな手伝いなんだろう?」
「それは承諾の回答を出してからじゃないかな?」
 そりぁ、そうだ。
 そして。
 結局今年も大晦日はお仕事となってしまったのでした。


「…っ…」
 寝室のドアを閉めた途端、零は僕を抱きしめるとそのままキスをしてきた。
 事務所での打ち合わせを終え、意外と早い時間に家に着いた。
 そのまま二人で夕飯の支度をしていると聖が学校から帰ってきた。聖の前では仕事の話をしないようにしていたので、いつもより時間が早かったけど夕飯にして、
順にお風呂に入って、その後の時間は零が聖の勉強を見てあげて、僕は通信教育の提出レポートをやったりなんかして、ごく普通に時間を過ごした。
「おやすみなさい」
 聖が部屋に入っていったので、僕たちも今日は疲れたねと言いながら寝室に入った…のがさっき。
「…ん…っ…」
 息を継ぐことも出来ないほど激しく舌を絡め、吸われ、口腔内を舐められ、いよいよ腰が立たなくなってきた。
 ふっ…と脚の力が抜けた。しかし零はそれでも僕の身体を支え続け、キスを止めない。
 不自由になって零の背中の中途半端な位置で宙に浮いている両腕をなんとか零の肩にかけ、精一杯の力で押すがびくともしない。
 段々息苦しくなってきて、意識が朦朧としてきた。
 少しずつ身体全体の力が抜けていき、意識を手放す瞬間、零の唇が僕の唇を解放した。
 ゼイゼイと肩で息をしながら、互いの唾液でべたべたになった顔を僕の顔に押し付ける。
「…陸は…」
 息が上がっていて、言葉が継げない。
 なんとか息をしている状態の自分も、何が言いたいのか察することができないで、ぼんやりと聞いている。
「な…」
 ひょいと肩に担ぎあげられ、ポトリとベッドに落とされた。
「ちょっと、タイム」
 そう言うと零もベッドに横になり、大きく息を吐く。
「やっぱり、いいや。」
 落ち着いてきたらしく、さっき言おうとしたことを飲み込んでしまったようだ。
 家に帰ってきたころから何か言いたそうにしていたのは気づいていた。多分、大晦日、歌番組に出演することに関してだと思う。
 だけどこれはみんなで決めたこと、決して僕の一存ではない。
 年末、出演することが可能なうち番組には全部出たい。
 だって、いつ「いらない」と言われるかわからない稼業だから。
 ACTIVEの需要がなくなったら、いくら供給したいといっても誰も相手にしてくれない。
 もしも、ACTIVEでいられなくなる日が来たら、僕たちはどうしたらいいのか、そんなことすら考えていない。
 気持ちが焦っているのは事実だ。
「大丈夫だ、陸は僕が養ってやるから。永遠に。」
「やっぱり、わかってた?」
「なんとなく。」
 ベッド脇のサイドテーブルからウェットテッィシュを取ると、零の顔を拭いた。その後、新しいものを取り出し、自分の顔を拭いた。
「ねぇ…しても、いい?」



 『ボーカルは声が命』と言い張る(事実だが)零は声を出さず、僕はちょっと消化不良。いつか零を思いっきり喘がせてやろうと、テクを磨く…ってどこで
磨くんだろ?今度剛志くんに聞いてみよう。
「陸、あのさ僕は決して反対なんかしていない。ただ…着ぐるみを大晦日の歌番組でやってみたい…って思ったんだ。無理だけどさ。」
 零の腕に抱かれて眠りにつく頃、多分聞こえていないと思ったんだろう、零がそんなことを呟いた。
 他のグループがきっとそんなことをやってくれるよ。僕たちはカッコいいって言ってもらえるパフォーマンスを目指さないか?
 楽しいことはLIVEでやろうよ。
 そうだよ、うん。
 僕たちのLIVE会場に足を運んでくれる人にはカッコいいもあるけど、可愛いとか面白いとか変とかカッコ悪いとかがあったほうがいいんだと思う。
 そう考えたら父が今までやってきていた僕を脅かす作戦もあながち失敗ではないのかも…いや、まじめに素敵な案件だったのかもしれない。
 明日の朝、目覚めたらみんなにメールしてみよう。
 僕はカッコよくギターを弾くテクニックを磨こう。誰のLIVEを観ようかな。レンタルだと返さなきゃいけないからネット通販で買っちゃおう。
 なんかどれもこれも、楽しみになってきた。
 一日が休みじゃなくたって、別にいいや。僕は毎日愛しい人に会っているから、抱きしめてくれるから、幸せだもん。



 その後、林さんと斉木くんが奔走してくれたおかげで、無事に父が辞退を申し出た歌番組にも出演できました。
 全部の番組で一緒になったのはアイドルグループ『Dis』でした。カズくんといっぱい話ができてうれしかった…零は不機嫌だったけど。
 都竹くんと一緒に大晦日用の衣装を探しにも行って、最終的にこんなイメージでといつもお願いしている服飾専門学校に依頼して戦隊ヒーロー風な超カッコいい衣装
を作ってもらったんだ。この服飾専門学校もDisに紹介してもらった、すごく助かっている…ということをカズくんに伝えるのを忘れたのが去年の最大失敗事項です。
 肝心の僕だけど、ギターパフォーマンスは一朝一夕では身につかず、結局父が昔何も考えずに購入した何千万もするという派手なギターを黙って借りてきました。
 当然この衣装とギターは一日のLIVEでも使用したけど、父は気づいているのかいないのか、未だに何も言ってこない。

 そして、新しい年は特に大きな変化もなく、明けたのだった。