「は?」
中学二年の夏休み明け、隣のクラスから目も眩むほどの美少年(女子後日談)が僕の席を目掛けてやって来た。
「三澄 初だろ?突然だけど一緒にバンドやらないか?ギターとドラムは居るんだけど、ベースだけいないんだよ。
ちなみに俺はキーボードなんだけどな。」
物凄く単刀直入な申し出だった。
にっ、と笑った顔がいたずら小僧みたいで興味を持った。
「え?知らないよ?」
突然バンドへ勧誘しに来た畑田 剛志が、クラスメートの橘 京輔をギターに、蛯沢 明宏をドラムに勧誘したと白状したが、本人達は知らないと言う。
そこで初めて気付いた。自分は畑田に上手く使われたんだと。
綺麗なものにはトゲがあるというのは事実だな。あいつ、意外と強かだ。
そして…どこで仕入れたのか知らないが、僕がベースをやっていることと、楽器の出来る人間を密かに探していることを知っていたことだ。
お陰で近くに居たことを知ることが出来たが何だかすっきりしない。
直接聞くのが一番だ。
「簡単だよ、親戚が経営している音楽教室に三人が居たんだ。」
聞いてみたら大したことではない、当たり前のことだった。
「ちょっと待った!そうか、畑田剛志、君か!」
天才ピアニストと一時期騒がれていたことがある、だから僕はあそこの音楽教室に通っているんだ。
「しかし、その天才ピアニストがどうしてバンド、しかもロックなんだ?」
「親の敷いたレールってさ、従順なイメージしかないだろ?ロックはさ、反逆児みたいなイメージだから、丁度良いんだ。」
そんな言葉を信じていた。
正確に言うと、畑田が言ったことは若干間違っている。僕はベースを習いに音楽教室に通っているのではない、正しい譜面の読み方が知りたかったので
ソルフェージュだけの教室があったから選んだ。
ピアノを習えば必然的にソルフェージュは習うが、中学生になった自分にピアノは似合わないと勝手に判断した。そして畑田を見て、自分の判断は間違って
いなかったと確信した。
「三澄はなんでベースなんだ?普通はギターじゃないのか?」
橘が当然な疑問であるような表情で聞いてきた。
「憧れのベーシストがいるんだ。」
これで大抵の人は納得する。
後のことになるが、高校で僕の音を聴いた途端、「(憧れの人に)音が似ている」と的確な判断をしてくれたのは、零だった。そして僕の音に変えてくれたのも零だった。
本格的に音楽を習ったのは、プロになりたかったから。
中学時代の憧れとして、多分そのまま通り過ぎて行くだろうと思っていた。
どうやって職業にしたらいいのかわからなかったし、メンバーの集め方もわからなかった。正に渡りに船だったんだ。
それを畑田は必然だと言った。
そう、あの時は信じていた。
初めて四人で音を出したのは、音楽教室が休みの日に畑田が借りてくれた教室だ。
「やっぱり音がバラバラだなぁ。練習しないと無理か。」
教室が休みになるのは週に1日。その日に掃除をするのを条件に借りているので時間は限られている。
それでもなんとか、自分達の音を出せるようになってきた。
振り返れば何とも安っぽくて、色気もなくて、音楽性の欠片もない音だった。
中学三年の文化祭で、人前で演奏することを経験した。
結果は惨敗。まだまだ経験不足の感じは否めない。
いつも自分達だけで集まって自分達だけで褒め称えて、明らかな自画自賛だ。だから伸びるわけがなく、相変わらず同じ音を出し続けていた。
受験間際だというのに、僕達はバンド練習のことで頭が一杯だった。
四人とも好きな音楽が違ったので演りたい曲が違う。
「いっそのこと、オリジナルを演らないか?」
剛志の言い分は僕達にとって青天の霹靂だった。
「俺、幾つか作ったものがあるよ。」
ここへきて京輔から更なるびっくり発言が出た。
「これなんだけど。」
しかもノートを持ち歩いていた。コードの進行表ではなく、普通に五線譜へオタマジャクを泳がせている辺り、真面目に音楽と取り組んでいたのがわかる。
しかし…彼の歌声には求心力が欠けていた。
「剛志」
ん?
と、あの時と同じ様に返事が返ってきた。
「剛志が一緒にバンドやろうって誘ってくれたとき、」
うん?
携帯電話を操作しながら何となく上の空かな?と思うけど、告白する事にした。
「プロになりたかったんだ。」
うん。
別段驚きはないようだ。
「知ってた、だから最初に声をかけたんだ。」
何でだろう?剛志は何でも知っている。当然のように又ニュースソースを聞き出す。
「中学に入学したばかりの頃だったっけかな?通学電車で隣になったことがあったんだ。その時初のヘッドホンから漏れ聞こえた音楽が俺の好きな
ジャンルだ
った。気が合うな〜って。それだけ。」
それだけ、と言うけど一番大事なことだ。
「それとさ…」
ん?と、しばらく待っていたが続きはないようだ。
再び携帯電話をいじり始めたのを潮時に、話は中断された。
ブーブーブー…
マナーモードの携帯電話がメールの着信を告げる。
初がイケメンだったからだよ。ビジュアルが化粧じゃないイケメンっていないからさ。
そういうバンドがいないってことか?
「けどさ、陸に会ったとき、DNAがちがうんだな〜って思った。」
「何?呼んだ?」
「呼ばねーよ」
剛志は陸をからかい始めてしまったから、会話は途中で途絶えたが、多分彼はこれ以上この話は続けたくなかったのだろう。
「前に剛志から聞いたことがある。剛志はイケメンコンプレックスらしい。」
剛志と陸のじゃれあいを見ていた零がこっそり囁いた。
「コンプレックス?」
「一時期天才ピアニストって騒がれただろ?あの時天才美少年ピアニストって冠だったんだ。少年じゃなくなったらパッタリ止んだから顔の問題だと勘違い
したらしい。剛志らしいだろ?だから顔のいいヤツに声掛けたんだって。」
へー。剛志は剛志なりにピアノへ真剣に向き合っていたんだ。
「でも、あいつの音はこっち向きだよ。クラッシックじゃない。」
確かに。
「ところでACTIVEの成り立ちは書けた?」
頭を左右に振ることで伝えた。
「カッコつけなくていいよ、初の言葉で書けばいい。」
そっか。
「話の腰を折ったのは僕だけどな。」
零が笑った。
「一つ問題があったんだ。」
何?と、本当に零は気付かれていないと思っているのだろう、心当たりがないという顔をしている。
「デビュー前だと二人のメンバー同士の恋愛を書かないといけない。」
一瞬悩んだが直ぐに気付いた。
「剛志と僕のこと?初は知ってたんだ。ごめんな面倒なことに巻き込んで。」
「いや、そっちはスルーできるんだけど。」
「…ごめん、墓穴掘った。」
零は悪びれることもなく、胸を張ってこちらを見ている。
そうだ、この問題は俺が触れることじゃない。
「こっちもスルーでいいか。」
「うん」
なんとなく沈黙が流れる。
「初めから、陸を連れてくる気だった?」
「いや。陸を巻き込むつもりはなかったし、自分の気持ちを押し付けるつもりもなかった。…意気地なしなんだ、僕は。」
零は照れくさそうに笑った。
「…知ってる。長い付き合いだからな。」
「本当に長い付き合いだな。」
柄にもなく見つめ合って…笑った。
「でも、ずっと黙っていたらどうするつもりだったんだ?」
「どう…さぁ、そこまで考えてなかった。多分陸に彼女が出来たら邪魔して別れさせるだろうし、男だったら…半殺し?」
思わず笑ってしまった。
「それは渡したくないっていうことだよ?解らない?」
零は苦笑する。
「解ってる。つまり、僕はあの時告白しなくてもいずれ何らかの形で陸を巻き込むつもりだったんだな。」
自覚がないようだ。
「つもりではなく確信、だよな?」
ニッと笑って頷いた。
「大切で大切で、どう扱ったらいいか解らなくて…壊すことは出来ないと思ってて…」
「何を?」
おいっ!なんで最悪のタイミングで陸がやってくる?もう少し剛志と遊んでいてくれたら良かった。
「陸のこと。」
「なんだ。」
しかし零と陸はさらりと流してしまった。
「僕が大切なんて言ったから気になったんだ、陸は。」
この二人は何から何まで解っているんだ。なんか羨ましい。
ま、ここまで書けばあとはデビューまでの道のりだからそんなに困難なことではない。
週刊誌三回分の連載もなんとかなりそうだ。
零が隆弘と何か話している。その背中はやはり自信に満ちていた。
俺達をここまで導き、陸を守って、母親を守って、父親を守って、聖くんを守って…。計り知れないプレッシャーを抱えていたんだろう。
ACTIVEの歴史は零の歴史だ。
本当は俺じゃなくて零の仕事だろうけどたまにはリーダー風を吹かさせてもらおうかな。
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