年末年始
「えっと、今日の仕事は年末?年始?」
「年末です、生放送ですから…」
 移動のタクシーの中、都竹くんが手帳を見ていた手を止めてこちらを見た。
「…忘れてないよ、うん。」
 そうだった、生放送の歌番組。
 ACTIVEのファンはテレビの歌番組がキッカケという意見が多い。
 だから出てくださいと言われたら出来るだけ断らずに出演する、それがACTIVEの姿勢です。
 えっと、歌う曲は何だったっけかな?と、考えながら頭の中の譜面と睨めっこ。
 自慢じゃないけど自分たちの曲なら譜面はいらない。
 例え昔の曲でも弾くことは可能だ。
 ただし、昔のようにコンスタンスに新曲を出していないから何を演奏るのか決めなくてはいけない。
「師走ですからね、『キャンドル』です。」
 僕は慌てて都竹くんの顔を見た。
「何演奏するのかなって顔していました。今日は変ですよ?零さんと別行動だからですか?」
「そんなわけ!…ない、よ?」
 うー、強ちはずれてはいない。
 しかし、理由を聞いたら納得してくれるはずなんだけどね。
「夫婦喧嘩は犬も食わないってヤツですか?」
「喧嘩、してないし。」
「じゃあ、何?」
「零にドラマの話が来た。」
「あぁ、濡れ場?」
 う、図星。
「確かにイヤですよね、あれ。私だって恋人が嘘でも他の人とベッドに入るなんて聞いたら脳みそ沸騰します。」
「聖は、いいの?」
「聖くんは…いいんです…過去のことだから。」
 手帳と僕を交互に見詰めながら器用にスケジュールを書き留めているが、微妙な言葉尻であることを聞き逃さなかった。
「前に、都竹くんさぁ、」
「あれは無しです!ただ単に陸さんに僕のこともっと興味を持って欲しかっただけですから!」
 え?
 だって、都竹くん零のファンだって…。
「すみません、本当は違うんです。陸さんが一番興味ある事柄といったらやっぱり零さんしか思い当たらなくて…。」
 そういうことだったんだ。
「…ありがとう。」
 零と寝てみたいなんて言われたからさ、あの時はびっくりしたよ。
「でもさ、それよりもまた僕に剛志くんとの恋愛ドラマ、続編だけどさ、きてるんだって。溜息もんだよね。斉木くんが断るって
言っていたけど大丈夫かなぁ。」
 何年前のドラマだよ、全く…。
「陸さんの綺麗な容姿をカメラに納めるには其れが最善だと思います。」
「でもさ、零とのこと想像させるつもりかなぁって。剛志くんに失礼だよね。」
「陸さん、それは違うと思いますよ?ファンなら誰だってその人を見たい、出来るだけ長い時間、しかもカッコいいとか可愛いとか
キレイとかいい意味の状態で見たいんです。陸さんと零さんの恋愛ドラマは逆に見たくないです。だってリアリティが有り過ぎて
正視出来ません。」
 …ま、一理あるかな。なので反論できない。
「多分ですけど、零さんのドラマは無いと思いますけど、代わりに…」
 代わり?
 僕は都竹くんの顔を凝視した。
「陸さん、怖いです。」
 は!
「ごめん。で?」
 今度は苦笑しながら応える。
「ミュージカルの話が来ているんです。それに裕二さんが乗り気で。」
 ミュージカル?なにそれ?
「昔のブロードウェイって奴らしくて、ミュージシャンの役だそうです。」
「へー、面白そうだね、零にミュージシャン。」
「え?零さんってミュージシャンですよね?」
「違うよ、零はボーカリスト、歌専門。本人がそう言ってるし。だから歌はあまり作らない。零以外の人が作った歌を零の中で昇華
して行くんだよ。」
 なぜ僕が零のポリシーを語るかな。
「因みに僕はギタリスト。でも歌は作るよ?そうしないとご飯が食べられないからね。」
 切実である。
「えっと、じゃあミュージシャンの定義はなんなんでしょうか?」
「ん〜なんだろ?総称かな?だと僕達もミュージシャンか。でも僕はギター弾くし歌作るし衣装も考えるし芝居もやらされるし…ま、
何でも屋。僕のイメージだと音楽だけを生業としている人がミュージシャンって胸を張って言えるんじゃないかなぁ。」
「音楽だけで毎日暮らせたら楽しいですね。」
 都竹くんがふっと寂しそうな瞳の色を湛えた。でもそれは直ぐに消えてしまった。
「もう直ぐです。」
 今回はテレビの収録スタジオではなくコンサートホールから放送するそうだ。
 楽器は剛志くんと斉木くんが楽器専用の移動車で運んでいる。
「あ、明日は来年の番組です、歌とトークがあるのでよろしくお願いします。」
 トーク…初ちゃんに任せておこう。
 ACTIVEは意外とみんな話し上手、苦手なのは僕だけ。それをわかっているからみんな僕には出来るだけ回答がしやすいことだけを振って
くる。
 本当にACTIVEは居心地がいい。
 そして何時だって僕の我が儘を聞いてくれて、自由にやらせてくれる。
 勿論ダメ出しだってあるけど、基本的にはベースに置いて検討してくれる。
 一番最後に入って来たのに。
 それでも僕を甘やかせてくれる。
 ある意味零より過保護かも。
 だから僕はみんなのために頑張らなきゃと思っている。



「今日は今年で明日は来年。10日もしたら年末で、来年になって今年の番組…ややこしいなぁ。」
 ややこしくしているのは隆弘くんですが…。
「今年も大晦日までお仕事があることの幸せをかみしめるように。」
「はーい」
 初ちゃんと隆弘くんの漫才で始まった楽屋。出番が来るまではここで待機している。
「陸」
「ん?」
「大晦日の番組だけど、衣装決まった?」
「決まったよ。もう発注してある。」
「今年は歌だけの出番でよかったんだっけ?」
「また途中でトークがあるから衣装は2パターンだよ。トーク用と歌用。トーク用はLIVEの衣装の使い回し。ちょっとリメイク。」
「そっか。」
 なんて会話を交わしながら楽屋で過ごしていることが多い。
「零」
「ん?」
「今日のここの入りなんだけどさ…」
 零と剛志君が話し込んでいるのは今日の楽曲に対しての打ち合わせ。
 みんな、普通だ。
 年末だなんて全然思えない。
 僕らが年末年始を感じるのは…。


「みんなー、あけましておめでとうー、元気だった?風邪ひいてない?」
 そうです、元旦昼からやっている、恒例となりつつあるニューイヤーLIVEです。
 これを越えて、やっとお正月休み。
 …ま、あまり零が休ませてくれないけどね。
「陸」
「ん?」
「なんか言った?」
「別に」
 心の中だけでね。ふふふ。