十五夜
 聖が子供の頃。
 二人で川原までススキを取りに行った。
 父に教えられたとおり、ススキに短冊を飾り願い事を掛ける。

陸、大好き

 一枚にはそう書いてあった。

風邪を引きませんように 

 二枚目のお願いはよく風邪を引いていた聖の切実な願いだろう。
 僕はといえば、聖にいつまでも大好きと言われていたいと、願った。

聖、大好き

 この短冊は余りにも無責任で非情だったと、後々知った。




「聖」
 並んで数少ない歌番組を見ていた。
「ん?」
「あの時は、ごめん」
「どれ?たくさん有りすぎてわかんない」
「そんなに沢山ある?」
「あるよ、陸は僕に気を持たせてばかりいたからね。」
 テレビから流れていた歌は幼なじみから告白されて謝っている内容。
「普通だったら勘違いしないんだろうけど僕はこの環境だから。零くんから乗り換えてくれるんだろうと当たり前に思っていた。」
 そうなんだ。
「いや、違うかも。陸なら同じように僕を愛してくれるんだと、思ってたんだな、きっと。だから三人で暮らすのは永遠だと感じていたんだよ、うん。」
 一人で納得していた。
「聖のことは愛しているよ。親になりたかったけど、結局僕にとって聖はずっと弟だった。零は兄にはならなかったのにね。」
 そう、聖は弟なんだ。
「スタート地点で負けてるんだね、僕。…あのさ…昔のお願い、叶えてくれる?」
「昔?」
「うん、僕が十六歳になったらって。」
 ガタンと音を立ててソファーから立ち上がった。
「聖…それ、今言う?」
「今言わなきゃ、永遠に機会を失う。」
 スッと、聖の手が僕の手首を握った。
「夾ちゃんとのこと、知ってるよ?でも約束だから。」
 …約束…そう、約束だよね。
「来週、零が仕事で僕が休みの日がある。その日なら…外で。」
 もう、家の中はイヤだ。



零と、ずっと一緒にいられますように

 もう一つの短冊には確かこんなことを書いた。




 家から離れた駅で待ち合わせた。
 変装してホテルの一室に入る。
 ドアを閉めた途端、聖は僕を抱き寄せ、肩に顔を埋めた。
 その時に初めて気付いた。いつの間にか聖は僕より背が高くなっていたのだ。
「本当に、いいの?」
「約束だから。」
 そう、聖が高校生になったら、セックスしてもいいと言った。
「キスして、いい?」
 僕は俯いた。
 聖は片手で僕を抱き締め、片手で顎を持ち上向かせた。
 固く目を閉じる。
「そんなに、イヤ?」
 小さく頷く。
「僕のこと嫌い?」
 フルフルと首を振る。
「なら…弟か…」
 聖の腕が僕の身体から離れた。
「陸を抱いてみたいと思っていた。だけど、今は隼くんに抱きしめられたい。」
 聖がポロポロと大粒の涙を流している。
「僕から別れようって言ったんだ。僕からつき合いたいって言ったのに。」
 聖…。
「何があったの?あんなに仲が良かったのに。」
「仲良く見えた?」
「うん。とっても。」
「そうか…隼くんは僕のこと好きじゃなかったと思った。」
「まさか。都竹くんは聖のこととっても大事にしてたよ?好きじゃなかったらそんなこと出来ないと思う。」
「隼くんにとって、僕は弟なんだよ、陸と夾ちゃんの。」
 え?なんでそこに夾ちゃんが出て…あ!
「違う、夾ちゃんとは同級生で憧れのミュージシャンだった零の弟だったって。好きなわけじゃないんだよ、それは本当に違うんだ。本人から聞いたから。」
 又聖の瞳から涙がこぼれた。
「バカみたい。あの人はわざと夾ちゃんと仲良くしていたんだ。」
 その時、思い出した。
 僕は都竹くんに酷いことを言った。

「聖の隣には可愛い小さな女の子がいて欲しい」

と。
 彼は。
「聖。お節介だと思うけど今回だけは目を瞑ってて。」
 聖の目が一際大きく見開かれた。




「え?」
 翌日の朝。
「聖に、襲われた。」
「え、あ…え?まさか。」
 運転席で都竹くん動揺している。
「拒んだら泣かれた。」
「あ…やっぱり…」
 もうもうもうもう!都竹くんってこんなに恋に対しては臆病なんだ!
「隼くんがいいって泣かれた。」
「は?」
「都竹くんがいいんだって!」
「でも!私は聖…君に振られたんですよ?…切っ掛けは私ですけど…。」
「知らないよそんなこと。都竹くん僕に言ったよね?零も夾ちゃんも僕も好きだったわけじゃないって。」
「あ、はい。憧れと恋を履き違えていた時期はありましたが、違うと認識したのは聖…君とのことがあったからで。」
「都竹くんはいままで誰かと付き合ったことないの?」
 偉そうに僕が言うのも烏滸がましいけどさ。
「高校の時に…」
「好きだった?」
「はい、可愛い子でしたから。」
「聖は?」
「言いたくありません。」
「まぁ、いいや。聖がさ、今のマンションに独りで暮らすことになったんだよ。…もし可能なら…パートナーとして同居出来ないかな?そりゃ、一度
別れた恋人同士に言うのも変だけどさ…」
「出来ません。そんな、年下の元恋人の家に転がり込むなんて。」
「じゃあ買ってよ、あのマンション。都竹くんに譲るよ。」
「え?」
「分割でいいよ。」
「…他の選択は?」
「ない。聖があの部屋がいいってさ。」
「聖君と話してもいいですか。」
「勿論」




 都竹くんと話し合ったであろう夜、聖が帰ってきた。
「陸」
 出来るだけ素っ気なく返事をしたつもりだけど、顔が多分興味津々だったのだろう。
「ん?」
「詳しいことだけどさ、うん…その、零くんが帰ってきたらでいい?」
 えー!
と、内心思ったけど我慢した。
「わかった。ご飯は?食べてきたの?」
 無言で首を縦に振る。
「ならお風呂に入って来ちゃえば?」
「そうする」
 パタパタと歩く音と歩き方は小さな子供の頃と変わりがない。
 なのに聖は、男とセックスしたり、僕を欲しいと言ったり、挙げ句の果てには一人暮らしがしたいなどと既に一人前の男みたいなことをしたがる。
 まだまだ手の掛かる子供のくせに…と、考えていてふと気付いたのは、自分自身のこと。
 16歳で家を出て、零と暮らし始めた。
 父は本当に心配だったのだろうと改めて思った。
 今年の短冊には父への懺悔を書き込もう。




「結局?都竹と一緒になるのか?」
 零は帰ってくると尋問のように聖に質問責め。
「まず。このマンションは僕が20歳になったら名義変更をして欲しいです。いずれ僕が相続するということで。」
「相続?」
「零くんの財産の生前贈与。そのためには僕を零くんの籍に入れてください。」
「零の籍に入るの?都竹くんじゃなくて?」
「そう。僕は零くんの息子であることをきちんとして欲しいんだ。」
 聖が居住まいを正したので、釣られて零も姿勢を正した。
「零くん、僕は先日陸を強引にホテルに連れ込みました。自分の気持ちを確かめたかったから。零くんも僕が高校生になったら考えても良いって言った
よね?だから約束を遂行しました。そして、気付きました。僕が好きなのは家族なんだって。」
 零は微動だにせず聞いている。僕はと言えばかなりソワソワしていた。
「零くんが好き。陸が好き。それは変わらない。だって家族だもん。だからはっきりしたいんだ、僕は零くんの息子でいいよね?」
 零が頷く。
「じゃあ僕を零くんの籍に入れてください。ママが文句言っても譲らずに養子にしてください。そしてこのマンションを僕にください。そうしたら新しい家は僕
の実家になります。…あと4年間は二人の側に居させてください。隼くんとの関係修復には時間がかかりそうです。だから…我が儘言ってごめんなさい。
やっぱり一緒に暮らしたい。」
 零がニヤリと笑った。
「謝らなくていい。聖はずっと僕達の息子だから。一緒に行こう?」
 聖は嬉しそうに笑った。
「それからもう一つ。陸、」
 え?僕?
「ずっと言えなかったんだけど、十五夜に短冊は掛けないよ?」
「うそ!だってパパが…」
 あ!パパは僕を騙すのが趣味だった…って思わずパパって言っちゃった。
「そっか…」
 そう言うしか、なかった。



 その夜、僕は空を見上げた。
 キレイな月夜だった。
「荷造りが増えたなぁ。」
 呟いたけど顔がニヤケてしまった。
 まだ、聖と一緒に暮らせる。


 引っ越しは二週間後に決まった。